禍話リライト「人足りの葬式」

 頼まれて葬式に行くとろくなことがない。そんな話である。

 Nさんは既に独り立ちをしていたが、独身で実家の近くに住んでいたため、ちょくちょく親元に顔を出していた。

 その日もNさんは実家に帰っていたのだが、両親から「悪いんだけど、今度お葬式に行ってもらえないかな」と頼まれたのだという。

「えっ、誰か亡くなったの?」と聞くと、遠い親戚のおじさんの名前を出された。Nさんの記憶では、子どものときに2、3回会ったかどうか、くらいの間柄だ。

「その人のお葬式、なんで行かなきゃいけないの?」
「それはその……、ほら人手がさ、足りないと困るじゃない」

 なにか誤魔化されている感じがある。

 両親は既に仕事を定年退職しており、自分たちで行ってもいいはずだ。なのに息子の自分に頼むということは、昔その家といざこざがあったのかな、とNさんは推測した。

 そうは言っても、葬式には顔を出さないわけにはいかないのだろう。

(何も知らない自分が行って、さっさと済ませた方が都合がいいのかもな)

 日程を確認すると、友引が重なるため葬儀があるのは2日後だという。その日はたまたま仕事が休みだったので、Nさんは「いいよ、別に」と快諾した。

 ところが、行く前から両親が何度も「ごめん、ごめん」と謝ってくる。ガソリン代も多めに出してくれた。

(そこまで気を遣う人たちじゃないのに、おかしいな)

 そう思いながら、Nさんは自分の車でその親戚の家に向かった。


 Nさんがその家に行くのは、それが初めてだった。車を目的地へと走らせると、どんどんと山奥に入っていく。やがて山が開けて、集落が現れた。その中のかなり立派な日本家屋が、亡くなった親戚の家だ。

 戸口で名乗ると、「どうぞどうぞ」と親戚の家族に出迎えられた。

 まだ葬儀までは時間がある。Nさんは他の親戚ともあまり面識はなく、手持ちぶさたであった。なんとなくその家の庭を眺めやっていると、使用人のおばさんたちが、なぜか大量の線香を焚いて、庭に煙を充満させている。

 この地域独特の葬式の風習なのだろうと思い、Nさんは特に気にかけなかったという。

 お昼くらいになってお坊さんも到着し、そろそろ葬儀が始まる頃合いになった。待機していた他の親戚たちも仏間へ移動し始めたので、Nさんもそれに続いた。

 廊下を真っ直ぐ進んで、突き当たりのガラス戸を開けた先に仏間があるはずだ。廊下の右手には、庭を見渡す大きな掃き出し窓が続いている。その窓のカーテンを、さっきのおばさんたちがシャッ、シャッと次々に閉めていく。

 元々大きな窓が並ぶ開放的な空間だっただけに、カーテンがすべて閉じられるとかなり圧迫感があった。

 なんでわざわざカーテンを閉めるんだろう、と違和感を抱きつつも、仏間のガラス戸を開けて入った。

 仏間には座布団が並べられている。亡くなったおじさんと大した付き合いがなかったNさんは気後れし、一番出入り口に近い座布団に座った。その時にNさんはまた変なことに気がついた。

 座布団が、既にここに来ている人の数しか用意されていないのだ。

(普通、こういうときの座布団って、急にお客が来たときのために多目に用意されてるよな……。これ以上来る人が絶対に増えないってこと?)

 Nさんは少し気持ち悪く感じたという。

 葬儀が始まったところで、どうやら家の人の不手際で、必要なものが用意されていなかったらしい。仏間にいるうちの誰かが、台所からそれを取りにいかないといけない状況になった。

 親戚連中はみんなお互いの顔をチラチラ見回して、誰か行ってくれないかな、と目で訴えかけている。

 Nさんは、この中では一番外様の人間であったので、気を遣って「俺行きますよ」と言って腰を上げた。

 それを見た他の親戚たちは、なぜか大げさなくらいほっとしてる。(はー、よかったー)という心の声が聞こえてくるようだった。

(なんかいちいち気持ちが悪いな、終わったらすぐ帰ろう)

 そう決意し、ガラス戸を開けて廊下へ出ると、

 カランカラン

という音が庭から聞こえた。カーテンが閉められていたため詳細は分からなかったが、桶か何かを蹴飛ばしたような音だった。

(庭に使用人の人が出てるのかも、さっきあんなに線香焚いてたのに煙臭くないのかな)

 そう思いながらも台所に進み、頼まれていた物を見つけて戻ろうとしたときだった。

 台所の小窓から、喪服を着た女性が庭を歩いているところが見えた。

(あれっ? 人数分しか座布団はなかったから、来る予定の人じゃないんだろうけど…… でもなんで庭にいるんだ? 玄関から入ってくればいいのに)

 もう少し注意を向けてみると、その人は小刻みに震えていた。痙攣しているようにも見える。

(あの人大丈夫かな? 亡くなったおじさんと近しい人で、悲しみのあまり庭に出ちゃったのかもしれないな)

 ひとまずNさんは仏間に戻って、家の人に取ってきた物を渡し、元の座布団に座った。

 仏間ではお坊さんが念仏を唱えているが、Nさんはさっきの女性のことが気になっていた。

 そこで、隣に座っていた一番年齢が近そうな人に「今、庭に人がいたんですけど……」と小声で聞いてみた。

 しかし、その人は何も答えてくれず、目を閉じて首を何度も横に振っている。

(えっ、えっ何どういうこと?)

 Nさんは小声で話したのに周りにも聞こえていたようで、他の人たちも手首の数珠をしっかりと握りなおしている。

(なんなんだこの家……?)

 Nさんの困惑をよそに、お坊さんの読経が終わり、場はお焼香へと移った。

 親戚たちが順番にお焼香を上げている中、急に仏間のガラス戸がカタカタ、カタカタと鳴り始めた。

 Nさんが気になって振り返ると、どうやら廊下のガラス戸が少し開いていて、そこから来たすきま風が仏間のガラス戸を鳴らしているらしい。

(さっきしっかり閉めたはずなのにな)

 まだお葬式中だし、うるさいのはよくないだろう。Nさんにはまだお焼香の順番が回っていなかったので、廊下に様子を見に行った。

 廊下の窓の一つが開いていて、カーテンがふわふわそよいでいる。

 さっきは確かに閉まっていたのに、と思いながらも閉めようとしたが、サッシが歪んでいるのか簡単にはいかない。体重をかけると、ガタンと音を立てて閉まった。

(開けるときもこんな音がしただろうに、しなかったよな)

 不可解に思いつつ、仏間に戻ろうと廊下の突き当りのガラス戸を開けた。

 すると、仏間の前に使用人のおばさんが立っている。

 おばさんは何も言わずに、こちらをじーと見てくる。

 Nさんは葬儀中に席を立ったことを咎められているのかと思い、「あ、今窓が開いてたので閉めてきたんです」と訳を説明したが、おばさんは「あー……」とため息混じりに首を横に振るだけだ。

(俺がなんかすると、みんな首を横に振ってくるな。別に悪いことしてないのにな……。)

 早くこの変な家から帰りたい、そう思いながらNさんは仏間のガラス戸を開けたときだった。

 今度は全然知らない女が、Nさんの座布団に座っている。

 女は小刻みに震えていた。先ほど庭先にいた人のようだ。

 Nさんが廊下に出ていたときには、ここのガラス戸を開ける音は聞こえなかったはずだ。

(この女、いつの間に入ったんだ?)

 困惑したNさんは思わず後じさったが、女からは目を離すことができなかった。

 女は、ただ震えているのではない。笑っているのだ。

 ゲラゲラと身を揺らして大笑いしているのに、声は出ていない。そこだけ音が消えてるようだったという。

 周りの親戚たちを見ると、みんなその女から顔を背けて、恐怖のあまり下を向いて震えている。

(この女はやべえものなの? 俺が窓閉めてる間に入って来ちゃったのかな、え、どうすべき?)

 逡巡していると、先程Nさんが話しかけた人が耐えきれなくなったように笑いだした。

 アッハッハッハッハッ

 それを皮切りに、他の人たちも一斉に笑い声を上げる。

 ””アッハッハッハッハッ””

 みなが震えていたのは、恐怖ゆえではなく、笑いを堪えていたからだったのだ。それに気づいたNさんは慄然とした。

 その笑い方も、楽しさから笑っているのではなく、例えるなら下手な演劇や狂言で、無理やり笑っている感じだったという。

 恐怖のあまり固まっていると、とうとうお坊さんまでもが笑いだした。

 ““”アッハッハッハッハッハッ”””

 何人もの笑い声が、仏間にこだまする。

 そこでNさんはようやく仏間から逃げ出す決心がついた。


 しかし、仏間の前にはあの使用人風のおばさんが立ちはだかっている。

「ちょっとねえ! これなんなんですか?!」
 Nさんが耐えきれずそう聞いても、おばさんはボソッと、
逃げられねえもんから逃げられねえんですね
などとよく分からないことしか教えてくれない。

 その言い方も怖く、Nさんはもういっぱいいっぱいだった。

「これで失礼します!!」
 そう言い捨てて、車でその家を後にした。


 その家から離れるにつれ、Nさんはだんだんと落ち着きを取り戻した。

 よく考えるとお焼香もせずに葬儀から逃げ出してしまっている。両親に怒られるかもな、と思うと気が重かった。

「ただいまー」
Nさんが帰宅すると、

「おかえり。今ね、向こうの家から電話があって、今日は来てくれてありがとうってさ」
と母親から伝えられ、Nさんはまたゾッとしたという。

 怒られてもいいや、と思ったNさんは、その葬儀で起こったことの顛末を話した。

「あの女は何なの? なんで葬式中に笑うの?」と聞くと、
「あーやっぱり来ちゃったか……。昔、あの家はちょっと前まで変な宗教に入っててね……」
 そう母親が話し出した。

 韓国には「泣き女」という風習がある。その逆の、お葬式で声を上げて笑う「笑い女」とでもいうべき女性が、その宗教の中心人物にいた。

 信者の人が亡くなると、葬儀にその女性がやってきて、アッハッハッと大声で笑うのだ。

 亡くなった人の家族も、最初は葬儀の場で笑うことに抵抗があったが、試しに真似をして笑ってみると、その女性に『よかったよかった、これで浄化された』と言われるので、次第に広まっていったらしい。

「でも、その宗教ちょっとおかしくなっちゃって、人死にが出たとかでおじさんの前の代でやめたはずなんだけどね……」
 と父親も言葉を続ける。

 その女の人はもう亡くなっており、それに伴って宗教自体も空中分解したという。にも関わらず、かつての関係者の葬式があると、その「笑い女」が来ることがあるのだそうだ。

「みんなその人が来るのが怖いから、おまじないで線香焚いたり塩置いたりするんだけど、来ないときもあれば来るときもあるんだってさ。今回は来たんだねー、やだなー」

 そう言う両親から、Nさんはまた三万円ほどもらった、という。



怖い話をするツイキャス、「禍話」の過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。

THE禍話 第9夜より「人足りの葬式」
https://twitcasting.tv/magabanasi/movie/567860024
(50:00ごろから)