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#詩的散文

中途覚醒

ふと目が覚めて枕元の時計を見ると、デジタルな数字は意地悪するかのように薄く薄く表示して、私に正しい時刻を伝えてはくれなかった。ベッドから落ちたスマホを拾い上げ画面を表示させようとしたが、返ってきたのは電池切れの赤色の点滅。時間から解き放たれた私は暗順応した瞳で天井を見上げる。 なにも、なにもない。たくさんの本がある部屋で、なにもなかった。私の感情を揺さぶるものは、今の時間、なにもなかった。暗闇に光る家電の電源やコンセントタップ。ここは宇宙だ。無重力にふわふわと浮く私の意識。

雨を好きになったのはいつからだっただろう。 風に攫われそうになる傘を握り潰さんばかりに持ち避けて 靴の隙間に捩じ込まれる水滴は嫌いだったはずだ。 カーテンを閉め切った部屋の中響く雨音。 それはいつからか私の中を流れるようになった。 鼓膜から入り足の裏から出ていく音楽。 雫は演者。楽器はトタン、瓦、コンクリートにアスファルト。 冷たい音だ。生温かい匂いをさせて私の部屋へ忍びこむ。 生きていたい。 水蒸気が固まり絞り出された体温。 それを感じるとどうしようもなく 世界の生を感じる

恐怖

そこから一歩踏み出してごらんよ。そこから少し背伸びしてごらんよ。そこからいっぱい飲んでごらんよ。そこからたくさん吸ってごらんよ。無力さを皆に与えてやろう。たったひとりの勇敢さを持って。さあ前へ進みだそう。届かなかった声は錆びた鉄だ。鈍色の空気に鉛の味。それだけが君の味方なんだ。

ぐしゃぐしゃに掻き集めた。掌の上から零れ落ちる。僕はまたそれを掬う。何度も繰り返す。繰り返し繰り返し。けれど全部を掌に納めることはどうしてもできなくて。全てばら撒いて宙に叩きつけてやりたくなる。手に入らないものなどいらない。そう強気でいたいのに。零れた欠片は僕の弱さ。 僕は弱さを認めたくなくて、掻き集め続ける。いつかすべてこの手に納まることを願って。けれどそれは叶わぬ願い。掌が大きくなればなるほど、この手に納めたいものは多くなっていく。掻き集めて掻き集めて。くしゃくしゃに折り

訃報

訃報を聞いては羨ましい、と思う。 なぜ私はそちら側になれなかったのかと。 不謹慎だと怒らないで。 何を言うかと笑わないで。 私の求める未来は昔から変わっていないのです。 救済ではない。それは現象。 絶望ではない。それは結果。 捏造ではない。それは羨望。 曖昧ではない。それは恋慕。 紐はあります。おまもりですから。 刃物は嫌です。痛いですから。 屋上に行きます。綺麗ですから。 そこに広がっているものは私にしか見えないのだ。 この景色は誰にも見えやしない。 私だけの情景。 私だけ

クロール

身体を浮かそうと四肢でもがく。その姿はよほど滑稽だろう。バチンと水面を叩いて顔を無理矢理水上に出し息をする。酸素を吸えた気がしない。だっていくら空気を取り込んでも僕の身体は沈もうとする。前に進むどころではない。僕はこの現実のような水面で、浮いているのが精一杯だ。

終幕

あのとき私の体の中は、清々しく爽やかな、空洞だった。 エンディングが見えているのはとても風通しが良くて、生まれてきていちばん体が軽かったような気がする。 私が退場したあとの私に関する話は私の物語ではあるのだろうけれど、それはみんなにお任せする。 それはあくまでエピローグに過ぎず、終章で私は終わっていた。 なるべくみんなにはエピローグを演じやすいよう遺したつもりだ。 それが本当に使われたかわからないけど。 だから失敗したのだ。 あまりにも体が軽くなりすぎたから。 あまりにも物