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組織不正の闇:コンプライアンス違反は、なぜなくならないのか

企業不祥事は、現代社会において後を絶たない深刻な問題です。
特に、製品の安全性が人命に関わる自動車産業では、その影響は計り知れません。最近発覚した自動車メーカー5社による認証不正問題は、この問題がいかに根深く、解決が難しいかを改めて私たちに突きつけました。

一体なぜ、組織内不正はなくならないのでしょうか?

日頃、私は組織開発やEQ、SQの知見を活かし、コンプライアンスに悩む企業むけに組織文化改革や従業員の行動変容を促すセミナーや各種プログラム開発のお手伝いをしています。

その経験から、今回のnoteは、組織不正、コンプライアンス問題がなくならない問題を、組織内プレッシャー、日本特有の文化的背景、そして経営者の姿勢という3つの側面から、この問題を考察し、組織不正を無くす道筋を考えてみました。


組織内プレッシャー:倫理観を揺るがす闇

企業は常に競争にさらされ、目標達成や利益追求へのプレッシャーに直面しています。このプレッシャーは、時に従業員の倫理観を麻痺させ、不正行為へと駆り立てることがあります。

この組織内プレッシャーと倫理観の揺らぎが問題になった象徴的な例が、フォード・ピント事件です。この事件は、1970年代にフォード社が製造販売したピントという車種に関するもので、追突時にガソリンタンクが破裂しやすい設計上の欠陥があったにも関わらず、コスト削減のために改善が見送られた事例です。

当時、安くて性能も良い日本車が米国市場を席巻し始め、フォードをはじめとする米国車のシェアが脅かされつつありました。フォードは日本車メーカーに対抗すべく、車の開発期間を短縮し、かつコスト削減を優先する政策をとりました。

そうして日本車キラーとして送り出された「ピント」は、フォード経営陣の期待に応え売れに売れました。しかし、ピントは開発当時から追突時にガソリンタンクが破裂し爆発・炎上しやすいという設計上の欠陥を、現場の技術者たちから指摘されていました。

なぜ、こんな欠陥を抱えた車が販売されたのでしょうか。実は、フォード社内では、設計上の欠陥を修正するコストと、事故による損害賠償のコストを比較しました。その結果、事故が起きた後の損害賠償の方がコストが低いと判断し、設計の改善を行わないという経営判断が下され、販売されたのです。

人の命を費用対効果、つまりコストという天秤にかけた結果、安全性の問題が見過ごされ、結果、ピントは多くの犠牲者を出しました。この事件は、企業が短期的な利益を追求するあまり、人命よりも経済的合理性を優先してしまう危険性を浮き彫りにしました。

※ちなみにフォード・ピント事件をベースにした有名なのはジーン・ハックマン主演の「訴訟」です。ご興味ありましたらぜひ。

この経済合理性を優先してしまうという現象は、組織不正が発生した日本企業でもよく見受けられます。

組織内での過度な成果主義やノルマ達成へのプレッシャーは、従業員に不正行為を正当化させる心理を生み出す可能性が高まります。「目標を達成するためには多少のルール違反はやむを得ない」という考え方が蔓延し、不正が常態化してしまうのです。

次に、この組織内不正がなくならない日本文化の影響について述べたいと思います。

日本文化のジレンマ:組織不正を助長する文化的特徴

組織不正がなくならない背景には、文化的要因が深く関わっています。

ここでは「文化と経営」の世界的権威として有名な経営学者・社会人類学者であるホフステード博士が提唱した6次元モデルを用いて、日本がもつ組織不正が生じやすい文化的特徴を探ってみたいと思います。

6次元モデルの詳細については、以下のリンクからご確認ください。

権力格差(Power Distance)
日本は比較的高い権力格差を持つ社会です。これは、上下関係を重んじ、権威に対する尊敬や服従が期待される文化的傾向を示しています。企業内では、上位者の決定に対して異議を唱えにくい風土があり、不正が発覚してもそれを指摘しにくい状況を生んでいます。

男性性(Masculinity)
ここで言う「男性性」とはモチベーションになるものは何かという軸です。いわゆるジェンダーとは違います。日本文化は男性性が極めて高く、競争、成果、物質的成功を重視する傾向があります。企業においては、成果主義や目標達成へのプレッシャーを強め、時に手段を選ばない不正行為を助長したり、失敗に対して不寛容な組織文化を生む可能性があります。

不確実性の回避(Uncertainty Avoidance)
不確実性の回避が極めて高い日本文化は、リスクを避け、明確なルールや手順、正解を好む傾向にあります。しかし、この特性が過度になると、既存のやり方や慣習を絶対視し、新しい発想や改善など変化を拒む風潮が生まれやすくなります。企業においては、不正が発見されても、見て見ぬふりや隠ぺい体質が強まり、結果として不正が蔓延してしまう可能性があります。

長期志向(Long Term Orientation)
日本は長期志向が強い文化とされており、将来の利益や持続可能性を重視します。この観点から、短期的な成果よりも長期的な信頼関係や企業の名声を守るために、不正を隠す傾向が強まることが考えられます。

これら日本文化がもつ特徴は、企業の組織不正が生じる土壌を形成していると言えます。不正を防ぐためには、文化的特徴を理解したうえで、組織内のコミュニケーションの改善、透明性の確保、そして倫理観の強化が必要です。文化は変革が難しいものですが、意識の変化と組織の努力によって、より良い方向へと導くことが可能です。

では、次にこの企業における組織文化へ強い影響をもつ、「経営者の姿勢」について述べたいと思います。

経営者の姿勢:不祥事ゼロ目標の落とし穴

実際にコンプライアンスの世界に足を踏み込むと、企業不祥事ゼロや撲滅を掲げる経営者の姿をよく見かけます。

しかし、世界中の多くの企業で見受けられる組織内不正は、依然として根深い問題です。なぜ経営者が「不祥事ゼロ目標」を掲げても組織内不正はなくならないのか考えてみましょう。

経営者が「不祥事ゼロ」を目標に掲げることは、一見すると企業倫理の向上に繋がるように思えます。しかし、それが過度なプレッシャーとなり、現場に隠蔽体質を生み出す可能性も否定できません。

小さなミスや問題を報告すると、不祥事として扱われ、自分やチームの評価に悪影響が及ぶという恐怖心が、従業員を萎縮させ、問題の早期発見と解決を妨げます

一方、トヨタ自動車の豊田章男会長は、「完璧な会社ではない」と認め、不正の撲滅は現実的ではないという立場を取っています。その上で、問題が発生した際には、事実を真摯に受け止め、迅速な対応と改善を重視する姿勢を示しています。

この豊田会長の姿勢は、「権力格差」「男性性」「不確実性の回避」「長期志向」が高いという特徴を持つ日本文化において、従業員に安心感を与え、問題を隠さずに報告できる環境を作る上で、非常に重要なアプローチと言えるでしょう。

組織不正根絶への道:真の心理的安全性の構築

では、組織内不正を根絶するためには、具体的にどのような対策が必要なのでしょうか?

まず、企業は、短期的な利益追求だけでなく、長期的な視点での経営を心掛ける必要があります。倫理観を重視し、コンプライアンスを徹底することで、企業の持続的な成長に繋がるという意識を持つことが重要です。

次に、従業員が自由に意見を述べられる開かれた企業文化を醸成する必要があります。ここで重要なのは、単にネガティブな意見を言いにくい雰囲気をなくすだけでなく、日本文化や組織文化に応じた「心理的安全性」を担保することです。

心理的安全性は、従業員が安心して発言や行動できる環境であり、建設的な意見交換や問題提起が奨励される状態を指します。しかし、この「心理的安全性」の概念は、個人主義と多様な人種を背景に持つアメリカで生まれたものです。集団主義、不確実性の回避、そして男性性の強い日本文化に適用するには少し工夫が必要です。

なぜなら、日本では、和を重んじ、失敗を恐れ、上司への服従を美徳とする風潮が根強く残っているからです。このような環境下では、率直な意見交換や建設的な批判は萎縮しやすく、真の心理的安全性が確保されない可能性があるからです。

話は少しそれますが、日本でも多くの企業が、研修や1on1を通じて「心理的安全性」を高めようと取り組んでいます。しかし、実際に企業様とお話させていただくと、必ずしも当初期待した通りの成果が出ているとは言えないとおっしゃる方は意外に多いように感じます。

実は、アメリカで生まれた「心理的安全性」の概念は、日本企業において、時に誤解されて導入されることがあります。単なる「仲良しクラブ」を作ることと混同され、建設的な意見交換や上司への率直な意見が阻害される「ぬるい職場」を生み出すケースも少なくありません。

このような心理的安全性が欠如した職場では、部下は問題に気づいても上司に相談できず、結果として内部通報制度も機能不全に陥ることがあります。

真の心理的安全性とは、社員が安心して発言や行動できる環境であり、建設的な意見交換や問題提起が奨励される状態を指します。特にコンプライアンスや組織不正の観点からは、上司だけでなく、内部通報窓口への信頼感が不可欠です。

このように日本文化や組織文化に適応した形で心理的安全性を醸成することで、社員は問題を早期に報告しやすくなり、結果として不正の未然防止に繋がることが期待できます。

また、「心理的安全性」づくりと同時に従業員のエンゲージメントを高めることも重要です。エンゲージメントとは、従業員が仕事に対して積極的に関わり、貢献しようとする意欲のことです。エンゲージメントが高い従業員は、不正行為に対して敏感であり、積極的に問題解決に取り組む姿勢を持つことが各種研究により明らかにされつつあります。

最後に

組織内不正は、一朝一夕に解決できる問題ではありません。しかし、組織全体で問題意識を共有し、継続的な努力を重ねることで、必ず改善していくことができます。

社員一人ひとりが安心して発言できる真の「心理的安全性」を育み、不正を未然に防ぐ強い組織を作り上げる。それは、企業の持続的な成長と社会からの信頼獲得に不可欠なだけでなく、働く人々にとっても、より幸せでやりがいのある職場環境を実現することに繋がります。

そのためにも今回の、自動車メーカー5社の認証不正問題を「対岸の火事」とせず、「他山の石」として見つめなおしてみませんか?

必ずや何らかの気づきやヒントが得られると思います。

この記事が、企業のコンプライアンスや組織内不正の根絶に向けた取り組みを考えるきっかけになれば幸いです。

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