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〔小説批評〕歴史と固有性、そして記憶/橋本治『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』をめぐって

古谷利裕


はじまり

 橋本治の『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』(一九八三年)は、この著者の最初の長編小説である。ぼくは、現在は橋本の熱心な読者とは言えないが(※このテキストは2008年に書かれた)、この小説の発売当時(高校の頃)はかなり読んでいた。特に「桃尻サーガ」の第三作目『帰ってきた桃尻娘』(一九八四年)は当時 のぼくにとってとても重要な小説だった。『ふしぎと』も同じ頃読んだのだが、その時はあまりピンとこなくて、やたらと冗長だという印象しかなかった。しかし現在は、この冗長さには必然的な意味 があるのだと理解できる。その点について考えみたい。簡単に言えばこの冗長さは、人物の固有性と それを支える歴史に関わっていると言える。まず、少し回り道をする。

普遍としての私、固有名としての私

 『秘本世界生玉子』に収録されている「芥川に捧ぐ」という文章で橋本治は、小説における「私」とは、作品と読者とを結ぶ窓口として機能するのだから、「私」の存在は必ずしもしっかりと描かれている必要はなく、無色透明な存在であってもよくて、だからこの「私」は簡単に「普遍」を代行するものと成り得る、と書いている。つまり小説において「私」とは、誰でもないことによって誰でもあり得るような存在の「ある男」である、と。このような「私」の機能は、たんに一人称的な記述における私だけでなく、そもそも三人称的な語りを可能にする語り手の存在こそが、そこを視点として全てが眺められる、無色透明なもの=普遍としての「私」の代表だと言える。

  しかし、映画やマンガのような視覚的なメディアにおいては、窓口としての「私」は必要がなく(「私」が語り手とは成り得ず)、主役でも脇役でも物でも全て、観客から直接「見えて」しまうという 点で同等であるとする。小説においては抽象的な「ある男=語り手」だった人物も、映画や漫画では 常に特定の「顔」をもった特定の人物として現れるしかないのであって、そこでは「私」を普遍へと曖昧にすり替えることは出来ない、と。例えば、小説において窓口としての「私」は、その容姿を (自嘲することはあっても)読者からあげつらわれることはない位置にいることが可能なのだが、映画においては、それはいつも特定の俳優によって演じられるしかないので、それが出来ない。

 映画では私を曖昧なまま普遍へとスライドさせる装置が成り立たない。私は常に、特定の顔、特定の身体をもった誰かであり、それは私以外の誰かと「見られる」という意味で同等な存在であると同時に、他の誰かと取り替えることの出来ない「この私(特定の誰か)」でしかあり得ない。映画では誰でもが一人の登場人物であるしかなく、誰も「語り手=普遍」という位置に立てない(説話構造として「ある人物の回想」という形式で「私=語り手」という構造を採ることは可能だが、それでも全てのショットを主観ショットにするという極端な技法を採用しない限り、回想の主体である当人もそれ以外の人物と同じように画面に映っているので、ショットの次元においては全ての人物が等しく「登場人物の一人」でしかない)。

  簡単に言えば、小説(言葉)において、世界が「私」によって見られ、記述されるしかない時、その「私」によるフレーミングによって現れた世界が、私以外の人物にとっても意味のあるもの、ある程度の客観性をもったものとしてあるためには、それを「語る者」である「私」が無色透明な装置となり、誰にでもすんなり共有される(普遍としての)「私」となる必要がある、ということであろう。 勿論、その人物が個性的であることは出来る。しかしその時の「私」は普通との距離において測られた「特殊性(特徴)」をもつことしか出来ない(橋本はこの、普遍を基準としてそこから測られる距離を 「片輪」という言い方で表現する。私は、私であることによってではなく、普遍からの偏差―片輪である度合によってのみ「特徴づけ」られる)。

 しかしこの時すでに「私」と呼ばれる人物は私としての固有性を失っており、読者と作品とを結ぶ一つの窓口という機能になっている。小説という「見えない」メディアが力をもっていた時代には、私というフレームが個であるよりも先に普遍であるということが、つまり「ある男」(ここで「私」とは「男」であって、「女」はさらに「男」からの距離によって測られることで「女」であることになる)が年齢、性格、社会的地位、容姿をもっているにも関わらず、それが不問に付されて、普遍として扱われ得る時代であった、とする。つまり、普遍的な「私」によって眺められた世界こそ が、小説(文学)として書かれるべき価値をもつとされていた、ということだ。

  しかし現代的な「見える」メディアにおいて、「見える」ということはつまり、具体的な「それ」が見えてしまうということであって、見えているのはいつも「具体的な誰かや何か」で、つまり「個物(個人)」である。そこでは《今現在、そのような顔を持っている彼・彼女がそうであることが真実なのか ?  そうであることに、どんな意味を作者が与えているのか ? 》(「芥川に捧ぐ」)ということが問題になる、と。つまり「私」は、普遍的な「ある男」であることが出来なくて、常にたんなる「誰か」として存在する。

 このような問題の立て方は、次に要約する柄谷行人と極めて近いとも言える。

 柄谷行人 『探求Ⅱ』の第一部「固有名をめぐって」は、「この私」のかけがえのなさについて書かれている。「この私」は、きわめてありふれているにも関わらず、他のものとは取り替えがきかない。この時重要なのは「私」ではなく「この」の方である、と。「私」からはじめられる思考は、「私」(という特性)にあてはまることが、万人(一般性)にもあてはまるということを暗黙の前提としてしまう。つまりそれは、暗黙の前提が通用する共同体内部の思考である。そうではなく、「この私」「この犬」「この物」と言うときの「この」にこそ、かけがえのなさがある。「この」とはつまり「他ならぬこの」ということであり、「他であり得たにも関わらず、現にこうである」ということだ。「この私」のかけがえのなさは、私のユニークさにあるのではなく、他の何かであり得たかもしれないのに、実際にはこのようにしてある、というところにこそある(偶然性と一回性) 。そしてそれは、 固有名においてのみ示される。

  柄谷はこれを、文の構造のなかにみる。例えば夏目漱石という人を、『吾輩は猫である』を書いた人という確定された記述に翻訳することは出来ない。「『吾輩は猫である』を書いた人は、小説を書いた」という文は、たんに必然性しか示していないが、「夏目漱石は小説を書いた」という文には、偶然性が含まれている(漱石が小説を書かなかったこともあり得る、にもかかわらず書いた)。漱石が小説を書かなかったかもしれないという「可能世界」は、たんに空想の世界ではなく、現実世界は、常に可能世界を孕んでいる。 つまり、現にこうである、というのは、他であり得たかもしれないにも関わらず、こうである、とい うことであって、可能世界(他でありえたかもしれない)を想定した上でそれを排除することで、現実世界 (こうである)のかけがえのなさが生まれる(現実世界は可能世界を排除することによって、それを孕む)。

  固有名が、可能世界でも現実世界でも成り立つということは、固有名が、あり得べき複数の可能性と、 にも関わらず(たまたま)こうであった、ということを同時に示しているということであろう。このような固有名によってはじめて、構造に還元されない、一回性、偶然性を孕んだ「歴史」(かけがえのなさ)が出現する。「なぜ私はここにいて、あそこにいないのか」という問いが示しているのは、 現実的なものの偶然性であり、偶然の絶対性であろう。つまり歴史とは、『「関係の偶然性」の絶体性』を記述することだと言える。

 「この私」のかけがえのなさが、「私」にではなく「この」の方にあると言うとき、そこには、「この私」があくまで、限定された、ありふれた存在でしかないことが言われてもいる。だからこれは、私(特殊--片輪)にあてはまることは万人(一般)にあてはまるはずだ、という思考、つまり、私にあてはまることがあてはまらないものはエイリアンであり、人間ではないから排除されるべきだ、という共同体的な思考が批判されているだけでない。「私」を無限定に、ひたすら拡張してゆき、ほとんど「世界」と重なり合うほどに肥大化させなければ気がすまないといった思考への批判でもあり得る(革命の喧噪のなかで自己が無限に拡張されてゆく幻想に囚われる者や、宗教的な恍惚によって自己と世界とを合致させるという幻想に囚われる者、あるいは、一つの体系によって世界を記述し尽くそうという欲望を持つ者など)。この地点でこそ、他でもあり得たかもしれない(可能世界)にもかかわらず、現にこうである(現実世界)という「この」の限定性が必要とされる。

 だが、橋本のここでの興味は柄谷のような形式的なところにあるのではないだろう。小説家である橋本にとって問題は、既に普遍性において語ることの出来なくなった「私」に、ではどのように語らせればよいのか、ということだったはずだ。ここで視覚的なメディアが例に挙げられているのは、小説において作品と読者とを繋ぐ媒介=窓口である「私」が、映画やマンガでは、他の人物と同等に 「見られる」ものの一人であるというようなあり方が、小説家である橋本を刺激しているからだと思われる。

 同じく橋本による少女漫画論『花咲く乙女たちのキンピラゴボウ』において、『巨人の星』の星飛雄馬は、平気でサルマタをはいてガニマタで歩いていられたのに、『すすめパイレーツ』の富士一平にはそれは恥ずかしくて出来ないことになっているのは何故かについての記述があった。つまりここで 星飛雄馬は(視覚的なメディアであるのに)人に「見られる」ことを意識せずただ世界を見ていればよい普遍的な「ある男」(の一例)だったのだが、富士一平は、自分が世界を見る者であると同時に「見られるもの」の一つでしかないことを意識してしまっているから「恥ずかしい」のだ、と。つまり視 覚的なメディアにおいても、固有の身体というものがはじめから意識されていたわけではないのだ。

  橋本にとって、窓口としての「私」が、普遍的な装置としてだけでなく、同時に固有の身体を持った具体的な「私」であるためには、世界を「見る」と同時に、世界のなかの無数の誰かによって「見ら れる」ものであり、しかも無数にある「見られるもの」のうちの一つでしかないということが重要だったのだ。そしてこのことが『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』の、あのあまりに も同時代ノリでありすぎる、冗長な記述と深く関わっているように思う。

 私が「私」というフレームで語り出すと、とたんに私は「この私」から離れて「ある男」として抽象化されてしまう。「芥川に捧ぐ」においては、小説とは、このように個を曖昧なまま普遍へとスラ イドさせてゆく語りの装置として捉えられていた。《小説というメディアは『私』というものの存在 を可能にする。そのことに慣れ親しんだ頭脳は---無限定に『私』を普遍化する体系に侵された知性は、その結果描かれもしない「私」をどこにでも見出すことが可能になった。》《特定の個をそのまま 一つのカテゴリーのなかに押し込んで、それを普遍と称える残酷と、曖昧な了解に基づく不徹底な個 を、普遍という絶対によって真実に置き換えたまま口をぬぐっている詐術を可能にする病んだイデオ ロギー。》(『芥川に捧ぐ』)。 

 では、橋本は、「見えてしまう」ことによって「この男」として限定されるような(「顔」をもった)「この私」に語らせるためにどのように書くのか。ごく安直な言い方をすればそれは、「関係」を描くことによってだと言えるだろう。しかしここでの関係とは、モデルとして世界から切り離されて構築 された「関係」ではなく、「歴史のただなかにいながら歴史を描く」「関係のなかにいながら関係を描 く」というようなやり方のことだ(だから、橋本にとっての「関係」は、横光利一『機械』、後藤明生『笑い地獄』、あるいは阿部和重『シンセミア」などで描き出される「関係」とは異なる)。つまり「関係」とは 具体的な「歴史」のなかにしかないので「現実世界」とは切り離せない。

 『秘本世界生玉子』の河出文庫版のあとがきで橋本は、自分は「自分に関係のあること」ばかりを書いていて「自分のこと」はほとんど口にしていない、と書いている(橋本の文章に時々みられる、うんざりしてしまうほどの「自分語り」は、「自分のこと」ではなく「自分に関係のあること」である点に注意すべきだろう)。「自分のこと」を書いていると、それはいつの間にか「私」を無自覚なまま普遍へとスライドさせてゆく装置にはまってしまう。そうではなくて、実際に存在する限定された個としての「私」(私でなくなくても「 誰か」)を描くためには「私に関係のあること」を丹念に、執拗に、理路整然と語ってゆ しかない 。これが橋本の小説における基本的な態度なのではないだろうか。

 つづいて「あとがき」には、この本 は「セクシュアリティに関する本」であるよりずっと「関係についての本」であるとも書いてある。『秘本世界生玉子』は、その多くがエロ本を初出誌としてもつ文章からなっているせいもあって、主に性的な事柄に関する文章で出来ているのだが、不思議に橋本自身の身体的な感触が希薄であるように思える。それはおそらく、橋本にとって「性的なもの」とは、「自分のこと」(自分の身体、あるい は自分の感覚=快楽と、他者との関係)にあるのではなく「自分に関係のあること」(自分と他者の関係の具体的な有り様そのもの)の方にあるということなのだろう。だから橋本にとって「この私」とは、「この身体」のことではなくて、「この関係(歴史)」のなかにある私のことなのだろう。
 (しかしごく単純に、この私とは「この身体」であるという次元も存在するだろうと思う。この点について は後で触れる)。

青春=神話と、大人=歴史

『帰ってきた桃尻娘』(八四年)と『ふしぎと』(八三年)は、共に同じような結末で終わっている。 それはどちらも、主人公が「自分が魅力的であるということを、自分で認めてしまってよいのだ」と思うに至るところで結ばれる。そしてこれは、自分に魅力があるのだということを受け入れることが、 そのまま「自分に魅力を感じてくれている他者」の存在を受け入れることでもあるのだ、ということを意味している。そして、主人公にそのような認識をもたらすのは、主人公にとって魅力的な他者の存在である。

 繰り返す。自分の魅力を認めることが、自分に魅力を感じている他者の存在を受け入れ ることで、そのような認識は、自分にとって魅力的だと思える他者に、自分が、魅力的だと映っていることを知ることで得られる。これはとても入り組んで回りくどい言い方(把握の仕方)だが、橋本の小説で展開される「人間関係」というものは、いつもこのように入り組んだ形で把握される。これ が橋本の小説が冗長的な文体を必要とする理由であろう。橋本の小説では、長ったらしくも回りくど い、内省的な独白が延々とつづくのだが、しかしこの冗長な「自分語り」にみえるものは、実は自分という「実存」を語っているのではなく、常に関係の描出であるのだ。橋本の小説の中心的な興味はいつも他者との関係のあり方にあって、自己の内面や記憶が深く探られている時でも、それは自分の外で起きた出来事や他者について知ろうとしているからこそ、そのための「資料」として自らが探られている。このポイントを外してしまうと、それは冗長な自分語りか、あるいは失敗した話芸のようにしか見えない。

 では、『帰ってきた桃尻娘』と『ふしぎと』のどこが違っているのか。それは前者が「青春小説」であり、後者が青春以降の「大人」を描いた小説であるという点にある。青春とは言ってみれば、先史時代というか、前歴史的な時代である(現実世界よりも可能世界の方が著しく大きい)のに対し、大人の存在とは、既に固有な(書き換え不能な) 歴史的な蓄積をもつものとしてある。だから青春小説の登場人物たちは神話上の人物のようなもので、その物語は神話的な構造をもつ。対して、大人を描こうとすれば、そこには必然的に「歴史」がくっついてくる。大人の存在は、彼が生きてきた固有の歴史に規定され、分かち難く結びついてしまっている。

 青春という時期が、必然的に「青春」という鬱々とした「暗さ」(それは例えばサリンジャーの「キャッチャー・イン・ザ・ライ」に代表されるもようなものだと取りあえず言っておく)を紹き寄せてしまうものだとすれば、青春小説のほとんど唯一と言っても良い主題(課題)は、どのようにして「青春」を解体し、突き放し、突き抜けて、「健康」 を取り戻すに至るかに尽きるだろう。例えば、ぼくにとっての青春小説とは、ぼくが実際に「青春」を突き抜けるために実践的に「使える」ような小説のことだ(「青春」の鬱々とした暗さを突き抜けることは、必ずしも「好ましい」ものと言えるわけではない。人はしばしば、嫌な奴になる、とか、 腐ってしまうことによってそれを突き抜けたりもする。橋本はそのような事態も小説に描き込んでいる)。このように繰り広げられる、「青春」と「健康」との神話的な闘争が、青春小説をつくりあげる。対して、大人とは既に固有の歴史によって把捉され、つくりあげられてしまった存在である。『ふしぎと』が、東京の地理や昭和史に関する具体的な言及に多くの部分をさいているのは、大人の固有性は、 神話によっては決して把捉できない歴史的なものだからだ。

 引用する。

 そんなこと他人事だと思っていた僕は、ほとんど日本の現代史なんて知りません。よく考えたら僕って、現代に歴史があるなんてこと、考えてもみなかったんですよね。だって、どんな歴史抱えてんのかは知らないけど、とにかく、そういう人連は、僕の周りでは勝手な世代論サークル 作ってるだけなんだもの――そんなこと、思いました。

 (松子、竹緒、梅子の、事件のあった鬼頭家の三姉妹についての語り)梅子さんが生まれるのは、なんと、 太平洋戦争が勃発した昭和一六年のことです。こういう人が大学に行くと、連帯の渦が国会を 取り巻いた、六〇年安保が待っています。そして、駆け落ちした松子さんがその年に鎮香さんを産み落とすと、この人は、朝鮮戦争の勃発した年に生まれて、大学で七〇年安保にブチ当たると いう構図になるのです。なんという呪われた構図でしょう。僕は、このことを発見した時、“横溝の一族”、なんかより、よっぽどこっちの方がおぞましくって、呪われていると思いました。おまけに、唯一平穏無事な(こういう言い方をすると誤解招くな)竹緒さんが、実は男としてうまれることを待望されていた、なんてね。この世はサカサマって、感じするでしょう?? はっきり言って、“人間の年齢”っていうことに、そういう意味が隠されてるとは、思わなかったんです。

 《はっきり言って僕、“人間の年齢”っていうことに、そういう意味が隠されてるとは、思わなかったんです》という言葉に、この主人公が受け止めたものの重さがありありとあらわれている。この小説は、まだ青春の香りをとどめている二〇代のイラストレーターが「初めて書いた小説」はという設定だから、ここで主人公=話者は、まるではじめて「歴史」を発見したかのような驚きとともに記述しているように書かれている。

関係(歴史)の内側から、関係(歴史)を描く

 出典が思い出せないので記憶による不正確な引用だが、柄谷行人がどこかで、「作品」とは結局引用の織り物でしかないのだが、だとしても、それが、その時、そのようにして織られた、という事実の一回性や偶発性は、その織り物の構造には含まれていないものとしてあり、つまり「関係の外面性」があり、「歴史」が刻まれているのだ、ということを書いていたと思う。作品は(引用の織り物としての) それ自身の形式や構造をもつが、その形式や構造が、そのようなものとして構築されたという一回性、偶然性は、その作品自身の構造の外に、歴史としてある。言い換えれば、「作品」とは歴史の上にしか存在しない。ところで、このような「作品」は決して読み切ることも分析し切ることも出来ない。それは別に作品の神秘でもなければ謎でもない。たんに作品---歴史が、複数の構造、複数の言語ゲーム、複数の「関係の外面性」を含みもつという事実による。こ れは特別の事柄ではない。このことは例えば、柄谷が精神分析と分裂病について書いた次のような文 章とも関係がある。

 フロイトが感情転移してこない者をナルシシズム神経症と規定したとしても、それは、たとえば分裂病者は一切感情転移してこないということを意味するのではない。(略、どのような方法を とろうとも)精神医学は、治療の実践的な過程において、そのような感情転移をもつ。にもかか わらず、どうしても感情転移してこない領域が残る。分裂病者の「他者性」は、全面的なものではなくて、いわば局所的な領域に存する。 

むろんそのことは、われわれの日常的なコミュニケーションにおいても生じる。言語ゲームは多種多様であり、その「境界」も多種多様である。したがって、ある領域で通じ合っても、別の領域では通じ合えない。分裂病者が四六時中支離滅裂であるかの如き古典的妄想は問題外だとしても、彼らとの関係において、どうしても言語ゲームを共有しえない領域としての「境界」があることは明らかである。大切なのは、この境界の不可避性を認めることである。 (『探求Ⅱ』第三部第四章「精神分析の他者」)

 他者(あるいは作品)とは、複数の言語ゲームの「歴史的な(固有な)」複合体であり、だから他者性とはいつも、全面的なものではなく局所的なものだ。我々は他者に対して、全く通じ合えないということは考えにくいが、しかし全て通じ合えることなどあり得ない。他者性とはいつも局所的な他者性のことで、この局所的な他者性こそが、他者の(そして作品の)「固有性」を感じさせるものだと言える。だから他者(作品)とは、読むことは出来るが、決して読み切ることの出来ないものであり、 よって常に読み直すことを強いられる「何もの」かのことだと言える。

 『ふしぎと』から長く引用する。「鬼頭のおじさん」を犯人だと確信した話者=主人公が、わざわざ回り道をして新大塚にある「おじさんの家」に向かう場面。

 僕は、お茶の水で地下鉄に乗り換え、本郷三丁目を通り越して後楽園の次、茗荷谷で降りました。多分ここら辺だろうと思って、駅を出て、人に訊きました。すぐ分かりました。僕は、東京教育大学の跡というのを見たかったんです。もう、そんな大学はありません。それは筑波大学という名前に変わって、とうの昔に東京を出ていってしまいました。(略)どうして僕は、そんなところへ行こうと思ったのでしょう。(略)それは、おじさんの持っているアパート、快風荘が、 学生専用のアパートだったからです。どうして快風荘の二階には空室が三つもあったのか? そ れは大学生がいなくなっちゃったからじゃないかって、僕は思いました。鬼頭の千満おばあちゃんが「私学はダメだ」って言ってたなら、それをおばあちゃんに言わせる根拠がどっかにあったんじゃないか?(略) 本郷三丁目に東大が、茗荷谷に教育大が、その先にお茶の水大がという風に、3つの国立大学が並んでいました。かつて、一〇年だか二〇年だか、もっと前に、その快風荘というアパートが立てられたのなら、それは、その三つ(もしくは二つ)の大学の学生を目当てにして建てられたのではないか?(略)「昔は、このアパートも、東大や教育大の学生さん達でにぎわっていた。でも、今はなんというさびれようだろう?」昔っからそこにいるおばあちゃんがそう思ったら? (略)そこら辺にある大学は、女子大を除いては、茗荷谷にある拓殖大だけです。教育大はなく、東大の学生が大塚を敬遠したら?(略)そういう形で、おばあちゃんが“衰え”ということを意識したら ?  さびれてゆく自分の世界に歯ぎしりをしていたとしたら ?  そうしたらそこで、おばあちゃんは、消えて行った国立大学への愛着を、私学への憎悪に転化させるのではないか?

 続けて引用。話者の友人、理梨子が『虚無への供物』と目白について語る。

田舎で読んだ時ね、目白って、どんなとこだろうと思ったの、なんか、すんごいロマンチックなとこだと思ったの。殺人事件が起こって・・・・・。でも、東京へ来てみて分かったのね。目白って、学習院や日本女子大のあるとこでしょ。要するに、クリスタルなJJタウンて訳じゃない。 田舎にいるとね、“スノップ”ていう片仮名が、すっごく魅力的に聞こえるのよ。でもね、“スノップ”って、要するに“田舎者”ってことでしょ? 目白に来て思ったの、なァーんだ、こんなもんかって。どうってことないんだって、これが東京のメランコリアを生み出してた町の素顔な んだって、目白のサーファーガール見てて思ったわ。」

 (余談。ここで書かれた「目白のサーファーガール」(『目黒のサンマ』みたいだ)を正確にイメージ出来 るのは、多分現在四〇歳以上の人だけだろう。ここで言われるサーファーの姿は、今言われる「サーファ 一系」とはまるで別物だった。当時はサーファー系=お嬢様系だった)。

 八三年に書かれた『ふしぎと』には、「鬼頭のおじさん」をとりまく具体的な環境が描き込まれている。バブル初期(バブル前夜)の、まさにこれから地上げの嵐が始まろうとする時期の東京、そのなかにあって周囲から見捨てられたように古びて荒んで行く地域、その古い土地に残された古い家屋とそこに住む家族。とても横溝正史の小説に出てくるような立派な「家」ではないが、それでもヨコミゾ的なものが縮減された形で残っている日本の家=家族。その家族を構成する人たち、一人一人の歴史。そして、このような「歴史」がことさら重要なものに感じられるのは、ぼくがこの本を読んでいる現在であるゼロ年代から見れば、この本に描かれている現在である一九八三年は、既に歴史的な過去に属するからでもある。

 この小説には八三年当時の風俗や流行、事件などが積極的に導入されているのだが、それによって、 小説はいかにも古びて感じられてしまう。例えば、この小説の話者主人公の名前は「田原高太郎」 というのだが、それはただ「こんばんは、タワラコータローです」という当時流行っていたギャグをやりたいためだけに設定されている(このギャグは、しつこいくらいに反復される)。だが、このギャグや俵孝太郎というニュースキャスターそのものを知らない若い世代には全く何のことだか分からないだろう。つまり、たんに八三年当時の風俗が描写されているのではなく、小説全体のノリが、恥ずかしいくらい当時そのままであるのだ。

 このことは、一見『ふしぎと』の欠点であるかのようにみえるのだが、恐らくそうではない。ここにあるのは超歴史的(普遍的)な視点の拒否であって、鬼頭のおじさんやそれを巡る人々の歴史を振り返って考えている「現在(八三年)」も、決して歴史の外にあるわけではないことを示し、だからそれを読んでいる「現在(ゼロ年代)」、つまり八三年の「現在」をもはや古びたものと感じている 「現在」もまた、歴史の内部にあるしかない(すぐに古びたものとなる)ことを読者に意識させる(つ まりそれは、今ようやく「歴史」に触れはじめた若者である話者主人公も、すぐに年寄りになるということだ)。

 そしてこれはただ、「現在」を相対化しているというだけではない。こんなに「風俗に淫する」ような書き方をしたら、すぐに小説が古びてしまうのは目に見えているのにも関わらず、あえてこのような書き方をしているのは、この『ふしぎと』という小説それ自体が、ある固有な歴史のなかで書か れたものであることを身をもって示すためではないだろうか。鬼頭のおじさんという人物が、彼が経た固有の歴史によって「鬼頭のおじさん」として存在するのと同じように、『ふしぎと」という小説もまた、 八三年に書かれたという事実から離れてはこのような形にはならなかったということ(主人公は鬼頭 のおじさんに強く惹かれながらも、そこに生まれた時代の違い、刻まれた年齢=歴史の違いが解消し難いものとしてあることを認めざるを得ない)。歴史(大人)を問題とする小説であるからには、それ自体が歴史的な産物であることを隠さない(青春小説である『帰ってきた桃尻娘』においては、それが発表された当時の「現在」である八〇年代初期の風俗描写はそれほど意味があるわけではないが、『ふしぎと』で描かれるそれは、大きな意味があるのだ)。

  しかし、これは相当に危険なことでもある。「こんばんは、タワラコータローです」などというギャグが、数年後にはもう意味をなさないものになってしまうだろうということは、執筆中の橋本にも十分意識されていただろうに、それでもこのギャグは繰り返ししつこく書き込まれている。これはたんに、すぐに表面的に古びてみえてしまうということではなく、八三年の風俗を知らない読者には 「読めない」小説になってしまうかもしれないということなのだ。それでも橋本がこのように書くのは、もし歴史を超えるような普遍的なものがあるとすれば、それは書き方の中立性(視点の中立性)によるのではなく、限定された視点からの「思考」の精度、鋭く明晰な把握力によってしかもたらされないという認識があり、そして、自らの思考がそのようなものであるという自信があるからではないだろうか。

 ところで、『ふしぎと』は、たまたま事件に関わったイラストレーターが、その事件を題材として、書いたこともない小説を初めて書いてみた、その「小説」という形式をとっている。つまり「素人が書いた小説」という設定だ。ちょっと前に「鋭く明晰な把握力」という書き方をしたが、この小説の、 意図的に選択された「未熟な作者」による記述は、きわめて不安定で頼りなく、主人公は「鋭く明晰 な把握力」をもった探偵には見えないかもしれない。この小説の記述は、迂回、逸脱、時間的順序の混乱(話の整理の仕方がスムースではない)、バランスの悪さ、等々に満ちていて、つまり冗長に思えるのだが、このように不安定で頼りなく、時には混乱しているようにみえる記述のあり方こそが、ここで展開される複雑な思考の展開を、順序を追って記述するために必要な形式であることが、よく読んでゆけばわかる。

 つまりここで言う「明晰」さとは、風景を一望の下に見渡せるような明晰さではなく、複雑でめんどくさい思考の手続きや段取りの一つ一つを正確に押さえ、頼りない徴かな筋道を見失うことなくきちんと踏んでゆくという意味での明晰さなのだ。一見頼りなげにフラフラしていながら、納得のいかないことに関しては「しぶとく」拘りつづけることが、この小説全体を貫いている知性のあり方なのだ。

構造と、不確定なままで開かれた待機の時間

 構造主義は、既に成立している構造しか扱えない。+

 ソシュールが「言語は示差的な体系である」と言うとき、そのような言語の共時的な体系は、常に既に「完成」したものとして存在しなければならない。構造は、完成しているか、存在しないか、どちらかでしかなく、その発生の過程は記述できず、人はいつの間にかそのただなかにいる。実際には、 人は言語を、それぞれに固有の成長過程のなかで、試行錯誤しつつ徐々に獲得するしかない。だが、 一度構造が獲得されて(成立して)しまった後は、あたかもそれはずっと以前からあった「自然(=普遍)」であるかのように感じられてしまう(獲得の過程は忘れられてしまう)。

 樫村愛子は『「心理学化する社会」の臨床社会学』(世織書房)のなかに収録されている「言語の成 立に関わる「否定」の作用と他者について」という論文において、言語の獲得のプロセスを、精神分析的な技法で明らかにしようと試み、構造が獲得されてしまった後では忘れ去られてしまいがちな、言語におけ る「否定」「他者」「時間」の重要性を示そうとしている。

 例えば「桜」という語のシニフィエを、子供は一気に獲得するのではない。それはまず「何かひらひらしたもの」という認知の感触と結びつく。だから「蝶」を見た時も、同じ「ひらひらした」質感から「桜」と発語するかもしれない。それを聞き、他者(親)は、それが桜ではなく蝶であると訂正 (否定)する。その時子供は「桜」のシニフィエを「ひらひらした」しかし「蝶ではないもの」と訂正して記憶する。このモデルでは、言語の成立に必要な三つの要素が示されている。一つは、蝶は桜ではないと指摘することで言語の構造をもたらす「否定」(これはソシュールが指摘する示差構造である)、 一つは、その否定を宣言する(保証する)「他者」の存在(もっと言えば、真理を与えてくれる他者の存在への「信頼」)、そしてもう一つは、「桜」という語のシニフィエを、とりあえず「ひらひらするもの」と暫定的に判断して発語した時の、まだ決定されていない(それが将来「否定」される可能性があ る)曖昧な待機状態のままの「時間」である。

 言語は、「言語」それ自体のシステムの内部で 閉じたものとしては成立できず、「否定」を宣言し保証する「他者」と、ある「発語」が、否定される可能性があるものとしてなされる時の、(否定されるか肯定されるのかを待つ)不確定のままで開かれた待機の時間が不可欠なのだ、と樫村は記述する。

 つまり言語は、その成立に不可欠な要素として、「他者」や「時間」という言語の(システムの) 「外」にあるものを必要としていることになる。言語とは意味以前に、他者との相互作用のなかにあった「声=運動」が特殊化したものであり、それは他者への「呼びかけ」あるいは「叫び」(他者と向う力)を基礎としてもつ、ということになるだろう。このようにして獲得された言語には、当然、 その人が実際に言語の獲得に費やした具体的な時間(歴史)のあり様や、その際に接した他者(親、 あるいは親的な存在)の刻印が、色濃く捺されてしまうだろう。ある人の話す言葉には、具体的な「関係の外面性」(歴史)が刻まれている。 

 このことは、言語のメッセージレベルでの意味(共時体系=自律的な意味)は、メタメッセージレベル(他者依存的領域、つまり他者との関係性)がまず先にあってそのただなかではじめて成立することを意味している。言語はそれ自体として自律しているものではなく、まず、誰かに向けての呼びかけ (叫び)のようなものとして成立する。その時、具体的な他者の応答(への期待)だったものが、後に徐々に(閉じられた)自己の内部にある、複数の質の異なる「認知(や記憶)」同士を連結するとい う作用に代理され、変質する。そこで初めて、他者依存的領域(メタメッセージレベル)から自律 (抽象化)した意味=思考へと移行する。子供が「ひらひらするもの」を見て「桜」と発語する時、 それは、たんに「あれは桜だ」を意味するのではなく、他者からの「そうだね、桜だね」あるいは 「あれは桜じゃなくて蝶だよ」という返答を期待しての「呼びかけ(働きかけ運動)」である(つまり、「かまってほしい、自分の存在を認めてほしい」という「意味」である)。

  このことは『ふしぎと』という小説のあり方と深く関わっている。

 『ふしぎと』という小説は簡単に言えば二〇代の主人公から見た、六〇代の「鬼頭のおじさん」についての話で、つまり年上の「魅力的な人物」に対する「納得のいかなさ」が若者によって様々に追求されている。

 だがここでは「おじさん」そのものについてはそれほど多くは語られず、おじさんを巡る人々や環境、歴史などが、迂回と逸脱と冗長を特徴とする文章で多方面からしつこく語られる。つまり、好ましい人物であるにも関わらず、どこか納得出来ない感じを漂わせている「おじさん」という人物の 「納得のいかなさ」を、それを取り囲み、追いつめているものたちとの具体的な関係を探ることで追求している。例えば、おじさんの義理の妹でおじさん夫婦と同居している梅子さんという人物とおじさんの関係について書かれた部分を引用する。

 自分の外側に大義名分かなんかみたいのがあって、それをやってなかったら笑われる。笑われるけど、それに対してあんまり深入りしたくない(略) 大学紛争なんかにも関わりをもった、とか、あの人(梅子さん)の言うことは全部“関わりを持った”だけなんですね。僕なんかだと、 まァ、それは思っているだけで口に出しては言えないんですけど、「じゃァ、その関わりを持ったあなた」という人は、一体そこで何をしていたんですか ? 」なんてことを思ってしまうんです。(略)要するに僕の言いたいことは、なんにでも関わりを持ちたい人が家のなかにいて、その人が女で、独身で、そして(今はどうだか知らないけど、少なくともある一時期においてははっきりと)自分に好意を持っているんだとして、そんな人が存在している自分の生活って一体どんな風だろうって思うんです(略)そういう人と一緒に暮らしていて、「やっ、なんだか話が盛り上 がっているようですね」というような感じでひょうひょうとしていられるっていうのは、僕にはやっぱり分からない。ひょうひょうとしてられるなんて、いいなァ、ああいう人が僕の理想だなァ、―――って、素直に思えない僕の暗さっていうのも、なにかはあるのかもしれないですけど、 僕はやっぱり、そういうおじさんの、“内部”というのが気になったのです。

 ある人物の固有性を問うということは、その人物を取り囲む環境や歴史の固有性(関係の絶対性)を問うことであり、そして他人の環境や歴史を問うということは、そのまま自分の環境や歴史を問うことと切り離せない。この小説では、このような入り組んで回りくどい記述が、執拗に展開されつづける。この問いの執拗さは、おじさんに対する愛情から発せられているのと同時に、おじさんを人ごととは思えない自分の問題へと直に繋がり、それが検証されることになる。しかし自分の問題とは自分だけの問題ではなく、自分とその周りにいる他者との関係という問題であり、だからそれは自分の問題として閉じられることなく、そのまま「おじさん」と「自分(話者=主人公)」との関係へと跳ね返ってくる。 

 
 そして、冗長とも言える迂回や逸脱によって多方面からしつこく環境や歴史が追究された上で(その重さが十二分に示された上で)、二〇代の話者=主人公は、六〇代の魅力的なおじさんに向かって、自分が魅力的なのだということを認めてしまって、おじさんを取り囲み、追いつめ、現在のおじさんの姿を形づくっている鬱陶しい「歴史」の重さなんて全部「関係ない」ってことにしちゃえばいいのに、と「言いたい」というところに辿り着く(歴史を「なし」ってことにしちゃえば、友だちになれるのに、というわけだ)。

 だが、実際には、おじさんの側からみるとすれば、いきなり自分の家に(探偵として)はいりこんで来た青年が魅力的な人物であり、その人物に対して「好ましく」感じることをきっかけとして生まれた、「歴史=記憶など関係ない」ってことにしてしまいたいという感情の表現は、娘を殺すという形で表現され(顕在化して)てしまう。勿論、そのような形で表明された「関係ない」という表現(行為)は決しておじさんを解放することはなく、逆に人格の崩壊を招いてしまう。この事実が、さらに「大人」にとっての「歴史=記憶」の重さを決定的に示すことにもなる。

( だからこの小説は、青春小説である『帰ってきた桃尻娘』のような晴れ晴れとした「明るさ」によって幕を閉じることが出来ない。『帰ってきた桃尻娘』の主人公は、二人の男の子との関係によって自分を魅力的だと認め、パニーガールの恰好をした自分を惚れ惚れと鏡で見るシーンで終わる。ある年齢を超えた人物にとって歴史の固有性は逃れ難いものであり、「関係ない」という宣言が解放ではなく崩壊をしかもたらさないとするなら、尚更、「自分は魅力的なのだ」と認めることによって相手を認め、歴史を引き受けつつもそこから少しでも自由になるしかないということになる。「なし」ってことにして「友だち」になることは出来ない、と。)

歴史と記憶、橋本治と保坂和志

 橋本治を「歴史」の作家だと言うとすれば、例えば保坂和志は「記憶」の作家だと言ってよいので はないか。記憶とはつまり、「身体」において駆動するもので、だから保坂にとっては「この私」は(橋本に比べて)「この身体」であるという度合いが高いのではないだろうか。保坂には、私として語られたものがいつの間にか「ある男」として抽象化されてしまうという語りの装置についての警戒感は希薄であるようにみえる(むしろ積極的に、抽象的な思考空間として小説をたちあげようとしている感じがある)。しかしそれでも、保坂的な「私」が単純に「ある男」的に抽象化(一般化)されてしまわないとしたら、それは保坂の小説の構築が、保坂自身の身体的なもの(身体的な感触)に多くを負っている からだとは言えないだろうか。

 保坂の小説においては、世界を見、そのなかを歩きまわり、ものに触れ、匂いを嗅いでいるのは、私のもつ「この身体」であり、つまりそこで記述される世界にはあらかじめ「私の体臭」が濃厚に付着しているということが明確に意識されているように思う。つまりそのような形で、「この私(の身体)」の限界づけが(限定性が)はっきりと刻印されているのだと言える。(保坂のHPの掲示板に、なにごとも一線を越えるのはよくない、わたしには一線を越えることをよしとしない文化がのぞましい、と保坂本人が書き込んでいるのを読んだことがあるのだが、この点で、これはとても 重要な言葉だろう)。このような意味で、その小説の内部に性的な事柄をほとんど書くことのない保坂和志の方が、おそらく橋本治よりもずっとエロい小説家であるのだ。その時の「この身体」とは一体 どのようなものなのだろうか。

 東浩紀・大澤真幸『自由を考える』という本がある。この本で特に重要なのは、東の言う「匿名性」、大澤の言う「偶有性」ということになろう。

 「偶有性」とは今、このようにしてある、他でもない「この私」は、様々な偶然によって今のようにあるのだが、それは無数の、他でもあり得た「可能性としての私」と同格の、確率的な存在であるという感覚だ。固有名(この私)とは、すでに確定してしまった「確定記述の束」としての私(現にそうである私)と、実際にはそうではなかったがそうであり得た「可能世界」としての私とを接続する接点であり、現にこうである私と、それ以外であり得た私とが、同格で交換可能であるような、あるいはバラディグマティックに同時に共存しているような場所のことである(このような場所ではじ めて、私の、他者に対する「共感」が可能になる、と東、大澤は言う)。

  樫村愛子は前述したテキストで、言語に「意味の生産」が可能になるには「待機の時間」が必要であると書いていた。《異なったもの同士の関係を、確定しないまま留保的に結合し、その状態をキープしブールしておくことで、後の検証照合を準備し、可能にする》ような、構造が確定していない《待機の時間》のなかでこそ構造化が可能なのであり、それによって言語は意味の生産を可能にする。 固有名が、たんに確定記述に還元されるのではなく、常にその修正可能性をもつということの哲学的な意味はここにあると言えるだろう。このように言える時にはじめて、「この私」が唯一のもので あると同時に、何物でもない無数のものの一つ、「歴史の外」にいるようなたんなる身体(動物) しての私でもあるということが言えるのだ。

 「未だ何者とも確定していない何か」であることによって、「何かしらの意味を生産する者」としての「人間」であり得る(何者でもない何かである状態=「動物」的な状態、を確保することで「人間」であり得る)。監視カメラなどによる不断のID確定によって、 常に「何者かである」ことが強いられてる監視社会に対して抵抗が必要なのは、このためである。そこでは不安定(不安)を維持することで可能になる意味生産(「桜は〈ひらひらした〉〈何かであるが〉それが蝶ではないものである」というような)が不可能になり、短絡的で単調な意味(「桜はひらひらしている。蝶もひらひらしている。よって桜は蝶である。」のような)しか生じないだろう。

 固有名が確定記述の束に還元され得ないことは、可能世界を想定することによって示される。可能世界の導入とはつまり、確定記述が修正される可能性の余裕をもつということだ。 確定記述が「確定」され得ない(修正され得る)ということの意味は、それが他者に対して、そして未来に対して開かれているということを意味するだろう。つまりそれは、未来には何がおこるか分からないということを肯定することであり、未来の自分を、他者として、未知のアクシデントとして、確定できないものとして、開いておく(保留しておく)ことである。

『ふしぎと』から、歴史の具体性(固有性)を希薄にしてゆき、その一方で空間の手触りや匂い濃厚にしてゆくと、恐らく保坂和志の『東京画』や『カンバセイション・ピース』のような小説になってゆく。保坂の小説においては、待機や保留のスペースが、橋本のそれより大きくゆったりととられている。橋本にとっては、家や土地は、そこに住む人々(家族)の関係や歴史、その固有性と切り離すことが出来ない。対して保坂は、そのような家や土地の固有性から距離をとって抽象化するために 様々な装置を使用し、その抽象化(保留)する技芸において優れた小説家であると言えよう。例えば、『カンバセイション・ピース』に出てくる「家」は、話者=主人公の叔父、叔母、従兄弟たちの家で あって、両親の家ではない。この微妙な距離の感覚によって、『カンバセイション・ピース』は成立している。全く見ず知らずの他人の家ではなく、子供の頃そこで過ごした様々な記憶が重層的に蓄積されているような「親しさ」をもった家ではあるが、しかし、両親と共にそこでずっと成長してきたというほどの生々しい「近さ」はない。この距離感が、「家」という空間から、シビアな部分、ネガティブな部分、鬱陶しい部分を差し引くことを可能にしている(この距離感が、「歴史」ではなく「記憶」をきわだたせ、保留と待機のスペースをひろげる)。

 叔父、叔母、従兄弟という、親しいが近すぎない関係が、この「家」に、親しさという感情や具体的な細部と共に、抽象的な(可能世界的な)実験空間という性質を同時に持たせることを成功させている。もしこの家が、両親と共に過ごした家であったなら、いかに保坂であっても、土地や血を巡る記憶の固有性(歴史の鬱陶しさ)を描かないわけにはいかなくなるだろう(保坂の小説が、その絶妙な技芸によって「鬱陶しさ」を避ける身振りは、まる で「ふしぎと』の鬼頭のおじさんが、鬱陶しい家族との関係をひょうひょうとかわす姿を思い起こさせる)。 

 確定されたものとしての「歴史」を、保留と待機の作動する「記憶」へと書き換えてゆく保坂的技芸の繊細な使用こそが、(一定の保留を確保した上で) 「鬼頭のおじさん」の悲劇を避ける有効な方法 (それはつまり、「大人」として「自分を魅力的だと認めてしまっ」て生きる方法)であるかもしれないと 思う(ただ、やはり、「記憶」がいつの間にか固有性を剥落させて、するすると「一般性」の方へ近づいてい ってしまうことの危険性は認識しておかなくてはならないと思う)。このような意味で、『ふしぎとぼくらはなにをしたらよいかの殺人事件』と『カンバセイジョン・ピース』は、まるで一つのものの表と裏 のような関係、あるいは互いのあり得たかもしれない別の可能性を示すものとして、あるいは互いを 厳しく批評し合っているような、緊張に満ちた拮抗関係にあると言えるように思う。

 保坂の小説は「歴史」を「記憶」へと書き換える、と書いたが、それは正確な言い方ではないだろう。むしろ、「歴史」の方が「記憶」(や記録)を分析し、加工し、再構成することでできあがると言 うべきだ。ではなぜ、人は「歴史」を加工=仮構するのかと言えば、そうすることによってしか「納 得」することの出来ないような出来事(や人物)に出くわすからだろう。『ふしぎと』の話者=主人公が、まるで初めてそれを発見したかのような新鮮さで「歴史」を意識し、構成してゆくのは、彼にそれを強いる「鬼頭のおじさん」という魅力的な年長者の存在や、それと同時に感じる「納得のいか なさ」、そして目の前で起こった殺人事件による要請があったからだと言えるだろう。

 つまりここで「歴史」が構成されざるを得ないのは、鬼頭のおじさんのような魅力的な人物がなぜこうなってしまったのだろうか、 という強い思いであり、それが話者=主人公にとっても人ごととは思えない切迫した問題として捉えられているからだ。対して『カンバセイション・ピース』で「記憶」が「歴史」として再構成されなくてもすむのは、様々な問いが「問い」として開かれた状態のままで問われ、そこに「性急な結論」が求められていない、つまり「納得のいかなさ」を保持したままの持続が描かれているからであろう。しかしそのため には、「切迫した問題」を相対化して巧妙に退ける保坂的技芸の高度な使用が不可欠となる。 

 では『カンバセイション・ピース』には「切迫した問題」(あるいは「強い思い」)が存在しないか と言えば、おそらくそんなことはない。ただそれは、それとして作中に描かれるのではなく、作品そのものを生み出し、動かして行くための「動力源」として存在しているのだろう。多分それは「チャーちゃん(猫)の死」だと思われる。『ふしぎと』で問題となっているのは「生きている人」で あり「年長者」であることから、そこに必然的に「歴史」が要請されるのだが、『カンバセイション・ ピース』では問題は「死んだ者(あるいは「死」)」であり、しかもそれは「猫の死(「動物の死」)」であることから、「歴史」では役に立たなくて、「記憶」でなければダメだということになるのだろうか。
(了)

『世界へと滲み出す脳』(青土社)所収 2008年


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