_トレ録3_10

+ スイッチ +

「不思議?ただ思ったことを言っただけなんだけどな」
「なんなん……キザなん?ようそんな、き……勿体ない……とか、躊躇なく言えるな」
「あぁ、君は照れ屋なんだね」
「そういうとこ……」

トオルは更に顔を赤らめてそっぽを向いた。目のことを何か言われるなんてことは以前よりは慣れた方だと思っていたが、どうにもこうにもここまでストレートに言われてしまうと戸惑う。
いたたまれなくなったトオルはわかりやすく話を変えた。

「その好きなのが羨ましいって、好きと思う気持ちがわからへん……とか?」
「そんなところかな、僕には君のように“好きなもの”がなくてね」
「ふーん……うちの近くにも似たようなこと言ってたのがおるわ……」

トオルの脳裏に浮かんだのは記憶喪失のマレーア。まだ旅を始める前、好きなものも嫌いなものもわからないのだと相談をされた。そのマレーアの姿が今隣に座る彼女の姿と被り、ついトオルのなかの世話焼きスイッチが入りかけた。
たが、彼女は助けを求めてる訳でもなく、ましてや相談をしている訳でもない。ただトオルの読み物に興味を持ったのか、はたまたからかいたいだけなのか、気まぐれで話しかけただけかもしれない。ここで変にアドバイスのような話をしても彼女の迷惑になるだけだ。

(深入りはようない……)

と、トオルは考えたが、彼女の「君がとっても羨ましいや」という言葉が気になって、もう少し話を聞いてみたいと思ったのも確かだった。

「いらんことを言うようかもしれんけど、人のおすすめを試してみるのはどうやろう……」
「君のおすすめを教えてくれるのかい?」
「この本……恋愛…物……やけど、僕はめっちゃ好きで、その、押し付けたいんやなくて、ちょっとだけでも開けてみて、それで好きか嫌いかそうでもないか……普通やったとしても普通ってわかったんならそれもちっちゃい発見やと思うし……ってなんかようわからへんこと言ってるな、僕」
「物は試しと言うことかな」
「まぁ、貸すから……よかったら読んでみて……嫌やったらすぐ返してくれてええし」

慎重なのか世話を焼きに行きたいのか、とにかく自らの不器用さが憎い。だんだん恥ずかしくなってきて“あなをほる”で逃げたくなった。さっきまで涙目でいたルリリはパッと表情を変え、なになに?とトオルが差し出した本に興味を持っている。
彼女が本を受け取って、すぐ立ち去りたくなったがしかし、まだ逃げてはいけない、彼女の名前を知らないままでは困る。

「一応名前、聞いとく」
「僕はノヴェ、この子はフィーネ。君の名前も教えてくれるかな」
「トオルこっちはイロミ、その、また……あとで」

去りながらトオルは少しのワクワクと、胸の更に奥で心臓がいつもよりはっきりと脈打つのを感じた。

(調子狂う、ストレートな人はようわからん……苦手や……でもなんかワクワクしてる自分もようわからへんな……)

イロミがそおっと覗いたトオルの頬は、少し赤らんでいた。

+ スイッチ が 入る +

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