『どうか誰も傷付かないで』


その沈黙はえらく長く感じられた。

クレーネが状況を理解する間もなくあっという間に彼のルガルガンは人質にされてしまったというのに、彼が口を開くまでの沈黙は、とにかく時間がかかったように感じた。
おそらく、実際はそれほどかかっていなかったのだろう。が、クレーネの頭の中は記憶と考えが走り回っていて時間なんて麻痺してしまったのだ。

リクと呼ばれたルガルガンをカイヤが人質に取る前、カイヤはクレーネにこう言った。

「あんさん、イオん友達やろ」「ほんでもってユキヤとも友達や」

その瞬間、クレーネは七年前の記憶がどっと溢れ出た。ユキヤという名前が鍵になって、扉が開かれたようだった。そうだ、彼はあの時…

「……あなた、もしかして」

驚きで声はよく出ていなかった。この時、クレーネはこの場がどういう場であるかを少し理解したのだった。

金色の目で睨みつけるセツナも、肩から血を流しながら刃を手にして脅すカイヤも、クレーネの大切な友人の友人であった。
合宿の時、クレーネは同じ様な目と悩みを持っていたイオとすぐに打ち解け、寮では沢山の話をした。最終日、イオが話してくれたのは、幼馴染みのカイヤの事。手を差し伸べバトルをしてくれたセツナの事。楽しそうに話してくれたことがクレーネは堪らなく嬉しかったことを覚えている。
その彼女が、この場で起こっていることを知ったら、どれほど辛いだろうか。

クレーネは不安げにしているジラーチをしっかりと抱きしめ、少し瞼を閉じた。

今この2人のどちらかを味方してはいけない。

それでも、"何か"を得るためのカイヤの行為を無駄にはしたくない。

カイヤもセツナも、これ以上傷付ける訳にはいかない。

クレーネは、そう考えながら、ただただ動かずじっと見ていることしか出来なかった。
どうにかこの2人を、イオもユキヤも、誰も悲しまないようにさせる方法を見付けなければならない。

しかし、この緊張の空間に変化をもたらしたのは予期していなかった来客だった。ガサガサと草木を掻き分け青い獣たちが人を連れてやってきた。

「・・・・・・クレーネちゃん?」

知らない声が自分の名前を呼んだ。知らない声でも、それが誰だかすぐにわかった。クレーネの前でアシュが動揺したのが見えた。

わたしの大切な人達…嗚呼、どうしてこうやって出逢ってしまうのか。

***

イオとユキヤによって、沈黙が破られる。
困惑しながらも残り続けるユキヤとイオに、緊張を持ったままこの状況を少し話した。

やがて、殺意にも近い、慈悲のない眼差しがセツナから消えた。それを見てクレーネは少し肩の力を抜く。そして、まだ怯えていたジラーチの頭を優しく撫でてやった。

彼の切なる願いは─自由になること─だった。

─大きな力は、希望にも絶望にもなる─

その言葉を聞いたのは、数年前、左太股に大きな傷を負った時だっただろうか。自分の弱さを嫌がって、強いものにすがった。その結果、クレーネはルルと一緒に破裂した。

彼もまた、彼の背後の大きな力に潰されそうになっているのかもしれない。それは、クレーネが想像することも出来ない程、大きく、どうしようもない力なのかもしれない。
でも、そうだとしても、

「大丈夫ですよ…」

イオがジラーチを撫でていた時、クレーネはポツリと喋った。目線を上げてセツナを見る。

「まだ、大丈夫です……だって、気付いているんですよね、本当はしたくないことなんですよね…?後戻りできないなんて、言わないで。まだやり直せる。イオちゃんが言ったことは、私もそう………誰も、あなたが全てを諦めることなんて望んでいない。」

少しゆっくりと、でも少しずつ声は大きくなっていた。

クレーネは前を見ながら、ジラーチを抱き締めた。
どうか、ジラーチの大きな力が、少しでも希望を導きますよう…そして、もう

『どうか誰も傷付かないで』

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