見出し画像

◇あるお屋敷の小話

そのお屋敷は全てお母様の好きな物で溢れていた。カロス地方のヒャッコクシティの外れに位置するその大きな屋敷にはお母様のお気に入りの、ちょっと普通とは違う色のポケモンと子どもたちが暮らしていた。マレーアはその大きくて狭い屋敷で育った。

マレーアの一番最初の記憶は別の場所にある。お母様のお屋敷よりももっと狭く、もっと子どもが多く、雑然としていた。今思えばそこは孤児院だったのだろう。
ある日、マレーアがいた施設に黒い服の大人たちが靴音を響かせながら子どもたちの生活の場に入って来た。

テレビでみたことがある、こういうひとたちって、かいしゃいんっていうんでしょ?

施設のお姉さんに話したらくすくすと笑われたことを覚えている。
黒い服の大人たちの一番最後に現れた白髪の女性が施設の子どもたちをまじまじと見て回っていた。女性─後のお母様─と目が合ってマレーアは立ち尽くした、とても美しい人だと…そう思っていると女性が口を開く、嗚呼声まで美しい。「綺麗な髪の色ね」オレンジ色と黄色の髪の毛を撫でられてマレーアは頬を赤らめた。

その日からマレーアの周りはバタバタと忙しくなった。何が起こっているのかわからないままのマレーアに「これからあの方がお母さんになるのよ」そう告げられた。新しいお洋服を用意され、髪の毛を綺麗に結われ、お気に入りのハンカチだけ持って施設を出た。
初めて乗る乗り物に揺られてやってきたのは大きな屋敷。その日は雨が降っていて寒かった。

お母様に気に入られたらしいよ
ふぅん、はやくなじめたらいいね

他人事の様に話すきょうだいが新しくできた。

最初の頃はまあよく「遅い」「鈍臭い」と怒られたものだった。
同い年の女の子が「お母様にほめられたいなら言われたとおりにすればいいの」と教えてくれた。
お母様に怒られないように大人しく、いつでも笑顔を見せ、お母様がプレゼントしてくれたお洋服は全て嬉しいと喜んだ、何かに迷った時はお母様の言う通りにした。全てお母様が正しかった。

お勉強をして、ポケモンのことを学び、バトルを覚え、ドレスを着せられ社交界のマナーを教わりお母様に連れられて外へ出る……そんな日々を過ごして数年。
やがて10歳の誕生日を迎えたマレーアはお母様から色違いのマイナンをプレゼントされ、ポケモントレーナーとなった。同い年の女の子には色違いのプラスルが贈られていた。
初めてのパートナーにマレーアは目を輝かせた。名前を付けようと辞書を引き候補を出してお母様に見せるとお母様は「そんな子どもっぽい名前はやめなさい、きっと大きくなった時に後悔してしまうわ」と止め、お母様がマイナンに「イザベラ」と名付けた。
この時に付けたかった名前はもう忘れることにした。

初めて自分のポケモンでするバトルはとても緊張した。お母様が期待している、私は社交界でバトルを披露するために勉強してきたのだから……そう考えると体は重くなった。

結果は惨敗、失望したお母様は以降マレーアをよく叱りつけるようになった。

「黙り込んでないで何か言いなさい!都合が悪くなるとあなたはすぐ黙り込むわね、意見ぐらいないの?」

お母様に言われても、いくら考えても自分の意見など何も出てこなかった、ただただこの空間から一刻も早く逃げ出したいと思うこと以外何も。

バトルも出来ない、勉強もできない、何も得意と言えるものはない、好きなものもない全てお母様に合わせてきた、私は、からっぽ。
私のことなど早く諦めて忘れてほしい、最初から期待しないでいてくれたらどれだけよかったか。

自室でだけ、マイナンの前でだけマレーアは泣くことを許された。

そしてある夜、マレーアは誤って入ってしまったその部屋でポケモンと思わしきものと出会い、屋敷から姿を消した。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?