+黄昏に染まる+
何時も、分からない自分を探して、少ない記憶の中を探って、思い出そうとすると出てくるのは一番最初の記憶、一番苦しかった時の記憶。
真っ暗なの森の中、気が付いたらそこに居た。自分のことも此処が何処なのかもわからない、今は何時?ただ長い時間座っていたような感覚はあった。留まったままだと不安感に襲われてきて気が付けば意味もわからず走っていた。走っていると段々と吐き気がしてきて、それでも足が止まらなくて、やがて転けて、うずくまってえずく。髪の毛には木の枝が絡まって足も服も泥が付いて重たくなっている。走っても走ってもどうしようもない不安感、死ぬのかな、そう考えているうちにまた気持ち悪くなって下を向く。背後から茂みを分け入る音がして、人の声に呼ばれた。ビクリとした自分の肩を抱いてそっと振り返る、青と黒の目が心配そうに自分を見ていた。
「よかった、見付けた!」
草木をわけいって現れたのは、ハツメだった。
「ハ、ツメくっ……ハツメくん!!」
さっきまで、誰にも見せたくなかった、こんな姿。それなのに声が聞こえ、彼の姿を見た途端涙は今まで以上に溢れてきて、止まらない。
「もう大丈夫だよ、一緒に行こうか、もちろんマレーアがよければだけど」
マレーアが何も言わず見上げたままでいると、
「俺が守ってあげる」
ハツメはそう言って笑顔を送った。
ハツメに引っ張られてマレーアはとぼとぼと歩いていた。嗚咽がまだ止まらないマレーアに、ハツメは優しく世間話などをして、マレーアが頷くのを待って会話してくれていた。どうして泣いていたのかと聞いてこなかったことが今はありがたかった。
ハツメと繋いだ自分の手が熱くなってきたのが気になる。少し居心地が悪いが、離したいとは全く思わなかった。
マレーアとハツメ足元では、トワがナゾノクサに話しかけている。いつもトワはポケモンに対しては気さくに話しかけているが、今は少し顔付きが違う様に見える。ナゾノクサも釣りの時はトワに対して嫉妬からかきつい視線を送っていたが、その棘も今はない。自分のことでも話しているのだろうか、トワにも迷惑をかけてしまったなとマレーアはまた少し大人しくなる。
(私、誰にも会いたくないって思ってたのに、本当は会いたかったのかな。自分の気持ちってやっぱりよくからないや)
歩いているとやがて森が開けた、空の深い深い紺と月の水色の光に照らされた白い花。こわいばかりだった夜の別の姿をマレーアは初めて見た。
「ハツメくん……お花もリボンも……ちょっと諦めてた、もう帰りたいって思ってたから…連れて行ってくれてありがとう。それから……あの…………来てくれて………ありがとう」
ぽつりぽつりと呟くその言葉を、ハツメはゆっくり聞いて、またさっきの笑顔でマレーアを安心させた。
*****
翌日、マレーアはトワと森を歩いていた。肝試しと同じように宝探しも2人だけで来た。昨日の様にまた迷子になる恐れはあったが、夜と違って日が出ているし、トワとも2人だけで話をしたいと思っていた。話、と言ってもトワの言葉はマレーアにはわからないが、それでも……
宝探しをして森の奥まで来たが、見つけた宝箱は2つ、木の実とボールだけだ。あてもなくぼんやりとマレーアもトワも何も言わず歩いていくとやがて小さな洞窟が見えた。如何にもという風に口を開いている真っ暗な入口を2人は覗き込む。
暗い道は……こわい
きっとあるんだろう、宝箱が、しかし入ろうにもマレーアの足は進まない。
「ヒノ!!!」
黙って固まったままでいたマレーアをトワが呼ぶ。
「ご、ごめん………きっと、ここ宝箱あるよね……でも暗くて危ないから違う所を探そうか」
その場を離れようとしたその時、トワがフンと鼻を鳴らし力を込め、背中から勢いよく火を出した。
「ひーの!」
向かうべきは後ろではない、前だ…と、言わんばかりにトワは洞窟の中へと進む。
「待って、トワ……」
洞窟内をトワの灯火が照らす。
嗚呼、トワの火はこんなにも明るかったのか……
「…トワ……ごめん、ごめんね……トワは……昨日も照らしてくれていたね………………」
マレーアがふらふらと歩いて洞窟に入ったことを確認すると、トワはまたフンと鳴らして先を進んだ。
ゴツゴツとした岩肌は歩きにくいが、トワの火の明るさは十分なものであった。マレーアはゆっくりとした足取りにトワは速度を合わせる。
「私ね…こわいの、暗い道も、自分の過去のことも……無くした記憶……なんで無くしたのか、どんな記憶だったのか……本当は知るのが怖いの。でも私は好きなものも嫌いなものもわからなくて、それを知ってるのはきっと過去の記憶で…だから……」
『好きだったとか嫌いだった…とか過去のきみの話より、ぼくは今のきみが知りたいなって思って!』
私は知らない過去の記憶ばかり見ていた。いつもわからないものを追っていた。
ポロポロと涙が零れてきた。悲しくはない、辛くもない、ただ訳も分からず出てくる涙にマレーアは呆然としていた。
きっとこれからも知らない過去を探すだろう、過去を探すことに夢中になって今を見失ってまた迷子になって─ でも、もう泣くだけの夜は過ごしたくない。
教えてマレーア、今の私が好きなものを───
マレーアの閉じられた瞳は闇をしっかりと見詰めた、目が輝く。
その時トワは、初めてマレーアの瞳の色を知った。
*****
どうしたものか、マレーアはまた迷子になっていた。
洞窟の奥で手に入れた丸くて小さな不思議な宝石を握ったまま途方に暮れている。
(うぅ……迷子なのハツメくんに知られちゃったらどうしよう……流石に二日連続で迷子になるのは恥ずかしい……)
「ねぇ、そこの陽だまり色のおねーさん!きいろいヘアゴム見てない?」
(よかった、人がいた……!!…………おねーさん?)
初めて“おねーさん”と呼ばれたことと陽だまり色という言葉に少しだけ照れつつ声をかけてきた彼を見た。
向かって左側の髪のゴムを指さして困った顔をしている。
「……あ、あなた…鬼ごっこの時にいた?」
「うんいたいた!」
そういえば確かに昨日の鬼ごっこの際には二つ括りの髪の毛だったとマレーアは思い出す。
「きょうだいと色違いのヘアゴムなんだけどどっかで無くしちゃって……」
「それは大変……!わかった、一緒に探すね、ねぇトワ!トワも手伝って!」
振り向くとトワはあからさまに面倒くさそうな顔をしていた。旅に出たばかりの頃はわからなかったトワの細かな表情も最近少し掴めてきた。嫌そうな顔は特に。
「……手伝うの!」
マレーアの圧に負けたトワは重い腰を上げた。
森の中で彼、ジュノの黄色いヘアゴムを探すのは困難なものであった。ジュノのパートナー、イーブイのイチゴも地面に鼻を近付けて熱心に鼻を動かしている、今の頼りは鼻が利くポケモン達だけだ。
最初はジュノもマレーアも黙って探していたが、段々と飽きてきて、雑談をするようになっていた。
「好きなものがない?え、じゃあ好きな食べ物とかもないの?」
ジュノは驚いたように顔を上げた、つられてマレーアも探す手が止まる。
「……食べ物…?」
「おいしいものとか、また食べたいって思わないの?」
「…………あ、モーモーミルク…」
マレーアはハッとした顔をしてジュノを見ていた。
「ぶい!!ぶいぶい!!」
同じ時、イチゴが黄色を咥えて走ってきた。
*****
宝探しの時間も終わり、戻ってきたトレーナー達がそれぞれが集めたものを見せあったりしている。
マレーアが知り合いを探していると、トオルの姿が見えた。声を掛けようとしたがどうやら女の子と話している。彼女が微笑むとトオルは焦った顔をして帽子を深く被って俯いている。
(何を話してるんだろう……)
声は周りの音でかき消されて聞こえないが、トオルがいつもと少し違う様子でいるのだけはわかった。
しばらくするとトオルがマレーアに気付き、彼女に手を振ってこちらへやって来る。その姿を見て少しだけ懐かしい気持ちになった。
「……かわいいね、それ」
トオルの持っていたそれ─先程手に入れた宝石とよく似た宝石─を覗き込んでマレーアが言った言葉にトオルは驚いた表情で見る。
「マレーアいる?」
「えっ……そんな、欲しくて言ったんじゃないよ…?それに私も持ってる……!ほら!」
マレーアはポケットに入れていた宝石を見せるが、トオルは微笑んで自分の宝石をマレーアに差し出す。
「ううん、嬉しかったからあげたい……マレーアが何かを『かわいい』って言ったの初めて聞いたから」
「……そうだっけ…」
「うん」
「…………じゃあね、私のと交換にしよう、こっちの色トオルくんに似合うと思うの」
「わかった、ありがとう、交換な」
トオルが笑った顔は少し珍しい、だからだろうか、こちらも嬉しくなるのだ。
*****
「夜は花火だっけ…」
花火は初めてだ、楽しいだろうか案外そうでもないだろうか、どちらでもいい、ここでの思い出はきっと好きになる。
夜の花火に思いを馳せながら海岸沿いでマレーアは夕焼けを見ていた。
夜が来る前に少しずつ変わる色をもう少し見ていたいと適当な所で座る。
ひだまりみたい、陽だまり色、あきこーで、夕焼け色
マレーアとトワに当てられた言葉を思い出す。
「私達の色はとても合ってると思うの、相性がいいって、トワと初めてあったあの時、そう感じたんだ。ねぇトワ…これからも私と……旅に出てくれる?」
トワはフンと鳴いてマレーアの隣に座った。
空の朱色はやがて深い青となる。
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