禍話リライト「やまのこども」

「山にやばいモノがいる話ってさ、ネットの怪談だと姦姦蛇螺とかヤマノケとか色々あるけど、実際のところどうなんだろうね? 実体験だと聞かないよなあ。やっぱりネット上のフィクションなのかな」
 趣味で怪談を集めているCさんは、たまに友人たちにそうぼやいていた。すると後日、それを聞いていたある人が、
「山にやばいモノがいる話、聞いてきましたよ」と声をかけてきた。
「俺にこの話をしてくれた人、かなり枝葉の部分をぼかしてたんですけど、この話、結構怖いですよ」
 そう言って、こんな話を聞かせてくれた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Mさんという男性の体験した話だという。彼には、小学校で教師をやっているTという友達がいた。

 ある日曜日のことだった。Mさんのもとに、Tさんから電話があった。
「M、悪いんだけどさ、今日これからちょっと付き合ってくれないか? お前今日休みだったよな?」
「おお、いいけどどうした? あー、ひょっとしてあれか? 前みたいに、子どもの野球大会をやるから審判をしてくれとか、そういうやつ? それくらいなら全然いいよ」
「まあちょっと違うけど、ジャンル的にはそういうことかな」
「何だよそれ」
 Mさんは笑ったが、Tさんはえらく沈んだ感じだった。 

 MさんはTさんの勤務する小学校に向かった。到着したが、校庭には誰もいない。Mさんが駆り出されそうなイベントなど、やっていそうもない。
「なあ、なんで俺呼んだんだ? あ、俺電気強いから、パソコンとか直してほしいのか?」
「あーそういうことじゃないんだな。まあ、座れ座れ」
 職員室の適当な椅子に座ると、Tさんはコーヒーを出してくれた。

「いや話っていうのはさ、教え子からちょっと相談受けちゃってな。そいつの友達の、隣の小学校の子のことなんだけど……」
「隣の小学校? 隣って隣の地区の?」
「うん……。その地区から野球クラブに来ている子で、Nっていうんだけど、その子おかしくなっちゃったんだって」
「おかしくなっちゃったって何、いじめ? あ、DV? それとも悪い遊びとか?」
「いや、そういうのじゃないらしいんだけどな……。子どもの間で伝わって伝言ゲームみたいになってるからかもしれないんだけど、もしこの話の通りなら、ちょっと怖すぎて嫌なんだけどさ……」
 そう前置いて、彼が教え子から聞いたという話を始めた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 Tさんの教え子は週に1回、野球クラブの活動に参加している。その日も活動日だったのだが、いつも来ている友達のN君がいなかった。
「あれ、N君来ないの?」
とN君と同じ隣の小学校の子たちに聞いても、みんな「うーん……」と言うだけで話してくれない。

 変だな、と思って詳しく聞こうとしたが、どうやら隣の小学校では、N君の話はタブーになっているようだった。
 N君は、人に暴力を振るうなどのトラブルを起こしたことは一度もない。そんな彼がなぜ1週間でタブーとされるようになってしまったのか。Tさんの教え子は何かを隠されていることに憤りを感じたようだ。隣の小学校の奴らに理由を聞き出そうと詰め寄ったのだという。
「あいつは俺の友達なんだよ、いいライバルなんだよ! あいつの携帯も最近つながんないしよ……。何があったんだよ? 教えろよ!」
 すると、事情を知る数人が話し始めた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 隣の地区には、あまり人が行ってはいけないと言われている小山がある。
 その山は人が入らないため荒れ放題になっているが、登るときちんと草刈りをされた空き地がポカンと現れるのだという。その空き地で遊ぶとなぜかすごく楽しいらしい、という噂が隣の地区の子どもたちの間でまことしやかに伝えられていた。
 ある日、N君たちは、そこに行ってみたのだそうだ。
 上級生から口伝えに教えられた行き方で進むと、薮をかき分けた先に金網が破れて入れるところがあった。そこには確かに、ドッジボールで遊べるくらいの広さの空き地が広がっていた。
 空き地の隅には石碑があった。刻まれている言葉は少し難しかったが、「子供」という漢字が書いてあるのが分かった。
「ここは子ども用の公園ってことなんだよ」
 誰かがそう言って、なんとなく納得してしまった。

 上級生からは「そこで遊ぶときは、夕方の4時までには絶対に帰れ。それまでは楽しいけど、4時を過ぎると怖くなる」という話が伝えられていた。
 まあ山だから夕方は急に暗くなって危ないとか、そういうことなんだろう。みんなそう考えていて、それほど気には留めていなかったという。
 確かに遊んでみると、普段と同じ遊びでもなぜだかすごく楽しく感じた。ここで遊ぶと妙にみんなテンションが高くて、何をやっても楽しい。彼らはちょくちょくその小山の空き地に行くようになっていた。

 いつもは4時になる前に、仕切り役の子が「そろそろ帰ろう」と声をかけるため、4時を過ぎてそこで遊ぶことはなかったそうだ。
 しかし、先週空き地に行ったときは、その仕切り役の子がたまたまいなかった。そこで初めてN君がその場を仕切る役回りになった。

 いつもと違う状況であることもあって、みんなさらにテンションが上がっていて、遊んでいるとすでに4時を回ってしまっていた。
 その場にいた子の誰かが腕時計を見て、「もう4時になっちゃってるよ」と指摘した。しかし、まだ空がオレンジ色になったくらいで、暗くなるまでには時間がありそうだった。

「大丈夫だよ、ここは子どものためのところなんだから。大丈夫、大丈夫!」

 N君がそう豪語した、その時だった。

  ガサガサ、ガサ

  N君の背後の薮から、何かが出てきた。

 逃げ帰った子どもたちの証言なので、細かいことは分からないのだが、自分たちと同じ年くらいの子どもが2人、四つん這いのまま物凄い勢いで飛び出てきたのだという。

 N君はそれに捕まった。

 それを目にしたみんなは、一目散に小山を駆け下りて逃げた。

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 隣の小学校の奴らの話は、そこで終わってしまった。

「……それで、その後どうなったんだよ? 家帰った後も色々あったんだろ?」
 Tさんの教え子はさらに問い詰めた。
「いや、なんかどうしようって思ってN君の家に電話しても出なくてさ……。結局連絡つかないままなんだよ……」
「ええー……」

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

「……ってことがあったらしいんだけど、そいつは小学生でなんともできないから、先生なんとかしてくれって相談されちゃったんだよ」
 とTさんが言う。
「え、今すごい嫌な予感するけど、俺はどうすればいいの?」
「俺、その子の家の住所は聞いたから、そこに行こうかなって思うんだけど、一人で行くのは怖いじゃん……。家の外から様子見てみるだけだから、本当にそれだけでいいから、ちょっと付き合ってくれねえか? な、今度おごるからさ」
「おごるって……。まあまあ、まだ昼間だしな。いいよいいよ」

 MさんたちはTさんの運転で、N君の家へ向かった。隣の地区は団地だった。山を切り崩して作られているからか、あちこちに小山が残っている。カーナビによると、その団地に入った頂上付近がそのN君の家らしい。

 N君の家がある区に入ったころから、2人は異変を感じた。

「これ……もしこれから行こうとしてる家からだったら、やばくねえか?」

 どこかの家が、音量を最大にして、童謡をかけているのだ。あまりに大音量すぎて音が割れていてるが、よくある童謡集のようだった。誰でも耳にしたことのあるような童謡が、その区全体に響き渡っている。

「ええーなにこれ……?」
「ナビ通りに進むと音が大きくなるし、やっぱりその家からなんじゃないか……?」

 Tさんが言う。
「俺が聞くのもなんなんだけどさ、山でそういうことがあったとして、なんでその家族が割れんばかりの大音量で童謡をかけてんだろうなあ?」
「う、うん」
「あとさ、今日日曜日だよな? こんなでっけえ音がしたら苦情がきて止まりそうなもんじゃん? 全ッ然止まんないよな……?」
「うん……」
 Mさんは相づちを打つことしか出来なかった。
 
 音源にどんどん近づくように進むと、教え子から伝えられたN君の家の前まで来てしまった。
 やはりこの大音量の童謡は、この家から流されている。ここまで来て初めて分かったのだが、近隣の家はみなシャッターを下ろしている。この付近だけ封鎖されているような雰囲気だった。
 しかもどの家も駐車場に車がない。この大音量の童謡を、近隣住民はどうしようもないものとして受け入れて、出払っているのだ。
 ある家には、生協か何かの配達人宛に「○日まで戻りません」という旨の貼り紙まで出されている。
 
「○日って1週間は先だぞ……。なにこれ……」
「うわー……、俺こんなこと言いたくないけどさ、これが対処法ってことなんか……?」
「ちょっとこれ絶対この家の周りの人たちおかしくなるよ……。こんな大音量でかかっててさ、しかもこれ、全曲終わってまた最初からエンドレスになってるよ。ちょっとさ、近くに公園とかないの? ちょっと離れて一息つこうや」

 それほど離れていないところに公園が見つかったので、2人は車を下りてベンチに腰かけた。
「まだ聞こえるな……」
「いやー、家の前にいるよりマシだよ」
「日曜の公園なのに全然人いねえな。この区の人、ほとんど出払っちゃってるんじゃねえか……」 
「いやいやダメだろ……」

 Mさんたちは気分を少しでも変えようと、公園内の自動販売機でジュースを買おうとした。
「絶対おかしいだろ、公園にだれ一人いないってさ……、ん?」
 2人は顔を見合わせた。
 誰もいないと思っていたが、近くの公衆トイレからバシャバシャという音が聞こえてきた。先ほどまでは童謡の音が大きすぎて気づかなかったが、トイレの洗面所で誰かが大量に水を出して、何かを洗っているようだ。
 水音は女子トイレの方からしている。2人はこうなったら確かめなきゃ、と妙な義務感でトイレに近づいてみた。

 近くに行くにつれ、水を出す音に混じって
  ワアーーー
と女の人の奇声が聞こえてきた。
 入口のそばまで行くと、洗面所で女性が膝をついているのが見えた。女性は「フアッ」と声を上げながら、水を限界まで出してバシャバシャと両目に当てている。

(えー、なんなの……?)
 2人で呆然と立ち尽くしていると、その女性はキュッキュッと蛇口を閉めて、「ハー……ハー……」と息も絶え絶えに鏡を見ている。

「ええー? なんであの人顔洗ってるんだよ……。こっちはこっちでやばい奴いるし、もうなんなんだよ……」
 Mさんがそう呟くと、Tさんが「こっちくる、こっちくるって」と小突いてきた。
 
 トイレから女性が出てくる。
 その時分かったが、女性ははだしだった。右手を顔の前に出して両目を隠したまま、こちらに向かってくる。
 目を隠して前が見えないはずなのに、足取りは確かだ。女性は歩きながら、何かをブツブツ言っているようだった。
 2人の近くを通り過ぎたとき、その女性が何を言っているのか、Mさんには聞こえてしまった。
 
「なあ、あいつさ、『もう限界もう限界』って言ってるぞ……」

 公園を出た女性の後を目で追っていくと、女性は両目を隠したまま「もう限界もう限界」と呟きながら、童謡を流しているあの家に入っていった。

「うわ、あの人N君のお母さんなんじゃないの……? お母さん『もう限界』言うてたで……」
「もうやだ……。ちょっと今日はもうこの辺にしとこうか……」
 2人とも心にずっしりと重いものを抱えながら、車で帰路に就いた。


 それから数日後。
 Tさんから電話があった。
「この間のやつさ、続きがあるんだよ」
「どういうこと?」
「あの教え子がさ、N君の家の電話番号知ってるわけよ。でもそいつが『おれが何回かけても出ない、小学生が起きてるような時間だと出ないのかもしれない。先生も電話してくれよ』って言うから、朝早くとか夜とかに電話してたんだよ。だけど全然つながんなくてさ。昨日は平日だったから失礼にあたんないかなって思って、夜の10時くらいにかけてみたんだわ」
「お、おう。で、出たの?」
「出たんだこれが……。まだ家の中で童謡かけてるんだわ。だからほとんど電話の声は聞こえないんだけど、多分あのお母さんが出てるんだ。俺が『あのー』とか言っても、『もう限界もう限界』としか言ってくれないんだよ」
「うわー……」
「こっちが何て言っても『もう限界』しか言わないから、もう切ろうと思ったら最後に違うこと言いやがった。『あんなのあたしが産んだ子ともう違う』って……。
 それで俺もう切っちゃったよ。なんなんだろうなあれ。ごめんな、こんなのに付き合わせちゃってな。でも俺も怖くてさ、誰かに言わないとやってらんないよ」
「そりゃそうだろうな……。でもお前、それもう関わんない方がいいぞ。その教え子にもさ、『N君はなんか遠いとこ行っちゃったみたいだよ』とか言った方がいいと思うぞ」


 そんな話をした夜。
 Mさんは独り暮らしをしている部屋で寝ようとしていた。が、Tさんが電話で言っていたことが頭から離れない。
(今、突然童謡とか聞こえたら心臓止まるわ……)
 そんなことを考えながらうとうとしていると、なぜか人の気配を強く感じて目を開けた。しかし、金縛りになっていて体が動かない。 
 目だけは動くので周りを見てみると、ベッドの横の机で、椅子に座って誰かが書き物をしていた。子どもくらいの背丈の人影が、ガリガリと一心不乱に何かを書いている。
(なんなの……。もうやだ……)
 その子どもはガリガリと書きながら、
じぶんたちですまさなければいけないところを、もうしわけございませんでした
と言っている。

(んん? なんでこの子、ちょっとした口の利き方するわけ?)
 そう思うMさんをよそに、子どもは一拍おいて全く同じことを繰り返す。
じぶんたちですまさなければいけないところを、もうしわけございませんでした
 ガリガリと書く音も止まない。
じぶんたちで
 何度も同じ言葉を言われるたびに、Mさんは自分の体温が下がっていく感じがした。
(寒い、怖い)
 そこでMさんは気を失った。

 翌朝。
 目が覚めたMさんは、Tさんに一言言ってやったろうと思い、まだ6時半だったが電話をしようとした。すると、ちょうどTさんの方から電話がかかってきた。
「なあー悪いんだけどさ、」
 そう切り出したTさんの話を聞くと、彼も昨夜、Mさんと全く同じ体験をしたのだという。
「うわ、それ俺のとこにも来たよ」
「えー俺が話したからかな……。ごめんな……」
「お前まで謝るなよ……。怖いわ……」
 

 それからしばらく、Tさんからは連絡がなかったそうだ。Mさんはその間も気になっていたが、こちらからその後どうなったかを聞くのも嫌だった。

 結局、1ヶ月ほど経ったころにTさんに電話をしてみたという。
「おおう」
と電話に出たTさんは、随分元気が戻った感じだった。
「あれからどうなったの?」
「結局、わけわかんないんだけどな……。隣の地区にな、一昨日か一昨々日くらいだったかな、夜に大量の消防車とか救急車とか来てさ。『なんだなんだ』って結構騒然としてたんだけど、なんでか消防車とか全部無音で帰っていってさ。
 そしたら通達が来て、『隣の地区はガス管が老朽化しているので全面的に改築する』みたいな変な言い訳で、そのあたりの家は全部引っ越すことになったんだわ。あの家も引っ越すらしいんだけど、何か隠すためなんじゃねぇのかな……。
 教え子の家にはさ、あのN君からはがきが来たらしいんだよ。俺も見せてもらったけど、ちょっと達筆すぎる字で『遠くに行くので会えません』みたいなことが書いてあってさ。
 その子は『そうか……。N君、遠くに行っちゃうんだ』って納得してたけど、俺は納得してないよ。結局何があったんだよ……?」
「そうだな、なんだったんだろうな……」


 結局、隣の地区で、またN君の家で、何が起こったのかは分からないままである、という。


著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。

禍話R 第五夜より、「やまのこども」
(1:21:54ごろから)

▼「禍話」さんのツイキャス 過去の放送回はこちら
https://twitcasting.tv/magabanasi/show/
(登録などは不要で聞くことができます)

▼過去配信分のタイトル等をまとめてくださっているページ
 禍話 簡易まとめWiki
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