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文学の散歩道2

 日本文学史の流れにおいて、明治後期に興(おこ)った自然主義文学運動は、かつてない一大潮流となって当時の文壇を支配しました。ヨーロッパから移入されたこの文学運動は、本来、自然科学者が自然に接するのと同様に、善悪や物事の是非といった価値観から離れたところで人間と人生を捉えようとするものでした。ところが日本ではそれが歪曲(わいきょく)され、理想や夢を一切排除して現実をありのままに描こうとする文学的態度として広がっていくことになったのです。
 島崎藤村はその文学運動の中でも一際大きな存在感を示す作家です。詩人から出発した藤村は、明治39年、自然主義文学の嚆矢(こうし/先がけの意)とも言うべき「破戒」を発表、部落出身の教員丑松(うしまつ)の葛藤と告白を描いたこの作品で小説家として確立、その後、「春」「家」、そして姪との関係を告白した「新生」、さらには長編大作「夜明け前」を完成させ、日本文学史にその名を永遠に刻んだのです。

 「家」はなかでも藤村の最高傑作と目されている作品です。 
 ━━━小説家小泉三吉は、姉のお種が嫁いだ木曽山中の薬種屋(やくしゅや/薬を調合して販売する家)橋本家を訪ねます。物語はこの小泉家と橋本家の没落と崩壊を描くものです。まず、お種の夫であり橋本家の当主でもあった達雄が女を作って失踪します。そして小泉家の長兄である実は事業に失敗、家族は離散し、三吉自身も三人の娘たちを次々と病気で失います。さらに、三吉を慕っていたお種の息子正太も株で失敗し、これもまた命を落としてしまいます。精神的、経済的、社会的に没落していく「家」の物語の本筋はおよそ以上のようなものですが、実際の登場人物や事件はより複雑でかなり精細に描かれています。それもそのはずで、この「家」という作品は実に藤村の自伝小説なのです。

 藤村の自然主義文学思想の筆致はここに極まります。自分自身を含め、暗くおぞましい運命にあえぐ「家」の人々━━━藤村はそんな自分たちを見つめていったい何を描こうとしたのでしょうか。
 ━━━それは「血と近代」です。
 「破戒」を書いた藤村にとっての「血」、それは本当に呪わしいものでした。藤村の父は異母妹と近親相姦、最後は座敷牢で狂死しています。兄は母の過ちで生まれた子で、これも廃人となって死んでいます。さらに姉の最期は精神病棟でした。藤村自身も姪との関係を告白したのは前述の通りです。そんな藤村が自らの「血」に怯(おび)え、さらに血脈を持つ一族郎党の没落と崩壊を目の当たりにすることは、内側からも外側からもさいなまれる「血の呪詛(じゅそ)」に他なりません。何という暗い「血」の影であることでしょう。藤村自身憂鬱極まるものであったことは想像に難くありません。
 もう一つは「旧い家」の凋落(ちょうらく)の背後に見え隠れする「旧い日本」の崩壊です。言い換えれば、それは「近代化の波」ということです。小説の後半、橋本家の庭が鉄道敷設(ふせつ)工事のために破壊されていく場面は印象的です。明治の近代化という大きなツルハシが時勢に乗り遅れた人々や自然、文化を容赦なく切り崩していく無残さ、恐ろしさ。藤村は自らの人生をモデルに、日本の近代化の影の部分を浮き彫りにしたのです。
 小説の最後、主人公小泉三吉は、妻のお雪にそろそろ夜が明けやしないかと尋ねます。しかし外はまだ暗いままです。「夜明け」はまだ来ないのです。━━━おそらく、「近代」がそれ以前のものを全て押しつぶし、その時代の空を完全に覆いつくすまで。
 自然主義文学運動の最大の可能性が「血と近代」という人間の暗い歴史の一幕を暴き出すことにあったとするならば、それはとりもなおさず藤村がまさに時代の申し子であったことを物語っているのです。

※適宜括弧( )を付して、読みと意味を添えました。


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