禍話リライト「ともだち」

 ただでゲームができるからって、親しくもない友達の家に行くと、ろくでもないことが起きるよ、とDさんという人が話してくれた体験である。
 
 Dさんが小学生だったころは、「あいつんち、○○ってゲームあるんだぜ」なんて理由で、それほど仲が良くない子の家にも遊びに行ったものだったという。
 
 Eくんという、Dさんのクラスメイトの家は、まさにそんな理由でよく押しかけられていたそうだ。
 
 Eくんは当時にしては珍しく塾に通っていて、頭のよい、大人びた感じの子だったが、周りの連中を小馬鹿にすることも多かった。
 しかしお金持ちの彼の家は、最新のゲームが一通り揃っていて、クラスの男子の羨望の的であった。
 みんなEくんにバカにされながらも、最新のゲーム目当てに彼の家によく遊びに行っていたという。
 だがそんな連中も、彼があまりにも上から目線な態度で接してくることにだんだんと嫌気がさして、よほどのことがない限りEくんの家には行かなくなってしまったそうだ。


 そんなある日のこと。
 
 この話をしてくれたDさんは、小学生のときは少し太っていてコロコロとした体形だったという。そのルックスの親しみやすさからか好かれやすく、放課後は毎日のように誰かしらに誘われて遊びに行っていた。

 しかし、その日の放課後はたまたま誰にも誘われず、Dさんは教室に残っていた。彼は当時、小学4年生か5年生だったが、そんなことは初めてだったという。
 普段ならいろんなグループの子といっしょにワイワイ帰るのに、なんとなくタイミングを逃してしまったようだった。

(あれ? まあこんな日もあるんだな。まあ帰ろ帰ろ)
 そう思ったときだった。
 
「ねぇ」
 例の、ゲームをたくさん持っているEくんに声をかけられたのだという。

「これから空いてる?」とEくんは言葉を続ける。
 その日は土曜日だった。普通ならば午後に何かしら遊ぶ予定があったが、たまたま不思議と空いていた。
 
「うん、今日は何もないよ」とDさんは答えた。

「ちょっと俺んち来てくんないかな? 相談したいことがあるんだけど……」

 そう言うEくんは、どことなく寂しげだった。ちょうど遊ぶ予定もなかったところだし、Dさんは彼の誘いに乗ることにした。

「おお、いいよ。こんな…… “デブリンの壁” でよければ!」
 
 Dさんはその体形を活かし、サッカーのゴールキーパーとして鉄壁の守りを誇っていたため、「ベルリンの壁」をもじって「デブリンの壁」という愛称で呼ばれていたそうだ。
 彼のそんな自虐的なギャグでハハハ……と笑いながら、2人はEくんの家に向かったという。
 
 彼の家は、山を切り崩して作った団地の中腹にある。登り坂を歩きつつ、DさんはEくんに事情を聞くことにした。
 
「相談って、どういうことなん?」
「うーん、最近うちのお母さんがレジ打ちを始めてさ、両親が共働きになったんだよ」
「おお、そうなんだ」
「だから、家帰るとちょっと一人になることが増えたんだよね。この2、3ヶ月なんだけど」
「ああー、そうだったんだ。鍵っ子みたいな?」
「そう。それで、お母さんが帰ってくるの8時くらいでさ」
「じゃあ結構さみしいねぇ。家に一人っきりじゃ」

 Dさんも彼の家に行ったことがあったので知っていたが、Eくんには兄弟はいなかった。
 
(だだっ広い家で一人っきりって結構きついよな……。寂しくて俺のこと呼んだのかもな。ちょっとがんばって盛り上げてやるか)
 内心そう思っていたが、Eくんの話は思わぬ方向に向かった。
 
「それがさ、俺の家、俺一人なんだけど、誰かいるんだよ」
 
(んん? 頭いいやつなのに何言ってるのか全然分かんないな……?)
 
 Dさんが正直に「ちょっとよく分かんない」と伝えると、Eくんはこんな話をした。
 
「いや、俺が2階の自分の部屋でゲームとかしてると、絶対下に人がいる感じの音がするんだよ。“ギシ、ギシ、ギシ” みたいな……。“ギシ” くらいなら家鳴りかなって思うんだけど」
「ええ? それ、不法侵入とかじゃないの?」
「いや、Dくん知ってると思うけど、うち鍵とかちゃんとしてるしさ」
「そういやそうだったよな……」
「1階に降りて、台所でカルピスとか作って飲んでても、2階の部屋のドアが “キィー、バタン” って閉まる音もするし……。」
「えっ? 風じゃなくて?」
「風じゃないんだよ、窓開いてないし。どうも人がいるらしいんだ」
「人……? ええ……?」
 
「人じゃなかったら、オバケとかだよな?」

 普段の友達が「オバケ」なんて言い出したら笑ってしまいそうだったが、Eくんみたいに頭がいいやつが言うとなんだか信憑性があるように思えてきた。
 
「オバケ……なのかな? それ、お父さんとかお母さんには言ったの?」
「いや、言っても信じてくれないよね。証拠がないから」

(あ、そこは現実的な考え方するんだ)
と感心していると、Eくんは
「だから悪いけど、ちょっと証人になってくれねえか」
と切り出してきた。

 なんか嫌な役回りが自分に来たな、と思いつつ、Dさんは「どういうこと?」と聞いてみた。
 
 どうやら、誰かの気配がする時間帯は夕方の4時から6時の間までと決まっているのだという。
 
「それより前に俺んち来てさ、俺は2階の自分の部屋にいるから、Dくんは1階に隠れててくれよ。人が来てるなら分かるし、オバケなら2人で言えば、少しは親も動くと思うんだ」
「あー、なるほどね……」
 
 口ではそう言いながらも、
(どっちにしても、鉢合わせするの俺じゃん……)
という考えがDさんの頭から離れない。
 
 ちょうどその時、2人はEくんの家に着いた。
 家に上がって、Eくんはおいしいものをいろいろ出してくれたが、Dさんには味がしない。

 不安のあまり、食べながら途中でEくんにこう言ったという。
 
「あのさ、オバケだったとして、それ見るの俺じゃん……。変質者だったら、襲われるのもさ、お、俺じゃん……?」
「大丈夫だよ、すぐに俺も駆けつけるから。見た瞬間『うわぁー!』って大声出してくれれば、待機してる部屋からバットとか持ってすぐ行くからさ。ほら、Dくんにもこれ貸すよ」
 
 そう言ってEくんが渡してきたのは、当時は珍しいスタンガンだった。
 
(えっ、これ子どもが持ってちゃダメなやつじゃ……)
 引いているDさんをよそに、
「これがあれば、たぶんオバケでも大丈夫だから」
とEくんは自信ありげだ。
 
(これを持ってることが大丈夫じゃないけどな……)
 そうDさんは心の中で突っ込みつつも、その場では
「ま、まあ大丈夫か」
と納得してしまったという。

 Eくんが出してくれたおいしいプリンやらピザやらを食べていると、だんだんその時間が迫ってきた。
 
「じゃあ、隠れる場所なんだけど」
 Eくんが案内してくれたのは、台所にある、梅酒などが保管できそうな小さな収納庫だった。ちょうどDさんがすっぽり入れるくらいのサイズだ。

「ここに隠れてて。何かあったら扉を蹴りあげると開くから。俺は2階でゲームしてるふりして待機してるよ」

 そう言うEくんはなぜか野球の審判みたいな格好になっている。Dさんの持っているスタンガンとは対照的に、随分間抜けな武装だ。

 Dさんはこれで勝てるのかなあ、とかなり不安だったが、 
(まあ、今まで特に危害がないってことは、気弱な変質者とかオバケかもしれないし)
と思うことにした。
 
「じゃあ、もう時間になるから」
とEくんが言う。
 Dさんがその収納庫に隠れて扉を閉めると、それを見届けたEくんが2階へと上がっていく音が聞こえた。

 収納庫の中は真っ暗だった。
 最初は緊張していたが、しばらく経っても何の物音もせず、徐々に緊張がほどけていった。

(何も起きないじゃん……。せめてゲームでも漫画でも借りてくればよかったな。真っ暗だしさ……)
 じっとしていると寝てしまいそうだったので、Dさんはずっととりとめのないことを考えていたという。
 すると、だんだんとEくんの言動の不自然さに思い至るようになった。
 
(なんかおかしいよな……。
 あんなに頭いいやつなのに、こんなスタンガンとか用意するんだったら、防犯カメラとか買って置いといた方が早いじゃん。俺みたいな子どもを証人にしなくても、そっちの方が一発で説得できるのに……。   
 それに、人を呼ぶにしたって、もうちょい大人にするべきじゃねぇかな? スタンガン持ってるったって、棒かなんかで手を払われたら終わりだし……。
 ……あれ? 俺、だまされたのかなあ?)

 そこまで考えが及んでしまうと、この真っ暗な収納庫にじっとしているのが耐えがたくなってきた。
 Dさんはその収納庫の扉をそうっと開け、物音を立てないように慎重に外に出てみた。Dさんは自身の体形で、これほど静かに動けるとは思ってもみなかったという。

(あんな暗いところにじっとしてるのやだよ……。絶対何も起きないでしょ……)

 Dさんは抜き足差し足でその場から離れて、台所に座った。 

 どうやら2階のEくんは、Dさんが隠れ場所を出たことに気づいていないようだった。頭上の彼の部屋のあたりから、ゲームを起動する音が聞こえてきた。
 
(なんだゲームはやってるんだ……。じゃあ、あいつは本当に待機してるのかな?)
 皆があんまり構ってくれないから、Eくんはちょっとおかしくなってしまったのかもしれない。Dさんは彼のことがかわいそうに思えてきた。

 長く待機していたため、Dさんは喉が渇いていた。
 スタンガンはその場に置いて、足音を忍ばせて冷蔵庫まで移動し、音を立てないようにしてコップに麦茶を注いだ。
 またも(俺、こんな風に静かに動くこともできたんだな)と感動しながら麦茶を飲んだ、その瞬間だった。

 突然、大勢の人の気配が彼を襲った。例えていうなら、満員のエレベーターのドアが開いて “ザッ” と人が現れたときのように、急に人がそこに存在しはじめた、そんな感覚だった。 

 人の気配は、2階のEくんの部屋から感じられる。5、6人どころではなく、10人か15人以上は絶対にいる。

(えっ?)

 Dさんが戸惑っていると、

    ザワザワザワザワ…… 
 
2階の部屋から、話し声までしてきた。

(ええ……? 俺、おかしくなったのか?)

 冷静さを保とうと努めつつ、麦茶のコップを置いて、足音を立てずに玄関に向かった。が、そこでもDさんは目を疑った。

 玄関の三和土に、大量の上履きがあったのだ。

 バラバラに脱ぎ捨てられていたので定かではないが、ちょうど10足か15足くらいだ。
 上履きはどれも長く洗われていないようでかなり汚れがたまっている。小学校の下駄箱のような臭いがあたりに漂っていた。

 玄関から目の前にある階段にかけても、汗くさい空気が充満している。

(うっえ……、来たときはこんなんじゃなかったよ……)

 Eくんの部屋の中はここからは見えないが、

    ガヤガヤガヤ……

と、大勢で何かを話している気配がする。

(話と違うじゃん、めちゃめちゃ人いるじゃん……! しかも1階じゃなくてそっちに行ってるって……、どうなってんの?)

 そっと耳を澄ましていると、その部屋にいる15人くらいの人のうちの誰かが、部屋の主のEくんに話しかけて、部屋じゅうでドッと盛り上がっているのが分かった。
 
(うえ……、なんか普通に盛り上がってるし……。Eくん怖がってないのかよ、なんなんだよ……。) 

 そのとき、Eくんの部屋のドア近くにいる奴が声を張って何かを言った。
 そこで初めてはっきりと、部屋の中の人の言葉がDさんの耳に届いた。
 
  「そろそろ、下にいるやつも呼んだらどうだ?」
 
(うわっ!)

 自分がだまされているという直観は正しかったが、自分には想像もつかないベクトルでだまされているらしい。

 そう確信したDさんは、この家から出ることを決意した。しかし、目の前の、上履きが大量にある玄関には足を踏み入れたくなかった。

 幸い、中庭に面した窓から外に出られるようだった。音を立てずに窓ガラスを開け、そぉっと外に出て、静かに閉めた。
 
 その瞬間。

   ドッドッドッドッ
 
 2階から5、6人の人が階段を降りてくる足音がした。
 
(うわっ!)

 Dさんは靴下のままの足で必死に駆け出した。100メートルくらい逃げたところで後ろを振り返ると、遠くにまだその家が見える。
 
 すると、2階のEくんの部屋の、カーテンの開いた窓に、人がギュウギュウに詰まっているのが目に入った。

 普通に人が立っていたらあり得ないような、窓の上の方にも人の顔がある。
 
 そして、パンパンに詰まったその人たち全員が、Dさんに手を振った。

(うわァー!!)

 そこまで目撃したDさんは、以降は決して振り返らずに逃げ帰った。


 帰宅すると、靴を履いていないことを母親に見咎められた。Dさんは「靴は学校に忘れた」と苦しまぎれの言い訳をして、その場をしのいだ。
 
(明日は日曜だし、Eくんのご両親もいるかもしれないし、靴だけは取りに行こうかな、でも怖いな)
 
 Eくんの家であったことがあまりに怖すぎて、Dさんは誰にも言えないまま、眠れぬ夜を過ごした。
 

 翌朝。
 Dさんが朝ごはんを食べていると、玄関から「なんじゃこりゃ?」とお父さんの声がした。
 出てきて見てみると、Eくんの家で脱いできた自分の靴が、玄関先に置かれていた。昨日よりも、明らかに泥水にまみれて汚れている。
 
「お前昨日どこ行ってたんだよ? 下水かなんかに落ちて、恥ずかしくて言えなかったのか?」
 そう家族に笑われたDさんは、
「そ、そうそう、そうなんだよ! だから新しい靴買って!」
とおねだりして、ごまかしたという。

 月曜日に学校に行っても、Eくんは来ていなかった。
 先生に聞いてみたが「Eか、なんか具合悪いらしいな」と答えるきりで、先生自身もよく分からないようだった。
 
 それから、DさんはEくんの姿を見ることはなかった。しかし、彼が死んだ、という話もついぞ聞かないそうだ。

 
 Eくんは、今もあの “ともだち” と一緒にいるのかな。

 Dさんはそう考えている、という。


 
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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。 

禍話スペシャル① より、「ともだち」
(1:34:34ごろから)

▼「禍話」さんのツイキャス 過去の放送回はこちら
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▼有志の方が、過去配信分のタイトル等をまとめてくださっているページ
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