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絵画について/IMAIとOKAZAKI

古谷利裕

*以下のテキストは、2001年10月におこなわれた、「IMAI・エロチカ」展(銀座ギャラリーGAN)、『Dialogue 2001 バンフ・レジデンシーの作家たち』展(カナダ大使館ギャラリー)について書いたもので、同年に「批評空間Web CRITIQUE」に発表されました。


今井俊満「IMAI・エロチカ」

 ギャラリーGANの今井俊満が凄い。

 昨年、ガンで余命数ヶ月と宣告され、すでに「サヨナラ」と題された展覧会や「フィナーレ」と題されたイヴェントが行われてしまっているのだが、その後も、身体の器官の多くを摘出されながらも奇跡的に生き続けて、しかも制作を精力的につづけているという今井氏の新作は、昨年の「サヨナラ」展でみせた『エロチカ』の、野放図で自由で人を食っていて乾いている性の饗宴から、またさらに一歩突き抜けていて、どこまでも明るくて一点の陰りもないのと同時に、殺戮と惨劇の匂いも漂わせているというような、どうにも言葉では表しようのない「壮絶な」ものなのだった。

 正直ぼくは、画家としての今井俊満をそれほど高くは評価してはいないのだが、半分死にかけていると言ってもいい、まさに最晩年に、ここまでの作品が産み出せるというのは、やはり大きくて偉大な人なのだ、と恐れ入るしかない。

 昨年の12月に行われた「サヨナラ」展では、巨大な画面に自由闊達な線で、携帯に厚底ブーツのシブヤのコギャルたちによる、果てることのない性の営みが縦横無尽に描かれていて、観る者を唖然とさせるものだったボードレール以降、「風俗」は絵画にとって重要なモチーフであるとはいえ...)。
しかしそこには風俗に対するハンパな目配せや、彼女たちに性的に強く吸引されながらも、自らの面目を保つために眉をひそめてみせたりするオヤジ的なセコイ心性など微塵もなく、まさに今や死につつある画家今井が、描くことによってコギャルに、と言うかコギャルを貫いている性的なエネルギーそのものへと「生成変化」しているとしか言い様のない、晴々とした、アッケラカンとしたナンセンスの強度に満ちていたのだ。

 そこには、我々がつい囚われてしまう「萌え」などという感情がいかにセコいものであるかが、乾いた風の吹く世界の向こう側からガハハと豪快に笑いとばすように示されていた。とは言っても、ここで描かれる「女たちの饗宴」はあまりに理想化されたものであって、こんなものは半分あの世からこっちを観ているような老人だからこそ描けるようなものに過ぎない、と言えてしまうような側面もあるにはあった。
(晩年の今井氏は一方で陰惨な「戦争(広島や南京)」をテーマにした作品も制作していて、つまり「男たちの世界」である「陰惨な戦争」が一方にあり、それに対してやや理想化されているきらいのある「女たちの世界」としての「性の饗宴」があり、21世紀は「女たちの世紀」になるとのことなのだが、実際には残念ながら、21世紀も「男たちの戦争」によって染め上げられてしまいそうな気配が濃厚なのだった。)

 しかし、今年になって制作された2m×10mにも及ぶ大作『The para para dancing』は、理想化された性の饗宴が自由闊達にアッケラカンと描き出されているというものとは少し違った様相を帯びることになる。巨大な画面のなかでパラパラを踊っている、服を着ていたり裸だったりするコギャルたちを描き出す描線は、自由闊達というよりはむしろ混沌という感じが強くなっており、ダンスする女の子たちの身体も、見方によっては歪んだりねじ曲げられたり、バラバラに切断されているようにさえ見える。

 そこにさらに、『egg』から切り取られたようなコギャルの写真やエロ写真、浜崎あゆみの写真などが、部分対象のように切り刻まれて夥しくコラージュされている。この大画面に夥しく乱舞する切り刻まれたような身体や線は、まさにガン細胞の摘出のためにそこいらじゅう切り刻まれた今井氏の身体とコギャルの身体との連結によって産み出されたのだろうが(しかしそれは同時に増殖するガン細胞そのものでもあるように見えもする)、ここでは最早、生=性の実験=探究としての「女たちの饗宴」がただ謳歌されているだけでは済まなくて、そのような生の探究が同時に「死」と隣り合わせにある他ないという所にまで至っている。

 抽象表現主義的なオールオーヴァー風描線で描かれるコギャルたちの身体の形態は、形態が図として閉じてしまうことなく画面のなかで地の部分と分離せずにつながっている。それはコギャルたちの行う生=性の探究がそのまま死と地続きであることに対応しているだろう。

 もはや21世紀が「女たちの世紀」などではありえず、20世紀よりも更に陰惨な、戦争と殺戮の世紀でしかなく、しかもその殺戮の行われる場所は、広島や南京と名指すことのできる限定された場所ではなく、世界中のどこにでもどろりと拡がりだしているのだということが明らかになりつつある。そのような死と地続きの場所でも「女たち」は踊り続けるのだ(ここでは「女たち」は、風俗的な記号としての「コギャル」とは異質なものとなっている)。
ここでの「死」とは、どこまでも乾いていてどのような暗さとも湿気とも無縁のものだ。死はたんに器官の活動の停止であるに過ぎない。物理的な世界においては生も死も同等なのだ。生と死の境界線を彷徨いながら、描くという行為によって、ダンスするゾンビのような身体(或いは、たんなる肉塊)へと生成変化する画家今井。

 『The para para dancing』という作品が、普遍性をもった「傑作」と言い得るのかどうかは正直ぼくには判断が出来ない。判断する基準を振り切ってしまっている。しかしとにかく、これだけのものはそうそう観られるものではないということは確かだ。


*今井俊満『The para para dancing』の画像(の部分)は、以下のブログで見られます(てつりう美術随想録)。
https://blog.goo.ne.jp/tetsu-t0821/e/30c174df468dfd8b5ec5041e75a6392e


岡﨑乾二郎『色圧 "color pressure"』

 カナダ大使館ギャラリーで『Dialogue 2001 バンフ・レジデンシーの作家たち』展には、岡﨑乾二郎の『色圧 "color pressure"』と題された72点にも及ぶドローイングが展示されていた。

 ここに展示してある岡﨑氏のパステルによるドローイングは、岡﨑氏がまぎれもなく「画家」であることを示している。だがそれは、浅田彰氏が書いているように、その作品が「圧倒的な密度をも」っているからではない。たんに力量という点から言えば、このくらい描ける人は他にもいるだろう(それに、29.7×42㎝くらいの小さな紙のドローイングだと、ちょっとした「手のコツ」さえ憶えてしまうと、自分でもびっくりするくらいイイ絵が描けてしまうことが結構あって、それに「酔って」しまいがちだという、危険な罠でもあるのだ)。

 そうでなく、これらの作品は、岡﨑氏がまさしく「絵画マニア」(正確には「近代絵画マニア」)であることを、あられもなく露呈させてしまっている、という点に、驚かされるのだ。これらのドローイングには、あの刺激的な『ルネサンス・経験の条件』を書いた岡﨑氏の面影はどこにもなく、ひたすら「マニア」であることの歓びにだらしないまでに淫している岡崎氏がみられるばかりなのだ。

 大量に展示された作品の、一点一点をじっくりと眺めていると、今までぼくが観てきた様々な「絵画的記憶」が豊かに掘り起され、それらがゆっくりと増幅してゆき、それが再び岡崎氏の絵画に返されてゆく、という経験をすることになる。

 様々な画家の固有名が次々に浮かんできては、それらがしばらく幽霊のようにそこらにたゆたって、また消えてゆく。ここにある作品たちのなかには、モネがいる、ルドンがいる、ボナールがいる、ちらっとマティスも、ゴーキーが、最良の時期のデ・クーニングが、初期のロスコが、あれはフィリップ・ガストンなのだろうか...もしかしたら岡崎氏は岡田謙三なんか結構好きなのかも、鳥海青児が、国吉安雄が、山田正亮が、辰野登恵子が、松浦寿夫が、朝比奈逸人なんかもいるぞ、...なんてセンスのいい、しかしなんともマニアックな趣味。

 ここに列挙した(偉大であったり、それほどでもなかったりする)画家たちの作品を形式的に「引用」している、というのではないのだ。そうではなくて、今までに沢山観てきたであろう様々な「絵画的記憶」が貯蔵してある貯蔵庫のような場所から、誰のどの絵という訳ではなく立ちのぼってくる不定型のものに、ふとそれらの画家たちの面影がよぎってゆく、という感じなのだ。

 これだけの豊かさは、ちょっとしたお勉強や才気で一朝一夕に獲得できるものではなく、岡﨑氏が本格的に「絵画マニア」であることを証明するものなのだ(意図的なインターテクスト性ではなく、「教養」が滲み出ているという感じなのだ)。

 展覧会場に添付されていた美しいテキストで岡﨑氏は、眼球が色彩による圧力を感じるのは、瞼を開いている時よりもむしろ閉じた時であり、閉じた網膜に光が染み込むように拡がる時だ、と言う。そして、絵を描く行為において、光が眼球に圧力を与えるという作用を「手」が代行し、《手が紙に色彩の圧力を与えるとき、つまりは紙が網膜となるとき》《浸潤した光の層から、イメージを取りだそうと、眼は手そのものになって活動しはじめる》と書いている。

 だが、このように、手が光となり、紙が眼球となり、眼が手となるような、「描く」という行為おける感覚の循環的な移行が可能になる為には、実は「絵画」という媒体による媒介が必要であり、絵画的な体験や絵画的な記憶を通してこそ、はじめてそれが可能になるのだということを、これらの(言葉の最良の意味での「マニアックな」)作品たちは示してしまってもいるのだ(絵画が、決してたんに「ヴィジュアルな表現」などではないのは、このように複数の感覚がずれ込みながら移行してゆく、という体験と、さらに「美術史」と不可分だからなのだ)。

 しかし、いつもシャープで刺激的で挑発的で、あえて「貧しさ」を選択してきたような岡﨑氏が、このような作品を、ここまで堂々と「絵画(というジャンル)」に淫してしまうような作品を発表するというのはどういうことなのだろうか。(描くには描くけど人には見せない、というなら凄くよく分るのだけど。)これは「新たな跳躍」なのか、ちょっとした「遊技」のつもりなのか、それとも「「老い」とかいうものに関わることなのだろうか。

 あえて凡庸な纏めを付するとすれば、今井氏の作品が、こちらの判断基準を無効にしてしまう程の「芸術としての絵画」の「強さ」を示しているのに対して、岡﨑氏の作品は、「文化としての絵画」の汲み尽くせない「豊かさ」を示している、と言えるだろう。このように、「絵画」は現在でも充分に刺激的であり得るのだ。

初出 「批評空間Web CRITIQUE」 2001年

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