_さよらい_ミカCS01

─ 20%─

ここでは鐘が鳴るとそれが合図らしい。

「記憶がなくなっていくと聞いてたけど、案外普通だよね」

湿っぽい石畳を歩きながら後ろの後輩に話す。裸足の後輩、ユコの足音はひたひたと、ガーディのクウの足音は爪を鳴らせながらカチャカチャと、さらに後ろにユコのウツボットのキイ、ヒマナッツのマキが続く。
なくなった記憶はあるようだが今のところ支障はない。ただここに来てからは何もすることがないので思いに耽けることは増えた。いつもの癖で手に持っているスマホも文字化けしてほとんど使い物にならず、毎日更新を待ち望んでいた夢小説を読み返すこともできない。試しに送ってみたメールももちろん空に浮かんだままだ。
とにかく、暇で暇で仕方がないので今もこうやってユコと街を散策している。

適当に入った路地を抜けて少し大きな通りに出た時、何かが落ちたのか大きな音が響いた。
一瞬ドキリとして胸の奥に黒い影が落ちていく。死んでるのにドキリと心臓が跳ね上がるなんておかしな話だ…ただそのような感覚になっただけかもしれない。いや、そもそも私は何を怖がっているのか、もう手遅れなのに……
事故は終わったんだから。

「少し……座りませんか?」

音の方を向いて止まったままの私を見た後輩が少しだけ微笑んで言った。気を使わせてしまったことが少し申し訳なく感じながらも近くの階段に腰掛けた。

ユコがいてくれてよかった、共通の話ができることが少し心を癒してくれる。
でもこの子の記憶も消えゆくのだろうか、お互いがお互いのことどんどんと忘れていくのだろうか。そうなるともう、こうやって一緒に歩くこともないだろうか、急に心細くなった。

将来のことなんて全然わからなくて、ただただ明日を待って、卒業したら旅にでも出て夢でも探してみようかなんて考えていた日々だった。死など遠く先のことで、明日も当然のように生きてると思っていたんだ。いつも、大切なものは過ぎてから気付く、悔しいじゃないかそんなの。

「ねぇ、ここに来てから気付いたんだけどね、私、やっぱり自分の家が好きだったなぁって思ったよ。あの家、あの街が好きだった、学校も…めんどいけどあの学校でユコと会えてよかったって思ってる、バンドのみんなも好きだった」
「先輩…」
「これから転生して、生まれ変わるなら兄さん夫婦のところに行きたいな、またあの家がいい、ユコもまたあの街に行こうよ…そしてまた私と遊んでよ」
「そんなこと出来るんですか?」
「さぁー、わかんないけど……」

旅に出ることも、夢を見ることも叶わなかったんだ。
最後くらいいいじゃない、私の最後の夢、願い、わがまま。
このまま覚えて来世に持って行くよ。

─ 20% ─

初期化完了まで、残り80%

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?