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読書計画 イギリス文学 サッカレー その2

サッカレーの小説は虚栄の市しか読んでいませんがバリー・リンドンの映画は何度も観ました。この映画はキューブリックの最高傑作だと思います。映画のバリー・リンドンは十八世紀半ばのアイルランドの農家の出のバリー青年がイングランド軍やプロイセン軍に加わって偽名を使ったり身分を偽ったりして渡り歩きプロイセンの間諜となり大物の詐欺師シャバリエ・ドゥ・バリバーリの元に潜入するのですがそのまま詐欺師の右腕になり、本物のいかさま賭博師としてイングランドの上流社会に入り込み貴族の未亡人リンドン夫人と結婚して本物の貴族になるために未亡人の財産をつぎ込んで行き、せっかく生まれた子供を事故で失い未亡人の亡くなった夫の跡取りと決闘して足に大怪我を負って追い出されるという話でした。原作とは終わりのあたりの話が違っています。キューブリックは貴族の賭博場などの室内場面を蝋燭の光だけで撮影するためにツァイスの特殊レンズを使ってその準備だけに何ヶ月もかけました。できあがった作品では室内撮影の場面は本物の不自由な光が怪しく漂う独特の見え方になっていました。現在では高感度が当たり前にできるようになっていますが、手間をかけて作り出した光の情景は無声映画の時代と同じような本物の映画の描写になっていました。無声映画の時代には昼間の場面を夜に人工照明で撮影したシュトロハイムのような映画監督がいました。本物の光を作る独自の手法は失われた時代の技術です。サッカレーの小説には蝋燭の話がよく出てきます。wax candleとかtallow candleという言い方で光の効果が描き分けられています。当時の舞踏会や晩餐会は蝋燭の光の中で行われたので光の不自由さが重要です。現在の高感度撮影や合成技術では豪華さを演出できても光の不自由さはあえて作り出されないでしょう。原作ではバリーの独白で物語が展開しますが映画では別の語り手が語っていくところが虚栄の市と同じです。サッカレーの小説では虚栄の市が圧倒的に有名ですがバリー・リンドンはそれ以上に傑作だと言われる場合があるようです。確かに主人公の冒険はめまぐるしく物語の空間的な広がりも大きいものがあります。歴史上初めての世界戦争と言われる十八世紀の七年戦争を舞台として更にその後の戦争による上流社会の混乱やアメリカ独立戦争も関係します。サッカレーは歴史的な背景をうまく織り込んだ小説を多数書いています。1840年のキャサリンは当時流行った犯罪者を描いたニューゲート小説に対する批判として実在の殺人者キャサリン・ヘイズを主人公にして書かれた小説です。サッカレーはニューゲート小説のひとつとしてディケンズのオリバーツイストにも批判的でした。オリバーツイストに出てくる掏摸の一味のナンシーやドジャーやフェイギンの描き方は犯罪者を美化する恐れがあるという批判でした。それでもサッカレーのキャサリンは後にニューゲート小説のひとつとして見なされていきます。作者が批判的だからと言って、小説の内容は単純にひとつの固定した価値判断には収まらないということでしょう。1840年には卑劣な上流の物語という十九世紀イングランドの上流家庭での恋と欺瞞の話を描いた未完の小説があります。バリー・リンドンが1844年で虚栄の市が1848年です。1850年にはペンデニス、1852年にはヘンリー・エズモンドの物語、1855年にはニューカムズ一族、1859年にはヘンリー・エズモンドの続編のバージニアン、1862年にはフィリップの冒険などが続きます。1854年にはファンタジー小説の薔薇と指輪というものも書いています。どれもおもしろそうなのですが、翻訳がないので残念です。


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