隠し通すと決めた、その日から。
倒叙集(とうじょしゅう)・・・読み手に犯人がわかっている状態で進む物語。

とある探偵事務所に訪れる。
友人から探偵事務所は全国に牛丼チェーン店と同じくらいあると聞いた私は、
最寄駅から七つ離れた「神坂駅」から徒歩五分のところにある探偵事務所「山田探偵事務所」を訪れた。

初めてきたところだったが、窓ガラスに「山田探偵事務所」と白い文字で大きく描かれていたため、すぐに見つかった。
事務所のある三階まで階段を登ると、そこには茶色い扉とすりガラスに貼られた白いプレート「山田探偵事務所」の文字があった。

私は扉の前に立ち止まり、ドアのぶを握って深呼吸をする。
心を落ち着かせ、扉を開けた。。。

まず初めに目に入ったのは、年季の入ったソファ。ここで多くの人の相談を受けてきたことがわかった。
部屋の右手は、窓ガラスに植木鉢に入った観葉植物、それから棚の上に古びた置き時計。
部屋の感じやインテリアから、ここの探偵さんとは気が合うような気がした。

扉を閉めて、左を見る。そこには、大きな本棚と机が一つ。分厚い本が本棚にも、机にも置かれている。どうやら、探偵さんの定位置のようだ。

周りを気にしながら、机の前まで歩く。

机の上には、整理された書類と、黒い手帳。飲みかけのコーヒーカップが一つだけ置いてあった。どうやら、ブラックが好きみたい。残念。。。
本棚にはどんなものが置いてあるのか気になり、目を映すと、部屋の奥から、水の流れる音がした。
おそらく探偵さんだ。そう思い、ソファに腰をかけることにした。

私はカバンの中からクリアファイルを取り出し、窓の外を眺めていた。
後ろから足音が近づいてくる。探偵さんの登場だ。
初対面はたわいもない挨拶からだった。
年齢は三十個くらい違うだろうか。物腰のおじいちゃんといった感じだ。
長年この仕事を続けてきたからだろうか。私の話を目を見て良く聞いてくれた。
ひとしきり話し終えると、探偵さんは頷き、笑みを返してくれた。最後には立って握手も。
どうやら、採用決定のようだ。よし。


その日は、探偵さんが現在抱えている仕事や、就業時間、周辺の良く行くお店などを聞いていたら、一日が終わった。
明日から本格的に始まる、探偵の助手。うまく立ち回りたい。怒られないように。迷惑をかけないように。・・・・・・・・・。


朝八時三十分。今日から探偵事務所での仕事が始まる。就業時間の三十分前に来てしまったので、まだ探偵さんがきていない。
ポストに入っていた新聞を手に取り、昨日預かった事務所の鍵で扉を開ける。
就業時間まで暇なので給湯室でお湯の準備と、自分の机を充実させた。

朝九時。探偵さんが事務所にやってきた。朝早くから来てえらいと褒められて、嬉しかった。
探偵さんの朝は、窓側にあるテレビでニュースを聞きながら、新聞を読み、コーヒーを飲む。これが探偵の情報収集かと感心した。

九時三十分。今日一日の動きを決める会議が開かれた。
今までは、この時間から本格的に仕事を始めていたそうだが、私が来たということもあり、方針を変えてくれたようだ。

一時間。今動いている一つの事件について説明を受けた。

依頼主は、近所に住んでいる佐藤ご夫妻。一年前に娘さんを亡くし、今は旦那さんと二人で大通りを一つ入ったところにある一軒家で暮らしている。娘さんを亡くしてからは塞ぎがちになり、ご近所さんとの付き合いもなくなってしまった。
しかし、そんな状況でも犯人を見つけてくれるといってくれた刑事さんを信じて支え合って暮らしてきた。
しかし先日、自殺として処理された。。。
佐藤さんは絶望し、自暴自棄にもなりかけていたが、報告に来た刑事さんが帰り際に、ここの探偵事務所を紹介した。
ご夫婦はすがるような思いで、最後の希望として、この探偵事務所を訪れ、探偵さんに出会った。

刑事さんとの関係を聞くと、昔探偵さんが殺人事件の解決に助力したことをきっかけに、その後もちょくちょく相談に来るようになったとか。
でも名前以外のことはあまり知らないようで、お互い事件のことだけ話し合う間柄らしい。
探偵という仕事ではそういう関係性も普通なのだと理解した。

ことのあらましについて説明を受け、いよいよ本日の業務についての話が始まる。

今現在、探偵さんがわかっていることは七つ。
①娘さんが殺されたのは、一年前の十二月二十五日クリスマス。遺体が発見されたのは、その日の夜二十二時。遺体の状態から死後二時間と判断され、死亡推定時刻は、二十時であるということ。
②遺体の発見場所は、「神坂駅」から歩いて十分のところにあるアパート。アルバイト先の同僚が倒れているのを発見し、百十番。その後死亡が確認された。
③死因は、睡眠薬の過剰摂取による中毒死。
④佐藤ご夫妻は娘さんとあまりうまく行っていなかったようで、娘さんは大学進学後、一人暮らしを始めた。家賃を払うためにアルバイトを掛け持ちしていた。
⑤娘さんがアルバイトをしていたのは、数駅離れたところにある喫茶店「鈴屋」とネットカフェ「サクサク」。昼は喫茶店、夜はネットカフェで働いていた。クリスマスは、十二時から十六時まで喫茶店、二十一時から明け方の三時までネットカフェのアルバイトが入っていた。
⑥娘さんは大学では友達がおらず、アルバイト先の同僚ともあまり仲が良くなかった。そのため、第一発見者のネットカフェで働いている同僚が真っ先に疑われたが、死亡推定時刻にアリバイがあったことから除外された。
⑦探偵さんの推理では、クリスマスに自宅に誰かを招き入れたという点から、懇意にしていた友人、恋人がいて、犯行に及んだと推理している。


私は第一発見者の同僚のアリバイについて聞いてみた。
その同僚は、死亡推定時刻の二十時ごろ、アルバイト先のネットカフェの近くにある喫茶店にいたことが、喫茶店の店主の証言で確認されている。
同僚は、二十一時からネットカフェでのアルバイトがあったため、二十時四十五分に喫茶店を出た。
二十一時前にお店の前に着くと、店長も合流。一緒にお店の中に入った。
二十一時十分。同じ時間にアルバイトのはずの佐藤さんが来なかったので、店長が連絡を入れる。何度か連絡を入れても反応がないため、二十一時三十分、佐藤さんの自宅へ行って来ると店長に伝え、ネットカフェを後にした。
佐藤さんの家の住所は、以前、アルバイトの時間が一緒になった時に夜遅くだったので、送って帰った時に知ったとのこと。
アパートの前についたとき、佐藤さんの部屋の電気がついていたため、サボりだと思い、インターホンを押す。
反応がない。
扉越しに声をかけるも反応がない。何度声をかけても反応がないため、無視されていると思い、ドアノブを握ると、扉が開いた。

二十二時。遺体を発見する。

探偵さんの話を聞く限り、同僚に犯行が不可能なことがわかった。残念だ。
十一時。探偵さんから今日の仕事を説明された。
今日は、一年前アルバイトしていた同僚に聞き込みをするとのこと。喫茶店とネットカフェ、二手に分かれて聞き込みをしようと提案があったため、迷わず、ネットカフェの聞き込みを希望した。十六時に佐藤さんご夫妻が事務所に来るため、十五時に事務所で合流することになった。

十一時三十分。ネットカフェ「サクサク」に行き、当時も働いていた人たち、店長、そして第一発見者の同僚の方から話を聞いた。
探偵のような仕事は初めてだったので、当時の佐藤さんの印象や、関係性、普段どれくらいの時間お仕事をしているのか、当時どこに住んでいたのか、死亡推定時刻のアリバイなど、細かく聞き、メモ帳にメモした。

十三時。全員からの話を聞き終わったため、当時、第一発見者の同僚がネットカフェに行く前に訪れていた喫茶店でメモした内容を、確認した。

その後、一度自宅に自転車を取りに帰り、ネットカフェの周辺や佐藤さんの住んでいたアパートなど、とにかく関係性のあるところを見て回った。


十五時十分。少し遅れて事務所に着くと、すでに探偵さんは事務所に戻ってきていた。
探偵さんに遅れたことを謝り、聞き込みの情報共有を行なった。

喫茶店「鈴屋」は時代の煽りを受け、つい最近閉店していた。
仕方なく、周辺の住人に聞き込みをすると、当時の店主が住んでいる家がこの近くだということを聞き、訪問。
その店主から当時の佐藤さんの話や他のアルバイト仲間の話、関係性について聞き込みを行った。
しかし、特に疑わしい人は見つからなかったとのこと。

探偵さんからの報告は以上だった。情報が少ない。聞いたことを無関係と思い、あえて話していないのか、それとも聞き込みがうまくいかなかったのか。私は前者であると考え、聞き込みの結果を含め、見回ったことや娘さんの性格について細かく説明することにした。
そして当時の彼女について、わかっていることを紙に書き出した。
・親と仲があまり良くなかった。
・アルバイトを掛け持ちして、一人暮らししながら大学に通っていた。
・内気な性格で中のいい人は大学にも同僚にもいなかった。
・本を読んでいる姿をよく見かけた。
・ネットカフェの近くの喫茶店でよく一人でご飯を食べていた。
・イヤホンでよく音楽を聞いていた。
・いつも同じような服を着ていた。
・娘さんの家の場所を知っていたのは、喫茶店の店主とネットカフェの店長、第一発見者の同僚だけだった。
・・・

書き出した紙を、探偵さんに渡す。
紙を見る。
・・・。

探偵さんの表情が変わる。それを見た私は、質問をした。
「何か気になることがありましたか?」

探偵さんは喫茶店の店主から聞いたことを話してくれた。
それは、娘さんが音楽プレイヤーを使っているところを見たことがあるというもの。
店主は、今の時代、スマホで音楽が聴けるのに珍しいと思って話してくれたようだ。
しかし、娘さんの自宅からは音楽プレイヤーが発見されなかった。
少しの違和感。しかし探偵さんはそこに何かあると断言した。


十六時。佐藤ご夫妻が事務所に訪問。
今日会ったことを報告した。音楽プレイヤーのことも。
すると、お母様が涙を流した。
「使ってくれていたの...」

高校入学のお祝いにお母様がプレゼントしたのが、何を隠そう音楽プレイヤーだった。

「時代遅れでしょ、わかってないなぁ、笑」

そう娘から言われて、とうの昔に捨てられていると思っていた音楽プレイヤーを娘さんは大切に使っていた。

佐藤ご夫妻が涙を流している中、探偵さんは一つの仮説を説明した。
「犯人がいる場合、犯人は娘さんが自殺したように見せかけている。また、娘さんは他人との関わりが極端に少ないことから恨みの線は消していいだろう。もし、犯人がいるなら、それは歪んだ欲望に違いない。その場合、娘さんの愛用しているものを持ち帰ってもおかしくない。物にあまり頓着がない娘さんが唯一大切にしていた音楽プレイヤー。これを持っている奴が犯人に違いない。」

その場の全員が探偵さんの仮説に賛同した。
しかし、誰が持っているのかわからない。
探偵さんは、どうにかして発見する方法がないか考え始めた。
・・・。
・・・。

私は、思いついたかのように話し始める。

「あの・・・、これはあくまで仮説なんですが、娘さんの住所を知っていたのは、喫茶店の店主さん、ネットカフェの店長、第一発見者の同僚。もちろん他にもいた可能性はありますが、この三人の中でアリバイがないのは、喫茶店の店主さんとネットカフェの店長です。店主さんが音楽プレイヤーの話を自分からしたとすると、犯人の可能性があるのは・・・。あと、そういえば・・・、ネットカフェの店長さん、最近入ってきた大学生の女性アルバイトさんに告白したそうです。それで、振られたもんだから、働きずらいって、他のアルバイト仲間がぼやいてました。当時から独身みたいですし、もしかしたら・・・。」
証拠も何もない。ただの仮説だ。しかし、その場の空気は自ずと確信へと進む。
探偵さんはすぐに刑事さんに電話をして、現状を説明した。
刑事さんは、その話を聞き、事務所に向かった。

十六時三十分。刑事さんが事務所に到着した。
私は、店長がすでに自宅に帰っていることを伝えると、刑事さんは探偵さんと私の三人で店長の自宅に向かうと言い出した。

私は佐藤ご夫妻に一緒に来て欲しいと言った。現状、犯人かどうか判断できるのは、音楽プレイヤーを見たことがある佐藤ご夫妻だけだったからだ。
そのことを伝えると、佐藤ご夫妻も同行することを決意してくれた。

私たちは、刑事さんの車で店長の自宅に向かった。

十七時。店長の自宅。
店長の家の電気がついている。

私たちは扉の前に行った。
刑事さんがインターホンを押す。返事がない。
扉を叩く。返事がない。
刑事さんはドアノブを回す。すると、扉が開いた。
私たちは、刑事さんを先頭に店長の家に入ることにした。

散らかった部屋。物が地面に散乱している。
探偵さんと刑事さんが部屋の中を探し始めた。

私は見ている。
少しして、探偵さんが、押し入れの中に箱を見つける。
その中には、シャーペン、消しゴム、手帳、イヤホン。そして、音楽プレイヤー。
探偵さんが佐藤ご夫妻に見せる。

お母様が無言で頷いた。
探偵さんはその箱ごと刑事さんに渡した。

十七時三十分。私と探偵さん。そして佐藤ご夫妻は探偵事務所に戻り、後のことは刑事さんに任せることになった。
探偵さんと私は、佐藤ご夫妻が凶行に走らないように数日間事務所で監視することにした。

十二月二十六日、朝七時。佐藤ご夫妻にお茶を出す。
朝のニュースで、ネットカフェの店長が窃盗の容疑で逮捕されたことが流れる。

私は安堵した。
佐藤ご夫妻が凶行に走らずに済んだのだ。
「殺害した証拠はないため、窃盗罪となったが、後はあいつがきっとなんとかしてくれます。」
探偵さんが佐藤ご夫妻にそう言った。
佐藤ご夫妻は探偵さんにお礼を言い、事務所を後にした。


後日、探偵さんの元に刑事さんが報告に来た。
・店長は未だ犯行を否定している。
・店長の部屋から見つかった箱の中に入っていたもの全てから、娘さんの指紋が検出されたが、店長の指紋は見つからなかった。
・中に入っていた手帳は娘さんのものであり、いくつかちぎられた後があった。
・犯行当時、店長のアリバイがなかった。
・犯行を行った証拠がないため、無罪となる可能性が高い。
最後に、刑事さんは探偵さんに絶対に自供させると言い残し、その場を後にした。

このニュースが報道された後、ネットではさまざまな情報が大量に行き交った。
店長の個人情報は当然のこと、人柄や性格まで、有る事無い事言いたい放題。そして、それを解決したのが、山田探偵事務所であることも。

証拠は何もないが、世の中、佐藤ご夫妻、刑事さん、そして探偵さんの中で、店長は紛れもない犯人となった。



一月一日朝九時。新年の始まりとともに、山田探偵事務所には、事件の噂を聞きつけて多くの相談者が訪れていた。
新年から忙しい探偵さんと私。

過去の事件を振り返っている余裕はない。

最後の希望は探偵さんから刑事さんに託された。一年間、解決できなかった刑事さんに。

私はこれからも探偵さんの助手であり続ける。
最後の希望がまた探偵さんに託されないように。

探偵さんがより多くの人を救えるように。最後まで。
隠し通すと決めた、その日から。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?