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読書計画 イギリス文学 その1

サッカレーの虚栄の市を読みました。サッカレーというのはディケンズとほぼ同年代のイギリスの小説家です。ディケンズほど専業作家ではなく色々やった人です。画家でもあり挿絵の版画は自分で描いています。ディケンズのピクウィッククラブの挿絵を描こうとしたこともあるようです。虚栄の市という題名はvanity fairの翻訳です。vanityは空虚でfairは縁日というような意味です。虚栄の市という題名の訳だと重苦しいのですがこの題名はジョン・バニヤンの天路歴程という宗教小説の中から取られていてそちらの翻訳に引き摺られています。天路歴程はpilgrim’s progressという題名の訳です。巡礼者の巡礼という意味なのですが宗教小説らしい訳になっています。その中にvanityという街が出てきてその街で一年中続いている縁日で売られているのはvanityつまり空虚だというのでそれはvanity fairだという話になっています。これが虚栄の市となっているためにサッカレーのこの小説の訳はそのままこの重苦しい題名になっていますが内容はどちらかというと呆れたような調子で距離を置いて価値判断を避けて注意深く書かれていて、物語もそれなりに展開するのでよくできています。サッカレーのこの小説の最初の部分はこんな風に始まります。上流階級の子弟の寄宿学校を卒業するアメリアとレベッカという二人の女の子の話です。アメリアは裕福な株式仲買人の家庭の出なので寄宿学校では大事にされて卒業にあたって恒例の辞書が進呈されますがレベッカは寄宿学校の貧しい絵画教師の娘という縁でたまたま生徒になっていたので優秀ではあっても大切にはされず校長は辞書の進呈をしません。しかし気の毒に思った校長の助手がこっそり辞書を渡すのですがレベッカはその辞書を馬車の窓から投げ捨てていきます。二人はまずアメリアの実家で共に暮らします。アメリアは金持ちのお嬢さんとして暮らしレベッカは身寄りのない家庭教師としてしばらく過ごすうちにアメリアの兄の太って不器用なジョセフがレベッカに想いを寄せてレベッカはジョセフとの結婚を期待するようになりますがジョセフにはその勇気がなくて突然実家を離れてしまいます。レベッカはアメリアの家にいられなくなり新たな家庭教師の勤め先へ向かいます。その落ち着いた先でその後の物語が続きレベッカは色々と才能を発揮して社交界で活躍し大変な悪女となっていきます。アメリアはそれとは正反対におとなしくて善良なだけの愚かな女となっていきます。レベッカの物語は痛快です。物語の展開はこれ以上説明すると面白くなくなるのでやめます。時代設定は1810年くらいから始まってナポレオン戦争が物語に大きく関わっていきます。ワーテルローの決戦の前夜にブリュッセルで行われていた舞踏会の場面もあります。戦闘場面は出てこないのですが戦争の後の時代はちょうどフランスのヴィクトル・ユゴーのレ・ミゼラブルと同じです。レ・ミゼラブルの物語は戦争の後の王政復古が背景になっていますが、ユゴーのロマン主義小説の型破り手法として、ワーテルローの決戦に関して著者による戦場跡の視察の様子と、過去の話として激しい戦闘場面の描写を含めた唐突な長い挿入がありました。そのためレ・ミゼラブルと虚栄の市はフランス側とイギリス側の同じ時代と同じ出来事を描いた大小説になっています。虚栄の市はトルストイの戦争と平和によく比較されるようですが当然ながらレ・ミゼラブルの方が近い関係にあります。ただし虚栄の市はそれほど劇的に迫ってくる小説ではありません。そのかわり登場人物の行動や心情はかなり複雑でそれが物語の展開にも具体的に反映されていき単純な役割設定にはなっていないところは侮れません。ディケンズと較べてもかなり高度な小説だと言えます。ディケンズは人物設定が絶妙で、それだけで十分なくらいなのですが役割設定は固定していてサッカレーほどの複雑さがありません。二都物語を除いて歴史的な事件も関係しません。二都物語はフランス革命の時の話ですがあまり上出来とは言えません。ディケンズに不満足ならばサッカレーを読めばいいと思います。サッカレーの長編小説は虚栄の市の他は翻訳がほとんどなく日本では読まれているとは言えないのですが、スタンリー・キューブリックがサッカレーのバリー・リンドンを映画にしていて、これは素晴らしい出来で、私の非常に好きな作品です。バリー・リンドンの翻訳が映画の公開の時に角川文庫で出ていましたがすぐに品切れになり手に入りません。虚栄の市はサッカレーが始めて大作家として認められた小説でイギリスではよく読まれているようです。軽い調子で書かれてはいるのですが、イギリスのインド政策なども背景になっていてそれなりに厚みのある内容です。同時代のものには、同年に出版されたブロンテ姉妹のジェイン・エアと嵐が丘とアグネス・グレイがあります。ディケンズでは、クリスマス・キャロルとデイヴィッドコパフィールドが同じ頃です。

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