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富山県の居酒屋は平日でも貸し切りが多い。チェーン店の安心感。

仕事柄、月に二、三度は地方へ出張に行きます。
私は田舎育ちという事もあり、地方を訪れるのは好きで、現地の鄙びた温泉や隠れた料理店に行くことが出張の楽しみでもあります。

以前、富山県へ行った時のお話です。

日本のロンドンと呼ばれるように、富山県は国内で最も曇りの日が多いとのことです。
日本海から吹きさらす湿った風の影響で、特に冬は曇天・雨天が多いのだそうです。同じ日本海側の秋田や新潟もそのようで、毎年の晴天率ランキングの最下位の方を見ると常にこれらの県が拮抗しています。ちなみに晴れが多いのは宮崎、高知、香川などで、これはとてもイメージに合っていますね。

話は逸れましたが、富山県といえば海鮮は白エビやホタルイカ、ご当地料理はます寿司にブラックラーメンと、多種多様に富んだグルメ県で、出張が非常に楽しみではありました。

富山市内は、今では珍しい路面電車が走る昭和風情の残る町並み。アパホテルのお膝元でもあるので駅の両側にAPAが鎮座していますが、少しどんよりとした私好みの薄暗い雰囲気です。当日ももれなく曇天。時間も午後六時過ぎに到着したからという事もあります。

私は登山部出身で比較的平らな床と寝具があればたいていの場所で寝ることができ、安宿で十分に満足できる質ですから、その日も楽天トラベルで調べた最安値から三番目くらい、駅から七、八分ほど歩いたところにある年季の入ったホテルにチェックインしました。

ホテルの近辺には、各路地にいくつかの居酒屋があるようで、身支度を済ませて夜の街に繰り出しました。

ところどころ街灯が途切れ途切れの、なんともいえない寂れ加減。雪の多い地方ならではの、消雪道路の塩化カルシウムによって、錆で赤茶けた道路。

とぼらと路地を歩いていると、十字路の角に一軒のひなびた海鮮小料理店がありました。少し破れかかった、以前は真っさらな生成りであったであろう煤けた色の暖簾。半透明の格子引き戸が半分ほど開いており、少しのぞいてみると中には大将が一人、カウンターの奥で腕を組んで、テレビを眺めておりました。客は誰もいません。

「こんばんは。」
「今日は貸し切りなんで空いとらんわ。」

挨拶を言い終えるかどうか、かぶせ気味にぶっきらぼうに言い放つ大将。一体何時からの貸し切り予約なのか、現時刻はもうすぐ七時です。

そうですか、と私が引き戸を閉めようとすると「そこ、開けといてな。」と大将。はい…と私は出ていきました。外は誰も歩いていません。今日の富山ひなび店探訪はダメかもしれないと何となく直感し、私はある店に向かって駅の方へ足を進めました。

みなさまは『全国チェーン店』という飲食店にどのようなイメージをお持ちでしょうか。私は、食を楽しむという意味ではあまり好きではありません。
統一されたオペレーション、セントラルキッチンを使用して、徹底的にコストカットを意識した画一的で平均的な料理。だんだん少なくなる野菜。
しかしながら、一部地域でのみ運営されている主に10店舗以下のロコチェーン店、特にお寿司屋さんは、とても良いんです。

ちなみに、食を楽しむ意味では好きではないものの、何も考えずに全国どこでも同じサービスが受けられ、比較的間違いの無い料理が提供される、という意味ではすごく好きです。人に疲れている時って誰とも話したくないし、軽い交流もしたくなくなると思うのですが、チェーン店にはその煩わしさは殆どありません。その点がすごく良いなと感じる時はチェーン店を利用します。全部ガストにいるネコ型のロボットにしてほしいですね。

戻りますが、富山にもロコ寿司チェーンである『きときと寿司』というお店があり、好きなんです。全国展開しているチェーン寿司店と違い、それなりに価格は張るもののしっかりと回らない寿司と全国チェーン寿司の真ん中よりは回らない寿司側の新鮮な味を提供してくれるお店。

富山駅の中にもきときと寿司があり、そしてタッチパネルが配備されています。このタッチパネルが肝でして、これも人との煩わしい交流を徹底的に避けられるので良いんです。

チェーンの回転寿司店でも、上質な方のお店になるとしっかりカウンターに職人が立っていて、声がけで注文することがありますが、繁忙時間になりますと注文は中々通らず、そして私の声が小さいのかそういう通らない声質をしているのか、職人に気づかれないこともあります。

ご年配で多少お金を持っていそうな方もしくは、タトゥーなど入っていて大柄な方には、店舗側も入った時から、丁重に扱おう度でいえば1~5の中で5に設定することでしょう。私はそれでいうと影も薄く2くらいのものでしょうか。横柄、またはやる気のない職人の場合に、私がドウェインジョンソンだったらよかったのになと思うことはたびたびあります。

お店の人との接触が嫌いなわけではないんです。むしろお話は好きな方かもしれません。ただそれには波があり、全く何一つ誰とも関わらずに、ただ静かに自由に食事を楽しみたいんだ、という時もあるというだけなんです。

最近、価値観の変わりざまで清潔感というモノが大変重要視されていると聞きます。若い方の中には人が握ったおにぎりは食べられないという人もいるそうです。そうすると銀座の寿司屋で老練な大将が握った、まず間違いなくうまい寿司はどうなんでしょうか。これは今はきっと食べられることでしょうが、いずれ50年後くらいにはカウンターから見える人が消滅して、裏から出てくるようになるのですかね。

気分によって使い分けができるのは、我儘な話ですが飲食店オペレーションの変遷期にある今だからこそ楽しめることであって、今後個人店がつぶれていきチェーン店だけが残っていく世界になると、それはそれで味気ないものに感じてしまうのでしょう。

小一時間、地元のお寿司と日本酒を楽しんだ後、ホテルの方に向かって歩いていきました。

途中、先ほどの小料理店の前を通ったので、通り過ぎざまに覗いてみると、大将はまた先ほどと同じ立ち位置で腕を組んで、しかめ面でテレビを眺めていました。

もう一度「空いてますか」と暖簾をくぐろうか迷いましたが、きときと寿司で満たされていた私はそのギャンブルをすることをぐっと堪え、おとなしく帰路につきました。

部屋に入ってから、googleマップで先ほどの小料理店を調べてみると☆は1~5までバラバラで平均値は3.1、口コミには「海鮮が美味しい」「料理がうまい」といった良い口コミとともに、「常連にはやさしい」「観光客に店主の態度が悪い」「気分が悪いのでもう行きません」とあまり良くない感想も散見されました。星やレビューが多いということはそもそもそれなりに人が入っているお店という事ですし、人によって感じ方というのは異なりますし、一概にこの口コミだけを信用するという事はできません。火の無いところにという言葉もありますが。

ただ、先に口コミをのぞいていたならば、私は間違いなくあの店を素通りしていたでしょうし、行った後で事実を知るというのも、難解な映画を見た後にネットで考察を読むというような楽しみ方で、わりと面白いものかもしれませんね。

富山のきときと寿司、おすすめです。

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