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禍話リライト「子供の成人式」
Hさんが小学生だったころの話だ。
夏休み中のある日曜日のこと。Hさんが家にいると、突然友達のMくんが押しかけてきたのだという。
Mくんとは他の2人の友達と一緒に普段から遊ぶ仲ではあったが、その日は特に予定はなかった。
どうしたわけか、Mくんは大変腹を立てていた。Hさんら普段の遊び仲間である3人を名指しして、「おまえら最低だな、ダメだよ代理の人間を寄越すとかさ!」と玄関口でなじってくる。
Mくんが激怒しているのは分かったが、何に対してそんなに怒っているのか、Hさんには見当もつかなかった。
ともかくMくんを落ち着かせようと、Hさんは彼を家に上げて詳しく話を聞くことにした。
「なあ、“代理の人間”ってどういうこと?」
「俺たちちょっと前にさ、4人で○日に遊ぼうって約束しただろ?」
○日は昨日の日付だ。Hさんにはそんな約束をした覚えはなかった。しかしそこを否定すると話が始まらない。Hさんはおかしいな、とは思いながらも、そのままMくんの話を続けさせた。
「だから、昨日いつもの待ち合わせ場所でお前らを待ってたんだよ。そしたら全然知らない奴が3人来てさ。俺らと同い年くらいだったんだけど」
その3人の子は、それぞれ『俺はHくんの代わりに来た』『俺は○○くんの』『俺は△△くんの代わりだよ』とMくんの遊び仲間の代理で来たと主張してきたのだという。
普通ならばその時点でおかしく思うところなのだが、Mくんは年齢にしては若干大人びた、物事に動じない性格だったらしい。
まあ、そういうこともあるのかな、と思い込んで、代理で来たという3人と遊ぶことにしたのだそうだ。
◆ ◆ ◆
何をして遊ぼうかMくんが考えていると、代理の子たちは普段の遊び仲間の4人しか知らないはずの、彼らが独自に考案したゲームを始めたのだという。
それは鬼ごっこにドロケイ要素や時間要素やらを盛り込んだ、やたらと複雑なゲームだった。説明するのが面倒なので、それまで4人とも他の子に教えたことはなかった。
ところが代理の子たちは3人とも、完璧にそのルールを知っている。
Mくんは(じゃあ本当に代理なのか。あいつらちゃんと教えたんだな。)と納得して、遊ぶのに集中することにした。
いつもと違うメンバーであったのもあり、Mくんが3人とテンション高く遊んでいると、気付いたときには既に夕方の4時くらいになっていた。
すると、Mくん以外の3人が
「4時かあ……。じゃあそろそろ神社に行って成人式しないとな」
と言い出したのだという。
彼らはまだ成人には遠く及ばない年齢である。
「えっ成人式? 俺たちが?」
Mくんが戸惑いの声を上げても、3人は「いや、今日成人式だろ?」と、さも当たり前のことのような反応を返してくる。
3対1で主張されると、Mくんは「あ、ああー、そうだな、成人式だよな」とつい乗せられてしまったという。
3人に「行こう行こう、あっちだよ」と手を引かれて、普段生活している地域から少し外れたエリアに足を進める。
いつもはあまり使わない踏切を渡り到着したのは、線路の向こう側にある、山のふもとの神社であった。
鬱蒼と繁った山の木々を分けるように延びる長い石段を4人で上り、神社の境内に足を踏み入れる。夕方の神社には彼らの他には誰もいない。
「じゃあ、成人式をしようか」
3人のうちの誰かがそう言った。
成人式に何をすればよいのか見当もつかなかったMくんだったが、「全員で輪になろう」と呼びかける声に従い、皆と手をつないで輪を作った。
すると、彼以外の3人がこう歌いはじめたのだという。
〽からすがー
「えっ、なになに?」
Mくんが戸惑いを見せると、彼と手をつないでいる両側の奴らが、「おれらが言ったとおりに言えばいいんだよ」と忠告してくる。仕方がないのでMくんも、
〽からすがー
と声を合わせる。
その歌というのは、基本的に人間ではない何か──からすやお月さま、電信柱といったもの──が泣いているのを慰めるものの、なかなか泣き止んでくれない、といった歌詞だった。
〽いつになったら泣き止むかー
4人で歌っていると、Mくんが握っている、両側の子の手がだんだん冷たくなっていく。
歌い続けて10分も経つと、他の子が真面目に歌っているから仕方なく付き合っていたMくんも流石に飽きてきた。
(この歌、なんなんだろうなあ?)とMくんが思っていると、フッと歌が止まった。
やっと終わりか、と思いきや、3人ともうなだれた姿勢のまま動かない。
「ね、ねえ、ちょっと」
とMくんが声をかけても、全員無言のままだ。
そうこうしているうちに日が暮れてきて、明かりの無い神社の境内はどんどん暗くなっていく。相変わらずうなだれている、左右の子の顔さえよく見えない。
怖くなったMくんが「な、なあ」とつながれた手を振りほどこうとすると、両側の子はさらに強く手を握ってくる。力を込められた指が白くなっているのが、夕闇にも紛れず目に映った。
と、ちょうどそこで5時を知らせるサイレンが鳴った。
──みんな(みんな)家に(家に)帰りましょう(帰りましょう)──
町に反響するサイレンが耳に入って初めて、Mくんは家の門限が5時半だったことに思い至った。破ってもそれほど怒られることはなかったが、もういい加減にMくんは帰りたかった。
「ごめん、もう5時だし、俺家に帰らなきゃいけないわ」
彼がそう告げると、うなだれていた3人はパッ!と顔を上げ、Mくんとつないでいた手を離した。
「そうだね! これで成人式はお開きにしようか! じゃ、お疲れさまでした!」
そう言って3人は手をつないだまま、パァーと神社の階段を駆け降りていく。
あわててMくんは後を追ったが、もう彼らの姿は見えなかった。
(足はええな、3人とも……)
3人で手をつないで、明かりも無い階段を並んで降りるのは難しいだろうに。そう思いながらMくんも同じ階段を降りていった。
途中、3人が自分の視界から消えるにはここを曲がるしかない、という曲がり角もあったが、その先にはお墓があるだけだ。
釈然としないまま、彼は家路を急いだ。
◆ ◆ ◆
「……で、俺はそのまま家に帰ったんだよ。お前さあ、良くないよ代理の人間寄越すなんて!」
一連の話を聞いたHさんは、ゾッと背筋が粟立っていくのを感じた。
そんなHさんの様子に気付かないまま、Mくんはまだ怒っている。
「しかもお前さ、俺がその後電話したのに出なかっただろ!」
当時は固定電話しかない時代だ。Hさんは昨日の夕方はずっと家にいたが、家の電話は一回も鳴らなかった。
「お前にも、他の2人にもかけたけど誰も出ねえしさ! なんだお前ら、俺を仲間外れにしようってのか!?」
「いやいやいやお前……! ちょっと落ち着いて考えろよ……!」
興奮のあまり立ったままだったMくんを座らせ、Hさんは今聞いた話の疑問点を全部挙げていく。
するとやっと事の異常さに気付いたMくんの顔が、恐怖にどんどんと青ざめていった。
もちろんHさんたちは他の2人の遊び仲間にも確認したが、やはりMくんと昨日遊ぶ約束はしておらず、電話もかかってこなかった、という答えが返ってきた。
その「成人式」とは一体何だったのか、結局何も分からないままだ、という。
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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。イニシャル表記などはすべて仮名です。
出典:燈魂百物語 第三夜より「子供の成人式」(41:30ごろから)
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