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禍話リライト「庭の家」

 Aさんという女性が、社会人1年目の時に体験した話だという。

 Aさんには、大学時代の友達の中に、社会人になってからも定期的に遊ぶ仲間が何人かいた。

 お互い就職先の職種もバラバラだったが、気心知れた友達と「職場がこんな感じでさ、」と愚痴を言い合えるのは、楽しいひとときだった。


 そういった友達に、Bちゃんという女の子がいた。


 夏目前のある日、Aさんは彼女から「今度、肝試しに行こう」という誘いを受けた。

「肝試し? そういえば昔、サークル旅行の夜にさ、みんなでトンネルに行って、あんた上から水滴が落ちてきたって大騒ぎしてたっけ。懐かしいね~」

 Aさんたちも肝試しをしたことはあったが、ダムやトンネルくらいにしか行ったことがなく、思い出されるのはそんなほほえましいエピソードばかりだ。

(女子同士だし、今度もそんなに大したところには行かないだろう)

 しかしAさんの予想に反し、Bちゃんはこんなことを言った。
「同じサークルだったCちゃんとDちゃんも誘ったんだけど、怖い家があるんだって」

 CちゃんもDちゃんも仲のいい友達なので、一緒に行くのは問題ないのだが、Aさんには行き先が気になった。

「家? 今までトンネルとかダムだったのに、急に本格的だね。家ってどんなとこなの?」

「いやー、なんかすごい怖い家があるから、是非行こうって話になってね。 
 そこ、私が見つけたんだけどね、」

「なんだ、あんたが見つけたの?」

「うん、ネットの掲示板とかで聞いて、地元だったし実際に行ってみてね、ああこれは怖いなーって思ったからさ。
 家の中入んなくてもいいんだけど、外から見るだけでも怖いからさ、今度みんなで夜行こうよ」

 確かに、家の中まで入ると不法侵入になってしまうし、みんな社会人になった身としてはリスクが大きい。
 家の外観だけ見て「怖かったね」と雰囲気を味わうだけにしよう、ということで話はまとまった。

 CちゃんとDちゃんとも日程を調整し、数週間後の金曜日の夜、4人でその家に行くことになった。

 約束の金曜日。

 Aさんはその日も、通常通り仕事だった。

 予定では定時に上がってみんなと合流し、Cちゃんの運転する車でその家に行くはずだった。

 ところが、とある先輩のミスが尾を引いて、Aさんのいる課全体が残業してカバーしないといけなくなってしまった。

「ごめん、今日定時で帰って合流するって話だったけど、ちょっと急に残業しなきゃいけなくなってさ。
 会社出るの12時過ぎると思うから、今日はちょっと無理だわ……。ごめんねー、3人で行ってきて」

 仕事の合間を縫って、そうBちゃんにメールすると、
「ああ、じゃあしょうがないよ、仕事なんだから。他のみんなで行って、後でこうだったよーって報告するね! 残業頑張って!」
という返事があった。

「うん、お願いね!」
とだけ返し、Aさんは気持ちを切り替えて、仕事に集中することにした。

 Aさんの予想通り、仕事が終わったのは日付が変わるころだった。

 先輩のミス自体は、新人のAさんでも同情できるようなもので、残業を強いられたことに対しては恨みがましい気持ちは無かったという。

 しかし、普段飲みつけないエナジードリンクを仕事の合間に摂取したせいで、退勤時になっても深夜テンションのような興奮状態が続いていた。

 妙に目が冴えた状態のまま帰宅したが、家に到着した瞬間、急にスイッチが切れた。Aさんはそのままベッドに倒れこむように寝てしまった。

 翌日の土曜日の朝。

(あ”ーいかんな、急に慣れないもの飲むんじゃないな)

 エナジードリンクのせいかよく眠れず、まだ疲れが残る体を起こしたAさんは、昨晩Bちゃんたちが肝試しに行っていたことを思い出した。

(そうだそうだ、結局あの家どうだったんだろう?)

 会社でBちゃんに返信してから、Aさんは携帯を開かずにそのまま寝てしまっていたのだった。

 改めて携帯を見ると、Bちゃんから2件ほどメールが来ている。

 1件目にはシンプルに「怖かったよ~!」と書いてある。

(ああ、怖かったんだ。返事できなくて悪かったな……)

 そう思いながら2件目のメールを開くと、「写真送るね」という本文とともに、1枚の写真が添付されていた。

(んん?)

 Aさんは、その写真を見て思わず首をかしげた。

 「怖い家に肝試しに行く」と言っていた人が送ってくる写真なら、普通は家の外観とか、内装を写したものだろう。

 しかし、Bちゃんが送ってきたのは、草がボーボーに生えた地面を背景にした写真だった。

 写真の中で、Bちゃんは野原に仰向けになって横たわっている。

 彼女はなぜかお腹の辺りを押さえ、目を瞑って苦しそうな表情だ。

(えっ?)

 その横に、Bちゃんと添い寝するように横たわる、小さい女の子が写っていた。

 女の子は小学生くらいで、横向きに寝そべり、Bちゃんの方をじっと見つめている。

 その2人を上から俯瞰するような角度で撮った、そんな写真が送られてきていた。

(うぇ? 何これ? 肝心の家がどこにも写ってないし……)

 そもそもAさんは、Bちゃんの横にいる小さい女の子に全く見覚えがなかった。

(Bちゃんには年の離れた妹はいないはずだし……、なんだこれ?)

 Bちゃんが間違えて違う写真を送ってきたのかな、と考えたAさんは、
「何これ? ちょっとよく分かんないんだけど(笑) 写真、間違えて送ってない?」
と書いたメールを返した。

 すると、送信して間もなく、Bちゃんから電話がかかってきた。

(あれ? 反応早いな、どうしたんだろう?)

「もしもし?」

「なに? なんなの? なんかおかしいとこあった?送った写真に?」

 電話口のBちゃんは、なぜかすごく怒っている。

(んん? なんでキレてんだ?)と思いながらも、Aさんは説明した。

「いや、ごめん、家行って怖かったのはいいんだけどさ。
 送ってくれた写真さ、なんか草っぱらにあんたが仰向けになってて、変な知らない女の子が横で寝そべってる、ってやつだったんだけど……。全然意味分かんないじゃん。何これ?」

「それの何がおかしいわけ!?」

 Bちゃんの剣幕は収まらない。

(あれ? 間違いじゃないってこと? 
 にしても、いつもはこんなキレる子じゃないんだけどな……、どうしたんだろう?)

 Bちゃんは、もはやAさんが何を言っても気に入らないようで、会話が成立しない。

「あんた、なんでそんなに茶化すわけ?
 あー、あんた、そこで笑いというかそういう感情が起きる人だったんだ? へえー!」

 ブツッ!!

(えっ?)

 一方的に電話が切られてしまった。


 Bちゃんも寝不足だったりして冷静じゃなかったのかな、と思い、何時間か置いてからまた電話をかけてみたが、着信拒否されているのか繋がらない。

(えー、おかしいな)

 Aさんは、Bちゃんと一緒に家に行ったはずの2人のうち、Cちゃんの方に電話をしてみることにした。

「もしもしCちゃん? Aだけど、昨日あの家行った?」

「ああ、行った行った。Bちゃんには悪いことしちゃったけど」

「んん? 悪いことしちゃったって何? Bちゃんに何かあったの? 私行けなかったけど……」

「それがさ、家の近くまで行って、あそこだねって言ってたら、Bちゃんが急に『怖い怖い』って言い出してさ。」


 Cちゃん曰く、まだ懐中電灯で照らした先に家があるくらいの段階で、Bちゃんが「怖い! すげー怖い!」と騒ぎ始めたのだという。

 Bちゃん以外の2人は、正直まだ何も怖くなかった。

 しかしBちゃんは、「いやー! 怖い、無理無理!」と言って、勝手にどこかへ行きそうになっている。

 車で待つよう勧めたのだが、「待ってるのも嫌だから、タクシーで帰る」と言って、Bちゃんは1人で帰ってしまったのだという。


「……だからあの子、家行ってないんだよ。
 だけど何にそんなに怯えてるのか分かんないんだわ。別に、そんなにその家の話してた訳じゃないのにさ。なんだろう、空気に飲まれたのかな? 
 まあ、とにかく悪いことしちゃったなーって思ってたんだけど、なんかあった?」

(これはヤバいかもな……)
 Aさんは、Cちゃんに直接会って話したいと伝え、Dちゃんも呼び、2人に近くのファミレスで事情を説明することにした。

「昨日、私急に残業になっちゃって、一緒にあの家に行けなかったじゃん。
 で、帰って携帯も見ずに寝ちゃったんだけど、今朝起きたらBちゃんからこんな写真が送られててさ」

 AさんはCちゃんとDちゃんに、その写真が表示されている携帯の画面を見せた。

「『何この写真?』ってメールしたら、Bちゃんから電話でめちゃくちゃ怒られて。言ってること全然分かんなかったんだけど。
 その後こっちから電話しても、繋がんなくなっちゃって……」

 写真を見た2人は、「え? えっえっ?」と怪訝な顔をしている。

「おかしいでしょ? こんな写真送ってきてさ。どこにも家なんか写ってないし……」

 そうAさんが言うと、Dちゃんが口を開いた。

「いや……、Aちゃん。これ、多分あの家の庭だわ」

 Cちゃんも「うん、うん」とうなずいている。

「え? いや待って、Bちゃん、怖くて無理だって言って、家行かないでタクシーで帰ったんでしょ?」

「うん、そうなんだけど、ほらここ見て」

 Dちゃんが指さしたところを見ると、写真の原っぱの中に、少し大きめの丸い石が写っていた。

「これ、この石。私、昨日あの家に行ったときにつまづいちゃったんだ。Cちゃんと2人で笑ったから覚えてんだけど。
 ──ここ、間違いない、あの家の庭だよ」

「え? でもBちゃん途中で帰っちゃったんだよね?」

「うん、帰ったんだけど、ひょっとしたらその後、自分だけで来たのかもしんないじゃん……?」

「ええ……? な、なんで……?」

 3人とも怖くなってきて、昼間のファミレスだったにも関わらず、その場がシーンとなってしまった。

「えーっとさ……、ちょっと話を整理しようか。そういえば、その家ってどんな家だったの?」

 Aさんが尋ねると、Cちゃんの方が口を開いた。
「いや、なんかその……。昔、女の子が……不審者に殺されたって家なんだけどね……」

「えー!?」

「いやいやいや、でもそれ噂だから、あくまで。ねっ? 根も葉もない話かもしれない。あくまで私が聞いた、ネット上の噂だから」

「あれ? それ、Cちゃんが聞いた話なの?」

「うん、そう。私がネットでその話見て、みんなに行こうって言ったんだよ」

「え……? 私、Bちゃんから『私が見つけた』って聞いてたんだけど、話が全然違うな……」

 すると、2人のやり取りを聞いていたDちゃんが、こう提案してきた。

「ちょ、ちょっと気持ち悪いからさ、もう1回行ってみない? あの家……。Cちゃんなら場所分かるでしょ?」

「ま、まあ分かるけど……」


 そんな流れでCちゃんに車を出してもらい、3人でその家に向かうことになった。

 まだ昼間の時間帯とあって、その家の庭に入るとすぐに、ここで写真を撮ったんだろう、という場所が見つかった。

 確かに、Dちゃんが言っていた丸い石が、地面から頭を覗かせている。

「あ、ここだよね。ここにBちゃんと女の子が横たわっていて、誰かが上から撮ったってこと……?」

「えー……?」

「ちょっとね……」


 3人でBちゃんから送られてきた写真を見つつ、話していた時だった。

「ちょっと、ダメだよダメだよ~!」

 外の道路から声を掛けられた。

 見ると、通行人らしきおっちゃんが立っている。
 ジャージを着ていて顔が赤く、典型的な酔っ払いといった出で立ちで、注意してくる声もあまり迫力はない。

「ダメだよ~、お姉ちゃんたち。昼間でもその家はダメだよ~!」

(あ、ここよく肝試しに来る人がいるのかな?)
と思ったAさんは、おっちゃんに話を聞いてみることにした。

「あの、この家って、なんか女の子が……」

「いやいやいや、女の子なんて殺されてないよ、この家じゃ。変質者に殺されたって噂があるけど、殺されてないんだよ。迷惑なんだよ」

 そう否定されてしまい、手掛かりとなるようなことは聞き出せそうにない。
 「すみませんでした」と言って、Aさんたち3人は退散することにした。

 
 仕方なくCちゃんの運転する車で帰路に就いたが、

「でもさ、あの家で女の子が殺されたっていうのが嘘だとしたらさ、写真に写ってた子はなんなんだろうね……?」

「いや……、訳分かんないな……」

と、みんな釈然としないままであった。

 Aさんが自宅に戻った、その日の夜。

 彼女がお風呂に入っている間に、ずっと連絡がつかなかったBちゃんから着信が入っていた。

 急いでかけ直すと、すぐにダイヤル音は切れ、誰かが電話に出た。
 しかし、電話口のBちゃんらしき人は、ずっと無言のままだ。

「あれ、もしもし? ねえ、電話くれたでしょ?」

 Aさんは努めて、いつも通りの声で話しかけた。

「Bちゃん? 電話くれたよね? 何? 聞くよ?」

 諦めずAさんが一方的に話し続けていると、2分ほど経ってようやく、Bちゃんがこう言ってきた。

「ごめんねー」

「なに? 急に謝って……。別に謝らなくてもいいよ」

「今日せっかく会いに来てくれたのに、なんかごめんねー」

「えっ? 何言ってんの? ん?今日? 今日あんたの家なんか行ってな……」

 そう言いかけたところで、Aさんの頭に
(いや、昼に問題の家には行ったな……)
という考えが浮かんだ。

「えっと、あんたの家の、マンションには行ってない……よ?」

 少し探りを入れるような感じで言ってみたが、Bちゃんはほぼ同じことを繰り返す。

「ごめんね、今日せっかく会いに来てくれたのに。ちょっと私、家の奥にいたからさ、出られなくてさ。ごめんね出られなくて」

「んん? なんで出られないの?」

「だってさ、庭が怖いんだよね。

 この家ってさ、

 庭が

 本当に怖いなーッ!」


 ブチッ!! ツーツーツー……

(うおっ!?)

 急に感情を爆発させたBちゃんが、一方的に電話を切ったようだ。

 かけ直しても、やはり繋がらない。

 ──Bちゃんは、錯乱した状態で、あの家にいる。

 そう確信したAさんは、すぐにCちゃんとDちゃんに電話した。

「Bちゃんなんだけど、あの子さ、今あの家の中にいるみたいなんだ!」

「ええーっ!」

「ちょっとおかしくなっちゃってるみたいだからさ、悪いんだけどまた車出してもらえる? 迎えに行かないと!」


 心のどこかで(精神的におかしくなってるだけじゃないかも)とは思いながらも、Aさんは急いで仕度をし、他の2人と合流した。

 すると、「もしかしたらBちゃんを担ぎ出すことになるかもしれないから」と、Dちゃんが男手要員として自分の彼氏を連れてきていた。

 Dちゃんの彼氏は、大学時代にラグビーをやっていたとかで、かなり体が大きい。

 昼間より若干大所帯になった一行は、Cちゃんの運転で再びその家に向かった。


 家に着くと、今度は庭を見ずに、真っ直ぐ玄関へと進む。

 幸い、鍵はかかっていない。

 さあ家の中に入ろう、としたその時。

「フウエアエェエエェ!!」

 奥から誰かが大声で叫ぶ声がした。

「え、Bちゃんなのかな? なんかすごい叫んでない?」

「危ないかもしんないし、俺先に行くわ」

 Dちゃんの彼氏が先頭になって玄関を開けると、やはり2階の方から叫び声が聞こえる。

「フウエアエェエエェ!!」


「ちょっと灯り照らしてくれ! もう俺行くから。なんかあったら、俺が担ぎ出すから! 灯りだけ照らして!」

 4人で階段を上ると、叫び声は2階の一番奥の部屋から発せられているようだ。

「開けるぞ!」

 ドアを開けると、そこは衣装部屋だった。

 左右の壁に衣装箪笥がバァーッと並び、部屋の空間は、ほとんど箪笥だけで埋められている。

 その箪笥と箪笥の間の狭い空間に、Bちゃんはいた。

 Bちゃんはギュッと体育座りをするように膝を抱えて、ずっと

「庭が危ないから!!!」

と叫んでいる。

 叫び過ぎてガラガラの声で、

「庭が危ないから!!!」

と喚くBちゃんの頬を、Dちゃんの彼氏が「おい? おい!」と呼びかけながら軽く叩く。

 Aさんたちも近寄って、肩を揺さぶったりすると、Bちゃんは大分正気に戻ってきた。

「ふえっ、へっ、へ?」

「いや、私たちだよ、私たちだよ。前に会ったでしょ、彼氏の○○」

 そう言っていると、Bちゃんの顔つきがいつもの感じに戻ってきた。

 落ち着いている今のうちに外に連れ出そうか、とDちゃんの彼氏と話していたときだった。


「え、でも、みんなよく家の中入ってこれたね」

 Bちゃんが、ごく普通の声音で、そう言ってきた。

「みんな、庭があんなに怖いのに、よく入れたね」

「えっ?」

「だって今、庭めちゃめちゃ怖いでしょ?」

 いつものBちゃんと変わらない表情で、声で、そう言ってくるのが、余計に怖い。

「いや、別に庭は……」

「いやいや、ヤバいよ。今庭、いるもん。」

「庭なんか誰も……。チラッて見ただけだけど誰もいなかったよ? 誰かいたら分かるよ、玄関のところでちょっと話したりしてたから。庭、誰もいないよ」

「いや、庭いるよ! すっごい怖いことが……。今が一番怖い、この時間帯がいっちばん怖い!」

「そんなことないよ、今誰もいないよ」


 Bちゃんと他のみんなで押し問答をしていた時だった。

 Aさんの背中側、部屋のドアの方から、フゥーっと風が吹いてきた。

「えっ?」

 みんなでそちらに目を向けると、開けっ放しにしていたその部屋のドアから、廊下を挟んで向かいにある部屋が目に入った。

 この部屋に入った時には、確かに向かいの部屋のドアは開いていなかったはずだった。

 しかし、今は開いている。

 子供部屋のようだった。

 正面に窓があり、窓にくっつけるように勉強机が置かれている。

 その勉強机から、女の子が窓を開けて、外へ身を乗り出していた。

 女の子の上半身は、通常ではありえないほど──外に落っこちていないのがおかしいくらいに、急角度に傾いている。

「うわあーっ!」

「うわっ! えっ!? こんな奴いなかったよ……!」

 Aさんたちは騒然となったが、彼女たちがまるでいないかのように、女の子は身を乗り出したまま、窓の外──つまり庭に向かって、何事かを話しかけている。

「えーとね、えーとね、もうすこしね、口半開きにしてみて。目は開けないでいい、目は開けないでいい。手は組んだままでいい。あーそれっぽい、それっぽい!」

 カシャッ!


 それから起きたことに関しては、Aさんたちの記憶は曖昧だという。

 気が付いた時には、5人は家の外にいた。

 Bちゃんは、Dちゃんの彼氏がなんとか抱えて連れ出したらしい。

 どうやら途中でパニックになって誰かが階段から落ちたようで、肘やら膝やらは擦りむいたり、アザが出来たりしている。


 ほうほうの体で、なんとか車を停めた場所まで逃げてくることができた。

「ちょっと、ちょっとヤバいって……。」

「いや、あの向かいの部屋、絶対ドア開いてなかったし。何?あの身を乗り出してた奴……。カシャッて音したしさ……」

 Ⅾちゃんの彼氏には、写真のことは話していない。
 だから、彼は単純に変な奴がいたことに怖がっているだけだが、Aさんたちはもっと怖い。

 ましてやずっとあの家にいたBちゃんは、恐怖を通り越して茫然自失になっている。

「ちょっとBちゃん、大丈夫?」

 5人は恐怖と混乱で、帰るどころではない。

 するとそこに、「あれ~?」という呑気な声が聞こえた。

 見ると、昼に声をかけてきた、あの酔っ払いのおっちゃんがいる。

 今度は奥さんと一緒で、コンビニに行った帰りらしく、ガサガサとレジ袋を下げていた。

「あれ、昼間もいた子たちじゃん。何してんの?」

 おっちゃんがそう言うと、奥さんは驚いたようだった。

「ええ? ダメだよこんなとこ夜来ちゃ! ここ人死んでんだから!」

「え?」

 Aさんは思わず、おっちゃんに向かって問い詰めた。
「いやいや、女の子なんか死んでないって言ってたじゃないですか……!」

 するとおっちゃんは真顔で、こうのたまった。
「あ、女の子は殺されてないよ、うん。
 ただ中年女性の姉妹が住んでてね、中で自殺してるけど、女の子は殺されてない」

「え? 中年女性……の姉妹……が、じ、自殺してるんですか……?」

「ああ、うん。なんだ知らなかったの?あんたら。この辺の人はみんな知ってんだけどね。
 2階の部屋から1人が落ちて死んでね、落ちたのか落とされたのか分かんないんだけど。もう1人は2階で死んでんだよね」

 奥さんがそう言うと、おっちゃんは「こんなとこもう来ちゃダメだよぉ」とダメ押しして、一緒に帰っていった。

「ええ……。あの家、やっぱり人死んでんじゃねえか……」

 暗澹とした気持ちで、一行はどうにか帰宅した。


 後日。

 あの家にずっといたBちゃんは、やはり精神的に少しおかしくなってしまい、親元に帰ることになったという。

 それから少し経ったころ。

 Aさんは、たまたま会ったDちゃんの彼氏から、こんな話を聞いた。

 彼は当時、あの家の2階でみんながパニックになっている中、
(自分がこの場をなんとかしなきゃ)
と、どうにかBちゃんを抱えあげて必死に階段を降りていった。

 その時、彼は違和感を覚えた。
 ──なぜか、Bちゃんが持ちにくい。そう思ったのだという。

 後から考えると、Bちゃんはあの時、自分のものではない、サイズが合っていない服を着ていたんだ、ということに思い至った。

「……Bちゃん細かったけど、あの時あの子さ、衣装箪笥の中にあった、あの家に住んでた人の服を着てたんだよ」

 今じゃBちゃんも親元で落ち着いてやってるらしいから、いいんだけどね。

 Dちゃんの彼氏は、そのように語った、という。


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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。

文章中の名前はすべて仮名です。

出典:禍話X 第十七夜 より、「庭の家」(50:30ごろから)

※ タイトルはドントさんによるものです。


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ヘッダー画像はイメージです。「みんなのフォトギャラリー」より、こちらの作品をお借りしました。


☆☆☆☆☆かぁなっきさん、お誕生日おめでとうございます!☆☆☆☆☆