小泉内閣支持率から見える北朝鮮とアメリカの隠れた関係

   高い支持率、長い任期で知られる小泉政権だが常に順風満帆と言うわけではなかった。次に示す内閣支持率のグラフを見て欲しい。2002年1月に内閣支持率が急落していることがわかる。何が起こったかと言えば田中真紀子外相更迭である。


   田中真紀子氏は1972~74年に首相を歴任した田中角栄の長女である。    2001年4月から9カ月間は自民党所属で、小泉内閣で初の女性外相を務めた。一時は“女性首相候補”という評価を受けるほど国民に爆発的人気を博した。 田中元外相は外相在職時に「外務省改革のメスを振るった女戦士」「日本外交の頭痛のタネ」という相反する評価を受けた。田中元外相は外務省と外務官僚らの閉鎖的な組織文化を「伏魔殿」と非難して刀を取った。外務省官僚らに向かい「国内では出世競争でサラリーマンと変わらず、外国に出れば特権階級的に振舞う」と毒舌を飛ばした。通常は事務次官が行使する官僚人事を掌握しようとし、私的な外交諮問団を作って官僚らを牽制した。

  当時の印象としては、実行力のある非常に優秀な政治家だと私は感じた。しかし、何事にも性急にすぎるし、周りとの調和を考えないし、足並みを乱していると感じた。特に日米関係への配慮が欠ける点は致命的だった。 

  小泉首相は田中外相を更迭すると言う苦渋の決断を下した。しかし、当時の田中人気は驚異的なものがあり、特に女性の圧倒的な支持を得ていたこともあり、小泉内閣の支持率は急落した。これは民衆の支持をもとに這い上がってきた小泉内閣にとってかなり致命的な出来事であった。

  ところがその後小泉内閣の支持率は復調する。その原因となった出来事とは。小泉政権が抱えた闇が今暴かれる。


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