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チューリップのあなた

その方からのはがきのはじまりは毎回そうだった。「チューリップのあなたへ」。

仕事で定期的にお会いする96歳のキコさん。目も耳も丈夫で、月に3冊は本を読み、感想を作家に書き送っておられた。感想文に感銘を受けた作家が会いに来ることもあるほどだった。

一度「いつもの日」にお会いできないことがあった。わたしがオランダ旅行に行くのが理由で。

旅行から帰り、キコさんとの再会の日、わたしは駅前の花屋さんで赤くて元気のいいチューリップを一輪買った。包んでもらわず、裸のまま持って会いにいった。

「ただいま戻りました。オランダ土産です!」と差し出すと、キコさんは

「まあ!!なんて素敵なの!オランダから持って帰ってくださるなんて」といたく感激なさった。

すぐさまわたしは嘘の重さに耐えられなくなり、駅前の花屋で買ったと白状すると、キコさんは目を運慶快慶の金剛力士像くらい大きく見開いて

「そうよね!オランダからなはずないわよね!」と大笑いなさりながらチューリップを花瓶にいけて出窓に飾ってくださった。

その後99歳でお引越しされてなかなかお会いできなくなってからもキコさんが104歳でこっちの世界を卒業なさるまで文通は続いた。

ハガキの始まりは、いつも
チューリップのあなたへではじまる。そして毎度のように「あのあなたの嘘は本当におかしくていつもいつも思い出してはわらってしまいます」と書かれていた。

チューリップの季節になると特によくキコさんのことを考える。元気かな。キコさん。

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