
禍話リライト「遺骸の儀式」
その家がどこにあるのか、地方でさえも絶対に明かさないで欲しい。
そんな条件で聞かせてもらった話だ。
山本さんは都会の会社に就職してから、そこで出会った女の子と付き合うことになった。かわいくて気立てもよく、まさに理想の彼女だった。
付き合ってしばらく経ったころ、彼女の方から誘いがあり、泊まり掛けで彼女の実家に挨拶に行くことになった。
その時点でもう有頂天だった山本さんであったが、しかも彼女の実家はかなりのお金持ちだった。
彼女自身は普段質素な暮らしをしていたので、実家にお邪魔するまで全く気がつかなかったという。
(こんなかわいい子が、性格も良くて気も利いてて、しかも実家金持ちって……。俺は三国一の幸せ者じゃん!)
しかし残念ながら、山本さんの期待はこの後大きく外れることになる。
彼女の実家は金持ちとは言っても、いわゆる成金のような感じではなく、地元の名士然とした、節度のある家だった。
彼女のお父さんやお母さん、兄妹もみんないい人たちで、お手伝いさんも味のある人たちばかりだ。
出してくれたご飯も美味しいし、みんなから大歓迎される。
今から考えれば、いきなり全員が大歓迎してくれたのには違和感を覚えるべきだった、と山本さんは振り返る。普通なら、娘の恋人が来たら最初は様子をうかがうはずなのだ。
しかし、浮かれて色々見えなくなっていた山本さんは(まあ田舎の人たちってそんなもんかな)とスルーしてしまった。
2日目には家の親戚一同も来て、盛大な宴会が開かれた。この時にはもう2人の結婚はほぼ確定だ、という空気にまでなったという。
様々な地酒が並べられた宴席は、お祝いムードでいっぱいだった。
何かある度に「乾杯!」の声が上がり、酒が勧められる。宴席の主役たる山本さんはその格好の的だった。
その地方の地酒だという苦くてすごく回る濁り酒と、水のような飲み口なのに強い酒とを交互にどんちゃんに注がれて、終わるころにはベロンベロンになっていた。
元々山本さんはお酒に強いたちだったので、それまで酒の飲みすぎで吐いたことはなかったが、このときは(あ、これ吐くな。か、泥のように意識を失うな。これは俺の人生で一番深い酔いかもしれんな)と思うほどだった。
後のことを考えると、どうも親族たちはそれを狙っていた節があったらしい。
宴会は日付をとうに超えてやっとお開きとなった。
酔ってベロベロになった山本さんは、半ば彼女に支えられるようにして自分の部屋に向かう。
ちょうど家の玄関を通り過ぎるときに、やってきた親戚たちが帰り支度をしているところに出くわした。
何故か、親戚たちはお互いに何かを耳打ちしていたという。
辛うじて、
「 “隱カ慕ァ” さんに、見てもらわにゃならんからな」
「素面じゃあ、あかんからの」
という言葉が耳に入った。
(『見てもらわなきゃいけない』?って何?)
危険本能的に感覚が研ぎ澄まされていたのかもしれなかったが、とはいえ酔いのせいで危機管理能力はかなり低下している。
(田舎の人はよく分かんないこと言うなあ)
そう思いながら部屋に入った。
山本さんに用意された部屋は一人部屋であった。
当初は彼女と一緒の部屋でないことを意外に感じたが、(まあ田舎の決まりごとなのかな、別に彼女と実家でイチャイチャする必要ないし)と思うことにしていた。
自室に入る彼女が、すごくすまなそうな顔で「おやすみ」と言ってきたことが気にかかったものの、酔いと眠気が限界に達した彼は泥のように眠りに落ちた。
それから1、2時間ほど経ったころ、つまり夜中の3時か4時くらいにはなっていたという。
「すみませーん」
という声で山本さんは目を覚ました。
声の主は「夜分申し訳ございませんが、」と言葉を続ける。
なんとか体を起こすと、入口の襖の向こうで、誰かが「すみません、すみません」と繰り返しているのが分かった。
山本さんが襖を開けると、そこに立っていたのはこの家のお手伝いさんの男性だった。
宴会のときから見かけていて、昔なら番頭さんと呼ばれていそうな感じの人だな、と感じていたのを思い出した。
「な、なんなんですか?」
「本当に申し訳ないんですけど、来ていただきたいところがございまして」
「え? こんな夜中に……?」
戸惑いつつ一歩部屋の外に出ると、彼女のお父さんお母さんや、さっき帰ったはずの親戚のおじさんたちがずらりと、山本さんを囲うように並んでいる。彼女の姿は見えない。
(えっ何……、怒られるのか……?)
不安になった山本さんが「なっ、何ですか……?」と問うと、彼女のお父さんが口を開いた。
「申し訳ないんだけれど……。この家に新しく来る、血のつながりがない人にお願いしたいことがあって」
「何ですか? あ、重いものでも持つんですか?」
寝ぼけている上に酔っ払ってもいる山本さんは、ついすっとんきょうな受け答えをしてしまう。
「いや、そういうことじゃなくて……。見てもらうだけでいいんですけど」
「えっ何を……?」
誰も彼もその問いには答えないまま、山本さんをどんどん家の奥へと連れて行く。
(あれ? そういえばこっちの方に行くのって初めてかもしれないな)
山本さんはこのときまで気にも留めていなかったが、高台の上に立つこの家の、奥の方はこれまで紹介されていなかったという。
連れて行かれた先は裏庭だった。そこには物置小屋のようなものが建てられている。
彼女のお父さんが再び口を開いた。
「この中に入ると手掘りの細い階段があるので、そこを通って地下室に降りていって欲しいんです」
「へ? 一人でですか?」
「はい……。すみませんけど一人で行っていただいて……。その昔はなかったけど、今は明かりが点くんで」
「はあ……」
「ちょっと家の者はここから中に入れないんで、あとはこの関口から説明します」
「関口」と呼ばれたのは、部屋の前に立っていた、あの番頭さん的な人だった。
確かに、彼女の家族と親戚は物置小屋の方には足を進めようとしない。
あまり状況が飲み込めないまま、山本さんは関口さんと一緒に物置小屋に入った。
「すみませんね」
外にいる親戚たちには聞こえないような声量で、関口さんはすまなそうに話しかけてくる。
「何代か前の方が……、その、“函ナ譌・ッ葬”でね……」
山本さんにはその用語がうまく聞き取れなかったのだが、何か特殊なお葬式のことを指す言葉かな、と推測した。
「ああいうのは亡くなる方が自らの意志で山の中で行うものでして……この辺では。誰かが付いていってやるとか、他の人が見るとかは言語道断なんですけど、なんかその……、確かこっそり勝手に猟に行こうとした人が、たまたまそれを見ちゃって。」
「……ぜんぜん言ってること分からないけど、なんかすごい怖いな。」
「それで、見ちゃいけないものを見たみたいな、はい……。で、その、惨死体となって見つかった感じで……。まあ、昭和の初めごろの話なんですけど」
「ざ、惨死体ですか……」
「はい……。でその人、“隱カ慕ァ” さんという人なんですけど、今から行っていただく最後の部屋に、罰としてずっと安置しているんです」
「え……、え? 最後の部屋……?」
「ああ、この先、行き止まりになってて。そこから来た道を戻ってくるだけのシンプルな造りなんです」
「『シンプルな造り』じゃないですよ、関口さん……」
「ほんと階段降りていただけばいいんで。構造状、何回か曲がったりはするんですけど、道なりに進めば大丈夫なんで。
奥に亡骸が置いてあるんで、それを見ていただいて。戻ってきたら私が待ってますんで、ここでずっと。」
「それはそれで関口さん怖いでしょ……」
「で、どんな状況だったか、ていうのを私に耳打ちしていただければそれで済むので」
「関口さん、ちょっと分かんないんだけど、え? 昭和のころの話だったら、遺体なんかとっくに……」
「んんー、最近外側から来た方がいらっしゃらないのでどうなってるか分からないんですけど、私もちょっと、自分の代で初めてだもんで」
「そうなんですか。じゃあ前の代ではしたことがある……?」
「はい。あ、前の代ではちょっと見た後になんか……、精神にその、変調?を来すというかなんというか……」
「えっ、頭おかしくなってるじゃないですか?! だからあんなに飲ませたんですか!?」
「まあ正直、そういうところが……。見ればそれでいい、みたいな」
「それって、誰が言ったんですか?」
「“縺キ翫” の “aサ縺ァ” 様がおっしゃったそうなんです」
また自分の語彙にない単語を言われたが、なんとなく宗教的にえらい人のことなんだろう、と思われた。
「そうしないと奇形になるとか、産まれるとか……」
「関口さん、言ってること全部怖いな……。もう行きますわ、しょうがないな」
これ以上関口さんの話を聞き続けていても怖くなる一方だと考え、山本さんはその地下道を降りて行くことにした。
床下の跳ね上げ扉を開けると、人が一人通れるのがやっとの細さの階段が現れた。
『明かりがある』と言われていたのは、壁づたいに点々と灯るただの豆電球で、ほとんど中を見通すことはできない。
不憫に思ったのか、関口さんはかなり立派な懐中電灯を用意して持たせてくれたため、その光を頼りに進んでいく。それでも、豆電球と懐中電灯の明かりだけでは心許ない暗さだ。
狭く、人が手で掘ったような穴を降りていく。そのうちに、醒めたと思っていた酔いが戻ってきたのか、山本さんはだんだん気持ちが悪くなってきた。
さっき聞かされた話の異様さに気圧されたためか意識まで朦朧としてきて、自分がどこを歩いているのか分からないような感覚になったという。
だから、ここから先のことは、たぶん半分くらい幻覚が混じっているはずだ、そうじゃないとおかしい。と山本さんは言う。
3回ほど角を曲がったときだった。
また曲がるのか、とフッと足元を照らすと、そこに何かが落ちていた。
それは、どう見ても血だらけの肉だった。
山本さん曰く、スーパーの精肉売場にあってもおかしくないくらいビチャビチャの血だらけで、ついさっき切ったような感じだったという。
(ええ?!)
気持ちが悪いので、水溜まりをよけるような感じで血だらけの肉をかわして進む。
(危ねえ危ねえ。関口さんから懐中電灯もらってよかった)
安堵も束の間、角を曲がるとまた肉が落ちている。しかもさっきよりも量が多い。
(うわあ……)
狭い道を、なんとかぎりぎり肉をかわして歩き続けるが、その先も曲がり角ごとに血だらけの肉がグチャグチャと転がっている。
(なにこれ……なにこれ?)
気になった山本さんは、何回目かで屈みこみ、その肉をよく見てみることにした。
懐中電灯で照らしてみると、肉には血だけでなく、何か布の切れ端が付いているように見えた。
(んん? 布? いや違う、服だこれ)
そう気づいたときだった。
うゥゥ~ ゥゥ~
という声が、階段の先、奥から聞こえてきた。
(せ、関口さぁん!)
恐怖が限界に達し、その場にいない関口さんに助けを求めてしまう。
思わず来た道を振り返ると、弱々しい豆電球の明かりだけではほぼ真っ暗で、余計怖くなった。
(怖い…… ええ? なんだ……?)
関口さんのところに戻れるには戻れるだろう。だが、たぶん戻って「見なかった」と言ったらもう一回行かされるだろうし、関口さんはいいとして、外で待ってる親族は何をしてくるか分からない。
(こうなったら行くしかないか……)
うゥゥ~
といううめき声はまだ続いてたが、山本さんは先に進む判断をした。
後から考えたら、この時の判断が冷静すぎた、と彼は語る。普通ならパニックになって逃げればいいところなのに、やだな~と思いながらも前に進んでしまったのは、何かに呼ばれていたのかもしれない、という。
10回目くらいの角を曲がったあたりで、うめき声はぴたりと聞こえなくなった。
(あれ? さっきまでウ~ウ~言ってたのにな、え?)
そう思いつつ奥を懐中電灯で照らすと、その先に壁が映った。行き止まりだ。
(行き止まりか……。あれ? 遺体安置してるって言ってたけど……)
てっきり、「安置している」と言うからには、祭壇やら棺やらがあるものだと想定していたが、何もない。
(あれ~? ないよ? 関口さん、話違うよ……?)
そう思って足元の方を照らすと、壁の右端に何かがあった。
近づくと、赤茶けた白骨遺体が一式、隅の方にグチャっとまとめて置かれていた。
白骨にはクモの巣まで張っている。とても「安置」とは言えそうにない状態だ。
(ええ……? もう訳分かんない。ウ~って声もしないし……。でももう見た、見た。俺は見たぞ。これで戻れる。)
踵を返して、来たときと同じ角を曲がると、
ううゥ~
という声が背後からする。
(うわっ!!)
バッと振り向くと、途端にうめき声は止まる。奥の空間にも変化はなく、さっきと同じように白骨遺体があるだけだ。
(あーもう怖い……)
山本さんはタッタッタと駆け上がるようにして来た道を戻った。
角を曲がる度に肉を踏まないように気を払いつつ、必死に進む。
それからもうめき声は聞こえたが、なんとか入り口までたどり着いた。
関口さんのいるところまで戻ってもまだ、
うゥゥ~
という声は続いている。
関口さんにもずっと聞こえていたようで、前から低かったテンションがさらに下がっている。
「関口さんもこれ、聞こえてますか?」
「き、聞こえてます。あの、入られた直後からずっとしてます」
「えっ、ずっとしてたんですか? 俺は途中から聞こえたんですけど……」
「あ、そうですか。入られて一歩目くらいから聞こえてたんで、度胸ある方だなあ、と」
「いや、途中からしたんですけど……、奥まで見なきゃいけないと思って」
「あの、最後まで行っていただいたんですね」
「あ、はい。最後まで行って……。
あの、ごめんなさい、お話からするとご遺体、安置されてるのかな、って思ったんですけど……。亡骸が、隅の方になんかこう、骨だけになった状態で……言い方悪いけどグチャッと置いてあったんですよ」
「そうですか? ええ……? 前の代から聞いた話だと、丁寧に服を着せて、枕とかちゃんと用意して綺麗に、祭壇みたいにして置いてあったって話なんですけど……。え? そんな隅っこに置いてありました?」
「はい……、クモの巣とかかかってて……」
「はあ、そうなんですね……」
「あ、あともうひとつすみません、途中にあの……、ち、血だらけの肉が落ちてたんですね。あれ、何かその……風習とかで置いたりしてるんですか?」
途端に関口さんの表情が曇った。
「あの~、ここ見ていただくと分かるんですけど、」
関口さんは2人で入ってきた物置小屋のドアの鍵を指差す。
「えっ?」
金属でできているそれは赤茶色に錆びついている。そこに関口さんが油を足しまくって、ようやく開けたのだと一目で分かった。
「ここ、何十年も開けてなくて鍵もサビサビで……。だから中の電球も『あっ点くんだ』と思ってそのまま行ってもらったくらいで。」
「えっ、じゃあ電球が途中で切れるかもしれなかったから懐中電灯渡したんですか?!」
「はい……」
「関口さん、それは先に確認してくださいよ……!」
「いや……。ちょっと入り口近くの電球はいいんですけど、奥までは怖いから……」
「怖いからって関口さん……。でも、とにかくそんな感じでした」
「そうですか……、おかしいな。じゃあ祭壇とかありましたか?」
「祭壇なんか跡形もないですよ」
「そうですか……」
2人で物置小屋を出ると、関口さんは待ち構えていた家族や親戚に何かを伝えている。
山本さんには特に何のフォローもなく、もう部屋に戻りなさい、という空気だったという。
自室に戻った山本さんだったが、もちろん眠れる訳がない。
気持ち悪かったな……、と思いつつ横になっていると、遠くからシクシク泣く声までしてきて、ますます眠れない。
(お化け屋敷かここは!?)
と思ったが、様子を伺いに部屋を出てみると、これは家の女性がほぼ全員泣いている声なのだと分かった。
「もうダメだ、そんなことだったらもうダメだ。この家はおしまいだ」
「山本君と結婚したところで、もうすごい感じで子どもが産まれるに決まってる」
「でも山本君のこと好きなのに、別れなきゃダメかな?」
「それはたぶん別れなきゃダメだ」
などと涙まじりに言う声が聞こえてくる。
(えええ……)
「遺体の状況がそんなんだったってことは、この家に悪いことが起こる前触れなんじゃないか」
との声も上がっていた。
その中で、関口さんがずっと「はい……、はい……」と返事をしている。
(うわ……、やな光景見ちゃったな……)
山本さんは部屋に戻って、眠れないまま夜が明けるのを待った。
翌朝。
全員目の下にクマを作って朝食の席に座る。
山本さんと彼女はこの日に帰る予定だったが、前日までの楽しげな雰囲気が嘘のように、お通夜みたいな暗い食卓だったという。
帰り際、彼女の家族が山本さんに「これからもよろしくね」と、絶対に思ってなさそうなことを言ってくる。
山本さんも「まあ、また来ますんで」と、こちらも心にもないことを言って彼女の実家を後にした。
山本さんの運転する車で帰り道に就く。
ほとんど眠れていないので、かなり危なかっしい運転だ。
道中、助手席の彼女が
「ほんとごめんなさい。イヤな思いばっかりさせて……」
と謝ってきた。
「うーん、まあまあ。正直酒入ってたから、夢か現か俺にも分からないところがあるんだけど、まあ貴重な体験だったかな?」
ちょっとでも雰囲気を明るくしようと、山本さんがそう前向きに言うと、彼女は打ち明けるようにこんな話をしてきた。
「あたしたち家族はね、昔から “隱カ慕ァ” さん、その……惨殺されて安置されてた人がさ、枕元に立ったり家ん中歩いたりしてね、ほんと嫌なんだよね」
「ええ? そうなの……?」
「うん……。害は加えないんだけどね、じーっとこっちを見てるんだよね……。それだけでもう害だよね」
「あ、ああそうなんだ」
「私、地元から出れば大丈夫かと思ったらさ、結構家に一人きりでいるとさ、いきなり普通にいたりするんだよね。トイレから出たりしたときにさ。驚くよね」
「お、おう……」
もうどう受け答えをしたらいいか分からず、山本さんはそれから黙ってしまったという。
彼女を家まで送り届けると、「別れていいよ」と言ってくる。
「いや、まあまあ。そんなこと言うなよ」
と山本さんは答えたが、暗い表情のまま彼女は自宅に入っていった。
それから何日か経ったころ。
山本さんの携帯電話に、全然知らない市外局番から着信があった。なんとなく見覚えがある番号だったため折り返してみると、出たのは関口さんだった。
「あの、山本さんですか? すみません、番号をお聞きして……。
あの、お嬢様から聞いたと思うんですけど、たぶんもうこの家ダメなんで。私ももうちょっとダメなんで、あの……別れた方が、いいと思いますよ。
あなたはまだなんとかなると思うんで、“縺ィ縺ン” の月までに別れた方がいいですよ」
( “縺ィ縺ン” の月って何だよ……?)
電話を切ってそう思ってると、すぐに彼女からも電話がかかってきた。
「関口さんから電話あった?」
「え? あ、う、うん」
「よかった。“縺ィ縺ン” の月までに別れないと、ほんとにちょっと山本くんのところにも “隱カ慕ァ” さんが来るから。ほんとごめん。私のことは忘れてもらって構わないから」
そう言われて、山本さんは彼女と別れることになった。
彼女は独り暮らしで動物も飼っていないのだが、電話口からは何かを引っ掻くような音がずっとしていたという。
それから、彼女は住んでいた部屋を引き払って、実家に戻ってしまった。
友達としてやり直したい、と思って電話しても、使っていた電話も解約していて音信不通になっていた。
共通の友人を頼ろうにも、全員と関係を絶っていたという。
どうしても気になったので、山本さんはそれから何年も経ったときに、その実家の近くに行ってみたのだそうだ。
自分の目が信じられなかったというが、彼女の実家があったところは更地になっていた。
その家は小高い山の上に立っていたのだが、跡地に申し訳程度に植林をして、県の管理地になっていたという。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆
山本さんはその後、別の女性と結婚し、その人にこの話をしたそうだ。
普通の人ならドン引きするはずだが、この奥さんはめちゃめちゃタフな人だった。
「危機一髪だったやんけ!!」
と笑われて終わったのだそうだ。
山本さんは、結婚したのがこの奥さんでよかった、と言う。
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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。
文章中の名前はすべて仮名です。
また、文字化けしている箇所をつなげていじると何かが現れる……かもしれません。
出典:震!禍話 二十四夜 最後は加藤よしき話 より、「遺骸の儀式」(1:44:30ごろから)
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▼「禍話」さんのツイキャス 過去の放送回はこちら
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☆☆☆『早稲田文学』掲載おめでとうございます!!☆☆☆
「プレデター幽霊」のお話がとても良かったです。