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BTGは何が弱点なのか

<軍に決定的な欠陥が…ロシアが“敗ける日”これだけの理由【5月2日(月)#報道1930】>

こちらの番組でBTGの弱点について語られており、筆者としても同意します。
しかし軍事について知識がない人はこの動画では「なぜ部隊をコンパクトにしたことが弱点になるのかわからない」と思う気がします。
というのも筆者としても以前は部隊のコンパクト化のメリット・デメリットについてある程度理解したのはそれなりに時間を要したからです。
そこで、ここでは大きな部隊を分割してコンパクトな舞台にするメリット・デメリットについて、会社に例えて解説したいと思います。

なお、専門家ではない単なる民間の軍事オタクである筆者の理解なので、大きく的外れの可能性もあります。さすがに違いすぎるだろという話についてはご指摘いただけると助かります。

本文はすべて無料で読めますが、購入していただけると筆者の励みになりますので、そうしていただけると大変うれしいです。

軍の編成について

上記の動画で部隊編成についての軍事用語がいくつか出てきており、知らない人向けにざっくり解説します。
なお軍の編成は国や時代によりかなり違うことがあるので、以下のものは一例として考えてください。

諸兵科連合部隊

「ひとまとまりの部隊」のことです。
軍隊では直接戦闘する歩兵と戦車などを「主力部隊」といい、彼らが戦うために必要な補給などの支援を行う部隊を「支援部隊」といいます。
この主力部隊と支援部隊をひとまとめにパッケージしたものを諸兵科連合部隊といいます。
何を当たり前なことをと思うかもしれませんが、軍隊は下部組織は単一兵科のみでまとめています。それらいわばパーツとなる部隊を集め、より上位の部隊を編成します。
この各部隊をどう組み合わせて諸兵科連合部隊を構成するかでその部隊の規模や性質が決まります。
また、師団より小さい諸兵科連合部隊については「戦闘団」「支隊」「群」などという呼び方をすることがあります。
またこういった独立して作戦を遂行する能力を「自己完結性」と呼んだりもします。

師団

諸兵科連合部隊の典型的な例が師団です。
第二次世界大戦頃は四個の歩兵連隊を基幹とした諸兵科連合部隊を構成するのが一般的でした。
現代では各国で様々な形態があり、一概には言えませんが、通常一万人以上の規模の部隊になります。

典型的な編成例は

  • 二個歩兵旅団(一個旅団=二個連隊)

  • 一個戦車連隊

  • 一個砲兵連隊

  • 一個輸送連隊

のようなものになるでしょうか。

どの兵科を基幹とするかで呼び方が変わります。
歩兵を基幹としたら歩兵師団、騎兵を基幹としたら騎兵師団、戦車を基幹としたら機甲師団(なぜか戦車師団とは呼ばないことが多い)などと呼ばれます。

現代の師団は様々な部隊で構成されており、書きだそうとするととても複雑になるため、興味のある方はwikipediaの「師団」の項目を読んでみてください。

旅団

第二次世界大戦頃までは二個連隊で編成された部隊を指していましたが、現代では一個連隊を基幹とした諸兵科連合部隊なこともあります。
アメリカ陸軍は「旅団戦闘団」という単位を用いてますが、これは諸兵科連合部隊です。

連隊

単一の兵科で構成された部隊です。
三~四個大隊で構成します。
歩兵で編成された部隊は歩兵連隊、戦車で編成された連隊は戦車連隊などと呼びます。

大隊

単一の兵科で構成された部隊です。
三~四個中隊で編成します。
なお自衛隊には大隊という編成単位がなく、一個連隊を3~4中隊で編成します。

中隊

単一の兵科で構成された部隊です。
三~四個小隊で構成します。
伝統的に中隊は編成の基本単位として扱われることが多いです。
一個歩兵中隊の規模感で他の部隊の中隊の規模が決まっている感じがあります。
例えば砲兵は最小単位を中隊として編成されることが多いです(おおむね4門で一個中隊)。

小隊

単一の兵科で構成された部隊です。
三~四個分隊で構成します。
戦車は小隊を最小単位とすることが多いです(おおむね4両で一個小隊)

分隊

単一の兵科で構成された部隊です。
歩兵の場合10人前後であることが多いです。

逆算すると、歩兵中隊が200人前後、歩兵大隊が1000人弱、連隊が4000人弱となります。

上記の例で挙げた師団の場合、戦力はおおむね歩兵12,000人、戦車250両、砲60門となります。

BTG

ロシア陸軍の編成単位でBattalion tactical groupの略です。
日本語では大隊戦術グループ、大隊戦術群などと呼ばれます。
BTGは諸兵科連合部隊です。

師団より上の単位

師団より上の作戦単位はいくつかあります。
軍、軍団、方面軍などです。
これらは複数の師団を指揮するための単位です。
また、必要に応じて各司令部に直轄部隊を置きます。
軍砲兵、重砲、戦車、特殊部隊などです。

コンパクト化を会社に例えてみる

さて、単純化のため営業部とそれを支援する総務部のみで構成された会社を考えてみましょう。
この組織は会社ですから、組織として業務を遂行する能力があります。
これは軍隊でいうところの諸兵科連合部隊になります。

さて、この会社は全国規模で各県に支店を設けていますが、本社に総務部を置き、支店に担当営業を常駐させる方式でした。

ある人が言います。

「これ、各地方に支社を作ってそこにも総務部を置いて業務行ったほうが効率的じゃない?」

たしかに本社で全国にある支店に必要な部材を調達するのはレスポンスが悪くなり、効率がよくありません。
そこで各地方に支社を置き、そこに地方営業部、地方総務部を置き、その地方の業務を行わせることとなりました。

この支社には自己完結性があります。

これが「部隊のコンパクト化」です。

では次に部隊のコンパクト化の弊害を考えてみます。

支店にも総務部を置こう

さて、各地方に支社を置く=コンパクト化により効率が良くなったとします。

ある人が言います。

「これ、各支店にも独立した総務部を置いた方がよくない?」

さて、これでより効率的になるでしょうか?
このくらいならその会社の事業規模や形態によるかもしれません。

更に極端に考えてみましょう。

「営業一人に総務を一人つけ独立的に運用したら効率が良くなるか?」

おそらく、多くの人はこれは「効率が悪い」と思うでしょう。

これがコンパクト化の弊害になります。

ある一定の部分まではコンパクト化したほうが効率がいいでしょう。
しかしコンパクト化しすぎるとかえって組織としての効率は低下します。

また、分割しすぎると、例えば重点的に営業をしたい支店に対して、他の支店から応援人員を派遣しようとしたときに困ったことになります。
その応援元の支店からするとマンパワーが減り、こなせる業務量が低下してしまうため、支店長がなんだかんだ理由をつけて応援を拒否することが起きがちです。

組織としては、全体効率を優先するために一部に負担をかけるという判断は往々にしてありますが、しかし現場としてはそれをやられると自分らの負担が増すため、あの手この手で拒否しようとします。

こういった問題は軍隊においても起きます。

というか、むしろ戦時の軍隊においては頻発します。

指揮下の部隊を減らされると作戦遂行能力が減る→作戦が失敗する可能性が上がる→失敗したら責任を取らされる、どころか最悪自分が戦死する

ということになるからです。
単に出世競争というだけでなく、命がかかってるわけですね。
なので、かなり強い抵抗をすることとなります。

BTGの弊害


BTGの編成について
引用元:「軍に決定的な欠陥が…ロシアが“敗ける日”これだけの理由【5月2日(月)#報道1930】

BTGは一個歩兵大隊を基幹とした諸兵科連合部隊で、上記の動画から考えるに、一個歩兵大隊、一個戦車中隊、一個砲兵中隊、その他支援部隊で編成されているようです。

これは師団と比べると十分の一未満の、かなりコンパクトな部隊となります。

そのため、自己完結性は高いものの、小部隊であるため突破力は低いです。
人数が少ない支店やさらに小さい班ではできる業務にはそのマンパワーから限界があるのと同じです。

では、これらBTGの指揮官に対してに対して
「重点攻略目標があるから君らの部隊から戦車部隊と砲兵部隊を取り上げるね?」
といったらどうなるでしょうか。

おそらく、多くの指揮官はいい顔をしないでしょう。

またBTGは常設の編成単位となってるのもポイントです。

これが臨時編成だったなら元のさやに戻るだけとなりますが、常設の編成のため組織の編成としても建付けが強固であり、指揮官としても自分の部隊という意識が強くなります。

会社で例えるなら、イベントへの出展のために各部署から応援をもらって一時的に作った組織から人を引き抜くのと、イベント出展のための部署として常設された時の違いと考えればいいでしょうか。

結果、BTG内の戦力を抽出して突破したい正面へ火力を集中するというのが難しくなり、全体の作戦の柔軟性は下がります。

BTGは自己完結性を持っているので、同規模の歩兵部隊と戦うなどの場合はその真価を発揮するでしょう。
しかし、BTG一個では戦えない、複数のBTGを統合して作戦を行う必要がある場合には、それらのBTGを調整し、状況に応じてBTG内の戦力を一部抽出し柔軟に作戦行動をすることが求められます。

今回のロシア軍では、その弱点が露呈した形となったと考えられます。

BTGの歩兵の少なさ

上記の動画では歩兵の少なさも指摘されています。

今のBTGには二百人前後しか歩兵がいません。

これは歩兵部隊の規模としては中隊規模となり、大隊の四分の一程度となります。

推測ですが、戦時においては残りの四分の三は徴集兵で埋めるつもりだったんだと思います。

しかし、今回のウクライナ侵攻は「戦争」ではなく「特別軍事作戦」となっており、ロシア国内の法律では徴集兵を戦闘部隊として運用することはできないようです。
(この国内法についてあまり詳しくないですが、ロシアという国が危機的状況を打開するために行うのを戦争と定義しているようです。ウクライナの「非ナチ化」「非軍事化」「東部地域の『解放』」はさすがにロシア本国の危機とは言えない、国民を納得させられないと考えたのでしょう)

このため、部隊としては充足率が大きく低いまま、侵攻に投入されることとなったと考えられます。

そしてこの歩兵の少なさが今回の戦争において致命傷になったと考えられます。

歩兵は塹壕を掘り、地雷を埋め、機関銃や対戦車火器を配置し、敵の進撃を跳ね返すべく待ち構えます。

こういった、敵と接触しうる外側の歩兵がいるところを点でつないでいったものを「前線」「戦線」と呼びます。

この前線の維持が歩兵の大事な仕事なのです。

そしてこれは防御のときだけでなく、攻撃の際にも重要な特性となります。

戦車が突撃して敵前線に突破口を開き、その突破口に歩兵がなだれ込み、その突破口を維持すべく敵歩兵を掃討し、防御態勢をとることで、新たな前線を構築するのです。

この突破口を維持・拡大する行動を「戦果拡張」といいます。

さて、歩兵が少なかったらこの戦果拡張はどうなるでしょうか。

当然、うまくいかないでしょう。

この歩兵の少なさによりBTGに期待されていた戦闘力が思った以上に低くなり、作戦が思ったように進捗しなかった可能性もあります。

また、ロシア軍は電撃的にウクライナの首都キーウを陥落させ、早期に戦争を終結させるつもりだったとも言われています。

つまり、歩兵による戦線の維持能力が低くてもそれが崩壊する前に戦争を終わらせるという公算だったのかもしれません。

しかし、それらの目論見はウクライナ軍の必死の抵抗により頓挫しました。

結果、歩兵の少なさという現行のBTGの弱点が露呈する格好となったのかもしれません。

終わりに

長い。

ここまでお読みいただきありがとうございます。

コンパクトにまとめるつもりだったのですが予想以上に長くなりました。
これを短い番組内でまとめるのは無理がありますね。

しかもここまで書いても運用上の懸念で触れていない部分もあって(動画ではほんの少しですが触れられている、司令部機能についてです)そこも書きたかったんですが、さすがにここまでで長くなりすぎたので端折りました。

会社と軍は目的とするものなどでかなりの違いがありますが、「会社も軍も、人で構成された組織であること」という点では共通しています。

「人の組織であること」によって起きる問題は、軍でも会社でも(あるいはまったく違う人の組織であったとしても)共通性があると思います。

以上、何かの参考になれば幸いです。

(ヘッダー画像:陸上自衛隊HPより引用)
(隠蔽された野砲陣地。こういった擬装も欠かせない)

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