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禍話リライト「ばらばらの山」

 どこの地域かは分からないが、とある小高い山であった話だという。
 そこは車の通る道も整備されており、中腹までは民家も点在するような、ごく普通の山だったそうだ。

 当時大学生だったAさんは、サークルの仲間が運転する車でドライブに行った帰り道、たまたまその周辺を通りかかった。
 単調な道が続いていて飽きたのだろう、ドライバーが
「ちょっと気分転換にさ、久しぶりにこの山通っていい?」
と聞いてきたのだという。
 Aさんたちには特に断る理由もないため「おう、お前の好きにしろよ」と返し、一行の車はその山へと入った。

 山道なのできついカーブが多いかと思ったそうだが、意外とそれほどでもなくきちんと整備されていたという。
「山道って言ったって結構きれいなもんだな、明かりもちゃんと点いてるし。カーブで酔うかと思ったけど大丈夫そうだわ」
 そんなことを話しているうちに、車は山の頂上を通りすぎ、下り坂に入った。

 すると、下る道の中ほどに、男の人が立っていたのだそうだ。ダンボールの切れ端に何か書いてあるものを振りながら、こちらに見せてくる。
 ドライバーもそれに気づき、その人の前を少し通過したところで車を停めた。
「ん? ヒッチハイクか?」
「いや、こんなところで……? え、でもなんか今、こっちに何か見せてたよね? え?」

 ドライバーとAさんが話していると、後部座席に座っている後輩も後ろを振り向いて見ている。
「確かに何か書いてありますね。今ちょうど暗いところにいるんでよく見えないけど、こっちに向かってきてますよ」
「え、来てんの?」
 助手席のAさんとドライバーもサイドミラーなどを使って見ようとしたが、どうもよく分からない。
「やっぱヒッチハイクなのか? おかしくねえか?」
とAさんが言った時だった。

 後部座席の後輩が血相を変えて叫んだ。
「やばいやばい、やばいやばいやばい! ちょっと頭おかしい人ですよあれ、早く車出してください!」
「え、そうなの?」
「ほんとですよ! ほら走ってくる、走ってくる!」
 見ると、男はダンボールに書いた文字をこちらに見せつけるようにして、バァーと走って近づいてくる。
 急いで発車させると、相手は人間の走る速さなので、すぐに振り切ることができた。
「ふぅ~、よかったよかった」
 一息ついて視線を後部座席に戻すと、後輩がガタガタ震えている。
「え、どうしたの、大丈夫? あ、あのダンボール、『ぶっ殺す』とか書いてあったの?」
「あの、あの……。俺、ちょっとこの山出てからじゃないと言えないっす……」
「ええ……」

 山を降りたところにあるコンビニの駐車場に車を停め、後輩を落ち着かせようとサイダーを買って手渡した。しかし、後輩の手はブルブル震えていて、ペットボトルの蓋を開けることさえできない。
 Aさんが開けてやり、飲ませたところで少し落ち着いてきたようだった。
「あいつ……なんだったの? パッと見た感じ俺らくらいの年齢に見えたけど」
「あの……、あいつね、あの男ね……、ダンボールに、

 ば ら ば ら し た い が で る

 って書いてたんですよ……」

「は……はぁ?」
「平仮名で『ばらばらしたいがでる』って書いてました……」

 バラバラ死体が “出る” ?
 “ある” ではなく……?

「確かに『でる』って書いてありましたよ……。それをこっちに見せつける感じで振ってきてて……。で、先輩なかなか車出してくれなかったでしょ、だんだん近づいてきたから分かったんですけど、あいつ顔が笑ってましたよ……。普通じゃないですよあれ……」

「こ、こえぇ……」
「それは普通じゃねえなあ……」
と口々に言い合いながら、一同は家に帰った。


 そんなことがあった1週間後。
 Aさんはまたサークルのメンバーと会うことがあったのだという。中には、そのドライブには参加していなかった先輩もいた。
 その先輩は長く地元で暮らしている人だった。
「なんかお前ら、先週すげえ怖い目に遭ったんだってな。あの○○山行ってさ」
「そうなんすよ……」
 Aさんたちは、山で見た人のことをその先輩に話したそうだ。すると先輩はこう返してきた。
「あっ、それ? なんだ、それ有名な人だよ」
 自分たちが見た人が生きている人だと分かり、Aさんはちょっと安心したという。
「あれな、ここら辺の小学校か中学校の教師だったらしいんだよ」
「えっ、教師?」
「そうそう、なんか山登りが好きだったらしいんだ。山登りって言っても本格的なやつじゃなくて、山の風景だけ見て帰るみたいな。それこそ今の俺らみたいな格好で行って、陽があるうちに山を下りるような、それぐらいの趣味よ。」
「あー、はいはい」
「で、その人がさ、いつものように日曜日とかにあの山に行ったら血相変えて戻ってきて、家族に『バラバラ死体があった』って言うんだってさ。当然警察とか呼んで、そいつが先陣切って案内したんだけど、何もなかったんだよ」
「何もなかったんですか」
「うん。場所を間違えたのかもしれないから一応山狩りとかもしたんだけど、何も出なかった。でもその人は絶対バラバラ死体があったって言い張ってさ。しかも凄く事細かに特徴を言うんだって。で、毎日毎日言い張るから、だんだん周りは気味悪がってさ……。授業中とかもそういう事を言うようになっちゃったんだって。それで奥さんとか子どもも逃げちゃって……。でも『バラバラ死体はあった』ってずっと言うんだよ。」
「ええ……。それで、どうなったんですか?」
「そんで結局どんどんおかしくなっちゃったから先生も辞めてさ、今は何してるかわかんねぇよなぁ~」
「んん? ちょっと待ってください。それ、何年前の話ですか?」
「えーと確か……、もう10年とか15年くらい前の話だよ」
「え……? あの、俺らが山で見た奴って、俺らくらいの歳の人だったんですけど……?」
「それはないよ、それはおかしいよ。今40才とかそれくらいになってるって、そいつ」
「え? 俺、自分でもおかしいこと言ってるって分かってるんですけど、じゃあ、俺らが見たのってその当時のそいつってことですか……?」
 Aさんの発言で、その場は静まりかえってしまった。



 それからまた2、3日後のこと。Aさんがサークルの部屋にいると、あの先輩が沈んだ様子で来た。

(まあ、あんな怖い話があったからな……)
 とAさんが思っていると、先輩は口を開いた。

「あのさー、俺、あんまり出回らない情報だから知らなかったんだけど……。この前話してた、『バラバラ死体があった』って騒いでおかしくなっちゃったその教師さ、死んでたわ……」
「へ? 死んでた……?」
「うん。もうかなり前に死んでたらしい。教師辞めた後くらいに物置でな。その……物置に木とかを切るような、ナタみたいな刃物があって、それを使ったらしくて、結構ひどい状態で亡くなってたんだってさ……。あんまり外には広めないでおこうって話になってて、それで俺も知らなかったんだけど……。死んでるよ、そいつ」
「ええー」
「でさ、お前らから聞いたそいつの特徴、確かにその教師にそっくりなんだよな……」
「うわ……、マジですか……。」


 この段階で終わればまだよかった、とAさんは言う。
 それから半年くらい経ったときだったという。そろそろあの怖い体験も、人に話せるくらいには恐怖が薄れてきたころだったそうだ。

 Aさんには年の離れた、当時小学校高学年くらいの妹がいた。
 彼が家でゆっくりしていると、その妹が帰宅し、リビングでテレビを見始めた。そのときちょうど、テレビからホラードラマのCMが流れていたという。
 Aさんの妹はそれを見て、何かを思い出したようにフフッと笑い、
「あ、そういえばお兄ちゃんさ~」
と話しだした。
「なに?」
「最近ね、通学路に△△公園あるじゃん。あそこでね、変な男の人がいるんだって。で、学校の先生たちが警戒して見回りとかしてるんだ。でもあたしたちからしたらさ、まあ変な奴なんだろうけど、そんなに警戒しなくてもいいんじゃないかなって感じがするのに、なんかみんな必死でね……。あたしたちだって小学校低学年とかじゃないのにさ、先生たちが『集団下校しろ』って言うんだよ」
「ん? あ、それ変質者とかじゃないのか?」
「違う違う。なんかその人、ちょうどお兄ちゃんくらいの年齢でね、」
「おう」
「それでね、変な話なんだけど、その人、今から山に行くような恰好してるんだって、リュックサック背負ってさ。」
「は?」
 Aさんは嫌な予感がしたが、妹はそれには気づかず、相変わらず笑いまじりにその男の特徴を話し続ける。
「で、ほら山で枝切るやつあるじゃん。あれをなんかリュックに入れてるみたいで、柄のところだけはみ出てて見えてるんだよ。それで近づいて来てさ、何だろうな?って思ってると、そいつ人懐こいような顔して、
  
 『ばらばらしたいのはなし、していい?

って言うんだって~」

 その瞬間、Aさんは(うわ、あの男だ……!)と悟ってしまった。
 しかし妹には自分の体験を話すことはできず、
「おまえ、そ、それは集団下校しなさい!」
と、きつく言い含めることしかできなかったという。

 結局、その後1年ほど、Aさんの妹の通う小学校は子どもに集団下校をさせていたようだ。町全体も指名手配犯が逃亡中であるかのような警戒ぶりで、パトカーが毎日町内を巡回していたという。

 Aさんは言う。
「これは噂に過ぎないんですけど……。その男が出なくなるまで、何度か高そうな恰好したお坊さんを呼んで、お祓いか供養かをしてもらってたらしいんですよ。それでも1年はかかるもんなんですね……」

 今はもうその男の目撃情報などは無くなった、という。


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著作権フリーの怖い話をするツイキャス、「禍話」さんの過去放送話から、加筆・再構成して文章化させていただきました。一部表現を改めた箇所があります。ご容赦ください。イニシャル表記などはすべて仮名です。

ザ・禍話 第二夜より「ばらばらの山」(1:01:17ごろから)

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