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旅の終わり

2021年12月5日をもってAmazon Lab126を辞し、足掛け3年に及ぶ僕の米国挑戦は終りを迎えた。
本エントリは自己紹介というにはいささか長くなりすぎてしまった次のシリーズの最終回にあたるが、いわゆる退職エントリも兼ねており単独で読めるようになっている。

それから米国生活では一部家族について触れており、以前はてなブログで心無いコメントを多数もらった反省から、悩んだ末に本エントリは有料記事とすることにした。忸怩たる思いであるが、新しい門出を迎える者への餞と思っていただければ幸いである。

Amazon Astro

Lab126ではAmazon Astroというロボットの開発を担当した。Astroがどのようなものかについては次のビデオを見ていただけると端的にお分かりいただけると思う。

初めに念を押しておくが、僕は守秘義務があるためここに書いてある内容は公開情報かマネージャーに確認して「話して差し支えない」と確認の取れているものだけに限っている。公に話せないことを回避するために分かりにくい表現になっている場合があるがご容赦願いたい。

 僕が所属したチームはVisual Perception(視覚認知)を担当しており、Astroの「目」にあたる部分を作っていたことになる。Amazonにはコードを書く職種が大きく2つある。
1つ目がApplied Scientist(無理やり訳すなら応用科学者)で、製品の根幹に関わる部分の基礎研究をしながらコードも書く。科学者の名前の通り、多くのApplied Scientistはトップ校の博士号を持っており、Amazonの技術系職種における花形のひとつである。Lab126ではデジタル信号処理やAI/ML、HCI(Human Computer Interaction)の研究をしている人が多い。
もうひとつがSoftware Development Engineer(ソフトウェア開発エンジニア)で、これは他社で言うソフトウェアエンジニアなので分かりやすい。僕はこれである。Software Development Engineerの役割は、Applied Scientistの研究内容をスケール可能なコードに落とし込み、デプロイし、ユーザの触れられる形で届けることにある。

AstroはAmazon初のホームロボットである。その名の通り、家庭内を哨戒して異常を検知した際には人間に通知したり、物を運んだり、コミュニケーションの仲立ちをしたりする。次のビデオが分かりやすい。

ファーストペンギン(the first penguin)という言葉がある。これは魚を捕るために群れの中で最初に勇気を振り絞って海に飛び込むペンギンのことだ。
Amazonはこれまでにいくつもの製品でテック業界のファーストペンギンを務めてきた。クラウドを今の形で定義してAWSとして世に出したのもAmazonだし、いわゆるスマートスピーカーを今の形で"Alexa"として世に出したのもAmazonだ。

Astroはホームロボットにおけるファーストペンギンのひとつとなることを我々は大いに期待している。
初めて「自分で考え自律行動するホームロボット」について考え始めたとき、我々の誰もその作り方を知らなかった。世界のどこにもそのようなロボットの作り方は公開されていなかったのだ。Lab126の技術者たちは各々ロボティクス関連の論文を読み漁り、足りないパズルのピースをひとつひとつ拾い集め、ハードウェアの試作を繰り返しながら少しずつAstroを今のロボットの形に近づけていった。したがってAstroがスイスイと部屋の中を歩き回っている様子を見るだけで、胸の中に何か熱いものが込み上げてくるのを感じる。そしてこのような製品のローンチに生みの親のひとりとして立ち会えたことは、技術者として無上の喜びである。
ロボティクスの学位も知識もない極東のいちAndroidエンジニアがいかにしてAstroチームにジョインし、どのような困難があったかについては後半に譲りたいと思う。

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