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初代『スーパーマリオブラザーズ』のAny%RTAが極まりすぎてる話

2022年8月8日、初代『スーパーマリオブラザーズ』のAny%RTAにおいて、Niftski4分54秒798のタイムを叩きだし、自身の持つ世界記録を0.083秒(5フレーム)更新しました。これはTASの記録である4分54秒265と比較しても、わずか33フレームしか違わない、驚異的な記録です。この記録によって、『スーパーマリオブラザーズ』のAny%RTAはいよいよ最終局面に入っていきます。

『スーパーマリオブラザーズ』のRTAは、その深さと熱さに対して、日本語で書かれた文献の少なさから、日本における知名度が極めて低いです。この記事では、そんな『スーパーマリオブラザーズ』Any%RTAの歴史と現在を解説します。

この記事の内容は、BismuthとSummoning Saltによる以下の3つの動画の内容と、それ以降の進展を簡単にまとめたものとなっています。この記事は基本的にこれらの動画の下位互換なので、より詳細な解説が欲しいという方は、ぜひ動画をご覧ください。



ゲームシステム

この節では、『スーパーマリオブラザーズ』のゲームシステムのうち、RTAに大きく関わるものを簡単に解説します。

基本知識

『スーパーマリオブラザーズ』は、ワールド1からワールド8までの8つのワールドそれぞれについて、エリア1からエリア4の4つのエリア、合計で32のステージが存在します。ワープに制限のないAny%RTAでは、1-1、1-2、4-1、4-2、8-1、8-2、8-3、8-4の8つのエリアを攻略します。

「21フレームルール」について

『スーパーマリオブラザーズ』RTAのすべてを支配していると言っても過言ではない仕様が「21フレームルール」です。『スーパーマリオブラザーズ』において、 エリアからエリアへの遷移は21フレーム目、42フレーム目と、21フレームごとにしか生じません。例えば、22フレーム目にクリアしても、42フレーム目にクリアしても、結果的なタイムは等しくなります。この仕様を「21フレームルール」あるいは単に「フレームルール」と呼びます。これによって、多くのエリアにおいて、人間は(相対的に)簡単な操作によってTASよりも遅くエリアをクリアするが、TASと同タイムである、ということが生じます。また、後述する例外をのぞき、記録を更新しようと思ったら、ある程度まとまった量の更新が必要となります。

この記事では、この仕様そのものを「21フレームルール」、この21フレームの周期を単に「周期」と呼びます。これは私の考えた造語で、海外のコミュニティではどちらも"framerule"と呼ばれています。上にあげたような動画を見る際にはご注意ください。

21フレームルールの例外

この21フレームルールの例外となるエリアが、ゲームの最終ステージである8-4です。これはゲームの仕様というよりもRTAのルールの問題で、RTAのタイムは、「ゲーム開始から、8-4のクッパの奥にある斧に触れた瞬間までの時間」と定められています。これによって、 8-4だけは純粋な「クリアに掛かった時間」がタイムとして加算されることになります

この2つの仕様によって、『スーパーマリオブラザーズ』のRTAの世界記録の更新は、

  • 1-1から8-3までのどこかのエリアで21フレーム更新。

  • 1-1から8-3までは同じ周期で、8-4をわずかに更新。

という2種類に分けられることになります。多くの場合、前者のほうが後者より圧倒的に難しいので、最近は、

  1. 誰かが1-1から8-3のどこかを更新し、圧倒的な世界記録が誕生。

  2. ほかの人々が追いつき、8-4をより速くクリアして記録をわずかに更新。

  3. 8-4が煮詰まり、また別のエリアを21フレーム更新。

というような流れになることが多いです。

壁抜け

『スーパーマリオブラザーズ』では、マリオと壁が重なったとき、 マリオを現在の入力方向と逆に動かすことでマリオが壁にめり込むのを防いでいます。この仕様を悪用して、  マリオと壁が重なった瞬間に壁と逆の方向のボタンを入力することでマリオを壁にめりこませることができます

黎明期

2000年代中盤、『スーパーマリオブラザーズ』は5分5秒が最速のクリアタイムでした。2006年9月14日にScott Kesslerが記録したタイムです。

「RTA」のはじまり

00年代、RTAの記録を蒐集していたのは、現在のSpeedrun.comではなく、Twingalaxiesと呼ばれるウェブサイトでした。このサイトの大きな特徴として、バグありのRTAを認めていなかったことが挙げられます。この規則によって、これらのRTAにおいては壁ジャンプなど、当時すでに知られていたいくつかのバグ技が使用されていませんでした。

この状況に反旗を翻したのがAndrewGです。AndrewGはTwingalaxiesへの掲載を放棄して、実行可能な手段を尽くしてタイムを短縮しようとしました。彼が採用した技のうち特筆すべきものとして、4-2の「ワープバグ」があります。

4-2の「ワープバグ」

8-4を除いた7つのエリアのうち、最後まで走者たちの前に立ちはだかった、そして立ちはだかっているのが4-2です。このステージには、ワールド8につながるワープゾーンがあります。通常は、このブロックから出現するツタを登ってワープゾーンに向かいますが、このツタの伸びるアニメーションを省略するために用いられるのが「ワープバグ(Wrong Warp)」です。

『スーパーマリオブラザーズ』では、土管やツタなどの行き先となる(同じステージ内の)マップを格納するメモリが1マップ分しかありません。「この土管に入るとマップAに、このツタを登るとマップBに」というように分類されているのではなく、つねに「いまの行き先」を格納している単一のメモリ領域を参照して、土管やツタを移動したときはその番号の示すマップに移動します。このメモリ、つまり「いまの行き先」はマリオが移動するのに応じて変化します。行き先は「マリオがここからここにいる間はマップAに、ここからここにいる間はマップBに」というように変わっていきます。

しかし、厳密には違いました。ゲームは「マリオの位置」ではなく「スクリーンの中心の位置」を参照して行き先を更新しています。通常、マリオはつねにスクリーンの中心に居るので、これは問題になりません。しかし、壁にを後ろ向きにかすめるようにジャンプしたり、壁にめりこんだり、後ろ向きに壁ジャンプをすることで、このマリオの位置をスクリーンの中心からわずかに右にずらすことができます。これによって、本来マップBに移動するはずの土管から、マップAに移動することが可能になります。

https://www.youtube.com/watch?v=U7RzoIEoSMY&ab_channel=Bismuth より
マリオが画面の中心線より右にずれているのがわかります

AndrewGはこれを用いて、本来別のマップに移動するはずの土管からワープゾーンに移動することで大きくタイムを削減しました。

AndrewGの君臨

これらのバグ技の使用によって、AndrewGはそれまでの記録を5秒近くも塗りかえる5分00秒72の記録をたたき出します。2007年4月10日のことです。

この記録は3年近く誰にも破られることなく君臨しつづけます。2010年、『スーパーマリオブラザーズ』に復帰したAndrewGはさらにタイムを縮め、2010年12月24日、世界で初めての5分切り、4分59秒4のタイムを記録しました。

さらにいくつかの更新を重ね、2013年1月15日、AndrewGは初めての4分58秒台である4分58秒56のタイムを記録します。

その後、AndrewGは57秒台を目指してRTAを走りつづけますが、記録は4分58秒09と、わずかに届きませんでした。

現代的スーパーマリオブラザーズRTA

2014年6月26日、Saradoc4分57秒69のタイムを記録し、初めての57秒台のタイムの保持者となります。

このRTAでSaradocは、AndrewGが採用していなかった「キラーバグ(Bullet Bill Glitch)」を使用し、8-3のタイムを約0.7秒、2周期分短縮しました。このバグは、ポール下部のブロックのすぐ横でキラーを踏むことによって、極めて低い位置でポールに触れ、マリオが城まで歩いていくアニメーションをカットすることができます(詳細な原理は割愛)。

https://www.youtube.com/watch?v=U7RzoIEoSMY&ab_channel=Bismuth より

Saradocに続き、AndrewG、そしてdarbianKosmicが57秒台を記録しました。切磋琢磨は続き、2016年8月11日、darbianが4分57秒244を叩きだします。

この記録は、キラーバグに加えて、当時知られていた最速の4-2のメソッドを採用しつつ、ほとんどミスなく全エリアをクリアしています。ここに至って、『スーパーマリオブラザーズ』RTAにもはや更新の余地はないかのように思われました。

RTA走者の執念を甘く見てはいけません。『スーパーマリオブラザーズ』RTAは、「これ以上更新できない」と数えきれないほど言われてきましたが、その予言は例外なく、すべて裏切られてきました。

走者たちは、それまでTASだけの領域とされていた聖域に手を出します。

ポールバグ

これまた詳細は省略しますが、1-1や4-1、8-3のようにポールに触れることでクリアとなるステージでは、ポールの下部ギリギリに着地しつつ壁にめり込むことで、通常のプレイでは満たされることのない条件を満たし、旗が下りてくるアニメーションをカットすることができます。これを「ポールバグ(Flag Pole Glitch)」と呼びます(「旗らけグリッチ」と呼ばれることもあります)。これを用いることで、上の3エリアは1周期、21フレーム、0.35秒短縮することができます。

問題となるのがその難易度でした。

ポールバグを行うためには、以下の画像の通り、階段の特定の段の一番左のピクセルに着地し、着地と同時にBボタンを入力し、その2フレーム後にジャンプボタンを押す必要があります。

https://www.youtube.com/watch?v=4CgC2g43smA より

さらに、ポールの根本に着地する直前、マリオが以下の位置にあるフレームに左を押し、さらにマリオが着地すると同時にジャンプボタンを押す必要があります。

https://www.youtube.com/watch?v=4CgC2g43smA より

端的に言って常軌を逸した難易度です(実際、2022年現在においても、このポールバグを安定して成功させられる人間は存在しません。トップレベルでも成功率は5割から7割ほどではないかと思います)。しかし、RTA走者はタイムを縮めるためならなんでもやる人間たちです。練習を重ね、ついにdarbianが初めて1-1のポールバグを成功させます。

人類は初めて、エリア単位でTASに並びました。当然ながらdarbianのこの1-1のタイムは、今に至るまで破られていません。しばらくして4-1と8-3のポールバグも実現されました。

切磋琢磨

2016年10月2日、Kosmicは通しで初めてポールバグを採用し、世界記録を4分57秒194に短縮しました。

そのわずか3日後の2016年10月5日、darbianが史上初めての56秒台、4分56秒878の記録を打ち立てます。

鎬の削り合いは続き、Kosmic、darbian、そしてsomewesによってタイムも少しづつ削られていきます。 

2018年5月25日、somewesによって記録は4分56秒245まで縮められました。

この記録には、1-1、4-1、8-3のポールバグ、8-2のキラーバグ、そして4-2では壁抜けを利用したより速いワープバグが使われています。

https://www.youtube.com/watch?v=U7RzoIEoSMY&ab_channel=Bismuth より

こうなってくると、人々の注目は一点に集まります。
「誰が最初の55秒台を出すのか?」
55秒台には、上に挙げた技に加えて、2-2で上を通ってワープゾーンに向かうのではなく、土管にめり込んで壁抜けをすることで短縮する技が必要です(特に名前はありません)。

https://www.youtube.com/watch?v=U7RzoIEoSMY&ab_channel=Bismuth より

somewesはひたすら走りつづけました。4ヶ月で合計6000回を超えるリセット。しかしそれでも、55秒台という栄冠は微笑んではくれませんでした。その6022回のうち、1-2を超えたのはわずか442回、8-4まで到達したのはわずか2回でした。

一方Kosmicは55秒台にはこだわらず、あくまで世界記録を出すことに注力していました。2018年9月24日、Kosmicはsomewesの記録に並びます。同じ配信で、彼は戯れに55秒台を目指してプレイを始めました。そして、9回目、1-2を超えた初めてのプレイで、それは起こりました。

4分55秒913。55秒台の世界は、劇的としか言いようのない展開で幕を開けます。

しばらくしてsomewesがKosmicの記録を塗り替え、その後TavenWebbが初めて世界記録を奪い取ります。

そして2020年1月17日、Kosmicが過去最速の8-4を引っさげて、4分55秒646の記録を叩き出します。

そして、その後10ヶ月以上にわたって、世界記録の更新は途絶えます。

人外の時代

54秒台は不可能?

この時点で、1-1、1-2、4-1、8-3の4エリアはTASと同タイムです。残る4-2、8-1、8-2はそれぞれ1周期、すなわち21フレーム、8-4は19フレームの更新の余地があります。

しかし、4-2、8-1、8-2の短縮は不可能に近いと考えられていました。当時、8-1はわずか数人がエリア単位の練習でクリアしているのみで、4-2、8-2については誰一人挑戦すらしていない状態でした。

以下の画像はBismuthが2018年11月10日に投稿した動画からの切り抜きです。画像の示すとおり、当時は8-1の更新が1/1000の確率、4-2はいつか起こるかもしれないし起こらないかもしれない、8-2は人間には不可能、とされていました。

https://www.youtube.com/watch?v=4CgC2g43smA&t=1522s より 

夢の54秒台の達成には、この3つのエリアのうち少なくとも2つを更新する必要があります。到底手の届くものではありません。実際、上記動画の投稿時点で、エリア単位の練習まで含めた人間による最速記録の合算は4分55秒213と、54秒台には遠く及ばないものでした。

開かれた扉

転機が訪れたのは2019年9月3日、この日当時の世界記録保持者のTavenWebbが人類で初めて8-2でTASと同タイムを記録しました。

これによって、不可能だと思われていた8-2が可能であることが知れ渡ると同時に、『スーパーマリオブラザーズ』RTAの歯車が動いていきます。

8-2の研究が進むにつれ、当初考えられていたよりも容易に短縮できるということが明らかになり、8-2を更新する人は次第に増えていきます。darbianやKosmicといった大御所がAny%RTAから身を引く一方、コロナ禍によってプレイ時間が増加したのも相まって、NiftskiMinilandLekukieなどの新星が次々と登場します。

そして2020年11月14日、Niftskiが残る3つの扉のうちの1つをこじ開けます。

10ヶ月ぶりの更新となったこの記録によって、夢の54秒台が一気に現実味を帯びてきました。

NiftskiとMinilandが世界記録を奪い合う展開が半年間続いた果てに、2021年4月8日、Niftskiが4分54秒948を達成します。

更新不可能と言われたKosmicの4分54秒646から、さらに8-1、8-2の2周期分を削減しての54秒台です。コミュニティは大きく湧きました。

Minilandもすぐに追随し、一時は世界記録を奪いましたが、さらにNiftskiが更新します。そして、記事冒頭で紹介した4分54秒798が現在の世界記録です。

終極へ

さて、こうなってくると気になるのが、「53秒台は可能か?」でしょう。結論から言うと、不可能と考えられています。これは人間の技術や運といった問題ではなく、そもそもそんな方法は存在しないと考えられている、ということです。

『スーパーマリオブラザーズ』Any%のTAS記録は4分54秒265です。このタイムは10年間で1フレームしか更新されていません。『スーパーマリオブラザーズ』というシンプルなゲームは、もはや大幅な更新を許してはくれません。

人間のタイムは、確実にTASに近づいています。
更新の余地が残る2つのエリア、4-2と8-4のうち、4-2については2021年1月31日にNiftskiが更新しました。

この4-2(Lightning 4-2)は、他のエリアとは次元の違う難しさです。この21フレームを削るために、1フレームのずれも許されない操作を計20回近く行う必要があります。しかし驚くべきことに、NiftskiとMinilandの2人はある程度の安定性をもってこれをやってのけます。

おそらくは2023年中には、Lightning 4-2を組み込んだ世界記録が達成され、タイムは4分54秒4程度に落ちると思われます。

最後に残るのは8-4です。2022年3月1日にLekukieが、地獄のようなリセット回数の果てに、8-4単独でTASに並ぶタイムを出します。

15年以上にわたって短縮されつづけた8-4のタイムは、Lekukieによってついに終着点に辿りつきました。もはや短縮する余地はどこにも残っておらず、あとは通しの走りでどれだけの記録が出せるか、という世界です。

Lightning 4-2が世界記録に組み込まれたあと、残るのは8-4をどれだけ切り詰められるか、ただそれだけです。現行の世界記録4分54秒798から21フレーム更新すると4分54秒448となります。単純な計算ですが、このタイムまでは「現実的」と言えるでしょう。

その先に残る11フレームの荒野で、誰が記録を更新するのか、そもそも記録に挑む人間が現れるのか、そして通しで人間がTASに並ぶ日は訪れるのか……。決められるのは、走者たちだけです。


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