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禍話リライト「血天井」
※文中に自死を思わせる表現があります。現在希死念慮をお持ちの方は読まないことをお勧めします。
Iさんが大学受験の真っ只中にいたときの話だ。
彼は志望校の判定が思わしくなく、滑り止めのためにかなり地元から離れた、あまり有名ではない大学を受験することになったという。
彼は長男でなかったため、わざわざ試験を受けるためだけにそれほどお金をかけられなかったのだが、幸運なことにその大学の近くに住む親戚がいた。
Iさんは、その親戚の家には幼稚園に上がる前に1、2回ほど行ったことがあるだけでほとんど付き合いがなかった。が、親戚は「泊まっていいよ」と快諾してくれたのだそうだ。
親戚宅は一軒家で、夫婦とその家のおばあちゃんとで暮らしているようだった。
田舎の広い家なので、あまり使われていない、新しそうな部屋もいくつかあったのだが、Iさんには2階の少し古ぼけた感じの部屋をあてがわれたという。
(やっぱりあんまり親しくない親戚だからか……? まあでも泊まるだけだしな。)
Iさんはあまり深く考えずに、その日は翌日の試験に備えて、単語帳などをパラパラと確認して寝た。
彼が受けた大学は、1日目は筆記試験、2日目は小論文と面接が行われる予定だった。
1日目の試験を、手ごたえを感じつつ終えたIさんは、夕飯を済ませて早めに寝ることにした。
電灯を消して布団に仰向けになると、天井に黒い点々が飛び散っているのが目に入った。
なんだろう、と思ったIさんは再び明かりを点けた。蛍光灯の光でまじまじと見ると、それは血が飛び散った跡のようにしか見えなかった。動脈を切るような行為をしないと、天井まで血が飛び散る事態にはならないだろう。Iさんの脳裡に嫌な想像が広がった。
そういえば、と記憶を掘り起こしてみると、かつてこの家には彼と同世代くらいの女の子がいたような気がした。無理を言って泊めさせてもらっている身では、この家の人に事情を聞くわけにも、ましてや仏間を見せてもらうわけにもいかない。
寝る前に暗澹とした気持ちにはなったが、試験の疲れもあってかIさんは眠りに落ちた。
翌日の試験も、小論文はまずまず書けたし、面接も和気あいあいとした雰囲気で終えることができ、Iさんは安堵した。
試験が終わる時間の都合上、彼は親戚宅にもう一泊してから地元に帰る計画にしていた。
親戚宅に帰り、食事などを済ませたIさんは、寝ようと布団に横になって初めて、あの天井の黒いシミのことを思い出した。日中は試験に集中していたため、部屋の天井のシミについて考える余裕はなかったのだろう。
徐々に暗闇に目が慣れるにつれ、天井のシミの数が、昨日の晩より増えていることに気が付いた。
(えっ?)
明かりを点けて見たが、どのシミも同じように古ぼけていて、Iさんが留守だった昼間のうちに新しく付いた感じではない。
(シミが増えるわけないよな、俺、疲れてんのかな……)
と思いつつ、Iさんは寝た。
翌日、目を覚ますとIさんは酷い悪寒に襲われた。寝ている間に風邪を引いたらしい。あまりに熱が高かったため、親戚の家にもう一泊させてもらうことになったという。
彼は3日目にして初めて昼間にその家に滞在したが、親戚夫婦は共働きで日中は不在だった。
家にはもう一人おばあちゃんがいるようだったが、おばあちゃんは足腰が悪く、食事は自室に運んでもらって食べていたため、Iさんとは顔を合わせることはなかった。
彼が布団で横になっていると、おばあちゃんが時々トイレに行く物音や大音量で流しているテレビの時代劇の音が聞こえ、なかなか落ち着かない。
例の天井を見上げると、太陽の光で照らされて、確実に何かが飛び散っているのが分かった。Iさんは天井の黒いシミを見ているうちに、その真下で寝ているから具合が悪くなったのではないか、という気さえしてきた。実際、寝ている間に布団をはねのけていたということもなく、他に風邪を引く原因がこれといってなかったのである。そんなことをつらつらと考えているうちに、Iさんは眠ってしまった。
丸一日休んで、家の人に作ってもらった雑炊を食べたら、Iさんの体調は明日帰れそうなほどには回復した。
その夜も寝ようと布団に入ったのだが、昼間寝てしまったためなかなか寝付けない。眠れないなあと思いながら、Iさんは色々と考え事をしていた。
(この大学に受かってても流石に行くことはないだろう、他の大学に受かってるだろうし。ここは遠くて不便だし、私大で学費が高いし……)
とりとめもなく考えながら、Iさんはふと天井を見上げた。
違和感を覚えてまた明かりを点けると、やはりシミの数が増えている。日中ここで寝ていたときは、変化はなかったはずだった。だとすれば、自分がご飯を食べている間に新たに飛び散ったとしか思えない。それ以外の時間はずっとこの部屋にいたのだから。
Iさんは気味の悪さを感じたが、3日目ともなると流石に思い違いの線を考えた。受験のストレスや、慣れないところで寝泊りしているせいだろう、と自分に言い聞かせ、Iさんは無理やりにでも寝ることにした。
本来やってはいけないことだが、Iさんは元々飲んでいた風邪薬に追加で、眠くなる成分が入っている薬をチャンポンにして飲んで寝た。
そのせいで、Iさんは寝ながら覚醒しているような、半ばトリップした状態に陥った。だから、それから起きたことは本当にあったのか幻覚なのか分からない、とIさんは言う。
夜中に気持ち悪さで目が覚めた彼は、枕元に置いていた水のペットボトルを飲もうとした。しかしそこに目を遣ると、ペットボトルではなく、靴下に包まれた脚が見えた。
(え?)
戸惑いつつ視線を上げると、制服のスカートが目に入る。中学生くらいの女の子が立っているようだ。さらに見上げると、女の子は手に何かを持っていた。それがカッターだとIさんが理解した瞬間、その子はチチチチチ……と刃を出しはじめた。
その子の首から上を見てはいけない、見るとえげつないことになっている。そう本能的に感じたIさんは視線を降ろした。
女の子が立っている枕元と、血が飛び散っているであろう天井は、怖くて見ることができない。違うところを見ようと意識して、Iさんは部屋の入口の方を向いた。
すると、入口の引き戸が開いていた。Iさんは開けた覚えがない。風邪を引いているのだから当然閉めているはずだった。
その戸口に誰かが立っている。枕元の女の子に自分が起きていることを悟られたくないIさんは、首から上だけを慎重に動かして戸口の方を見た。
戸口にいたのは老婆だった。Iさんは一度も会っていないが、この家のおばあちゃんだと考えた。
確か、おばあちゃんは足腰が悪く、手すりなどに掴まらないと立てないはずだ。なのに、Iさんの眼前では何の支えもなく立っている。
おばあちゃんはおもむろに腕を上げ、枕元の女の子を指差した。
そして顔だけIさんの方に向け、
「キョウコちゃんだよぉ。昔一度だけ遊んだことあるでしょぉ、覚えてる? キョウコちゃんだよぉ」
と繰り返す。
Iさんは恐怖のあまり失神した。
朝起きると、天井にシミなどは一つもなかった。幻覚か、とIさんは考えたが、部屋の引き戸は開いていて、すきま風が吹き込んでいる。それが寒くて目が覚めたらしい。
1階に降り、親戚夫婦とご飯を食べながら、Iさんは何気なくおばあちゃんについて尋ねた。やはり親戚夫婦からは、おばあちゃんは腰を悪くしていて、何かにしがみつかないと移動できず、支えなしには立つことはできない、と言われたという。
最後に家を出るタイミングで、Iさんは勇気を出してこの家の女の子について聞いてみた。
「あのー俺、昔この家来た時に、女の子がいたと思ったんですけど……」
「あー、うんうんキョウコはね……、ちょっと中学ぐらいのときに病気で……」
Iさん自身はとうに忘れてしまっていたその女の子の名前は、夜中現れたおばあちゃんが言っていたものと一致した。
「あ、そうなんですね……」
とだけ言い残し、Iさんはそのまま親戚宅を出た。
駅に向かって歩く途中、その家から少し離れたところでIさんは振り返った。
すると、恐らくおばあちゃんの部屋と思われるところの窓が開いていた。
その窓辺におばあちゃんが立っていて、彼の方を見ている。
Iさんはその後は振り返らずに走って帰った。
それから、彼はその親戚とは会っていない、という。
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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。イニシャル表記などはすべて仮名です。
真・禍話 旋風篇 陽水スペシャルより「血天井」(41:24ごろから)
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