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第1047号『2024上半期私的映画ランキングBEST5』

連日の猛暑。そして今年も折り返し地点の7月はじめ。さて、今年前半1月から6月までの私的映画ランキングBEST5を選んでみた。対象作品は映画館だけにとどまらず、Netflix、Amazonプライムなどでの鑑賞も含む。ここまで鑑賞作品数51本。まずは5位から発表したい。

5位.『枯れ葉』
アキ・カウリスマキ監督作品 1月5日:109シネマズ川崎にて鑑賞

2017年、『希望のかなた』を最後に監督引退宣言をしたフィンランドを代表する名匠アキ・カウリスマキが、6年ぶりに帰ってきた。今回も最高のラブストーリーである。もちろん、今作も大事件は何一つ起こらない。しかし、観終わってジワリと心に沁みるのだ。『パラダイスの夕暮れ』『真夜中の虹』『マッチ工場の少女』に連なる作品といえるだろう。2023年・第76回カンヌ映画祭で審査員賞受賞。パンフレットの巻頭に記された監督の言葉があまりに素敵なので全文引用したい。

”取るに足らないバイオレンス映画を作っては自分の評価を怪しくしてきた私ですが、無意味でバカげた犯罪である戦争の全てに嫌気がさして、ついに人類に未来をもたらすかもしれないテーマ、すなわち愛を求める心、連帯、希望、そして他人や自然といった全ての生きるものと死んだものへの敬意、そんなことを物語として描くことにしました。それこそが語るに足るものだという前提で。この映画では、我が家の神様、ブレッソン、小津、チャップリンへ、私のいささか小さな帽子を脱いでささやかな敬意を捧げてみました。しかしそれが無残にも失敗したのは全てが私の責任です。” アキ・カウリスマキ

4位.『テルマアンドルイーズ 4K』
リドリー・スコット監督作品 3月31日:横浜伊勢佐木町シネマリンにて鑑賞

1991年度製作の作品であるが、当時のフィルムを4Kという解像度を上げた映像処理をして上映。リドリー・スコットは、僕の好きな監督10傑に入る監督である。これまでの作品の数々が凄まじい。ほんの数本並べる。『ブラック・レイン』『ブレードランナー』『グラディエーター』『エイリアン』そして『テルマ・アンド・ルイーズ』。興行的に成功しているだけではなく、エポックメイキングな作品を数多く手がけた監督でもある。今作『テルマ・アンド・ルイーズ』は、性的被害、男女間の格差という問題や、友情か愛情かで議論が巻き起こったラストシーンなど、公開から30年以上経った今も全く色褪せておらず、まさしく時代の変革を予感させる映画だった。

2024年の現状を眺めてみれば、男権主義は根絶したどころか、いまだに目を覆うばかりの惨状である。例えば、松本人志氏の文春報道事件、麻生太郎元首相が男尊女卑的な失言、自民党青年局の若手議員らによる"ハレンチ懇親会"騒動、自民党杉田水脈議員の人権を踏みにじる発言(女性側からの発言であり、一層質の悪いレイプである)、元TBS記者山口敬之による伊藤詩織さんレイプ事件、数ヶ月前には六本木ヒルズ森タワーにオフィスを構える「TMI総合法律事務所」に勤務するエリート弁護士が東京都中央区役所の政策企画課主任の役人と共謀し、合コンで知り合った女性をマンションに連れ込み、陵辱した事件など、クラクラとめまいを感じるような惨状である。30数年の時を経て、本質的になにかが変化したのだろうか?

本作品は1992年第64回アカデミー賞で、監督賞、主演女優賞(スーザン・サランドン、ジーナ・ディヴィス共に)など6部門にノミネートされカーリー・クーリが脚本賞を受賞した。2016年には半永久に保存する価値のある作品が選ばれるアメリカ国立フィルム登録簿にも登録。同年の第69回カンヌ国際映画祭では、公開から25年を記念した上映が行われ映画界のすべての女性に光を当てて、男女間の不平等や女性の地位向上を目指すプログラムである「ウーマン・イン・モーション」賞が贈られるなど、フェミニズムの観点からも記念碑的作品として支持を集め続けている。観てほしいマスターピースの1本である。

3位.『コットはじまりの夏』
コルム・バレード監督作品 3月11日:キネカ大森にて鑑賞

本作がデビュー作となるキャサリン・クリンチが主人公コットを圧倒的な透明感と存在感で繊細に演じ、IFTA賞(アイリッシュ映画&テレビアカデミー賞)主演女優賞を史上最年少の12歳で受賞。アイルランドの作家クレア・キーガンの小説「Foster」を原作に、これまでドキュメンタリー作品を中心に子どもの視点や家族の絆を描いてきたコルム・バレードが長編劇映画初監督・脚本を手がけた。

アイルランドの田舎町。大家族の中で暮らす寡黙な少女コットは、夏休みを親戚夫婦キンセラ家の緑豊かな農場で過ごすことになる。はじめのうちは慣れない生活に戸惑うコットだったが、ショーンとアイリンの夫婦の愛情を受け、ひとつひとつの生活を丁寧に過ごす中で、これまで経験したことのなかった生きる喜びを実感していく。「家族とは何か?」。それは在るものではなく、慈しみ育てるものである。このこと改めて深く考えさせられた。

第72回ベルリン国際映画祭で子どもが主役の映画を対象にした国際ジェネレーション部門でグランプリを受賞し、第95回アカデミー賞の国際長編映画賞にノミネートもされた。

2位.『関心領域』
ジョナサン・グレイザー監督作品 6月20日:桜木町ブルク13にて鑑賞

今年の3月ころ、【第96回アカデミー賞】国際長編映画賞はA24製作の『関心領域』が受賞。カンヌ映画祭で役所広司が主演男優賞を受賞した『PERFECT DAYS』受賞ならず。という記事を読んだ。「パリ、テキサス」「ベルリン・天使の詩」などで知られるドイツの名匠ビム・ベンダース監督作品の秀作『PERFECT DAYS』を押さえた『関心領域』とはどんな作品なのだろうと思っていた。

『関心領域』は、アウシュビッツ強制収容所の隣で平和な生活を送る一家の日々の営みを淡々と描いた、おぞましい映画だった。「関心領域」というタイトルも秀逸である。監督はジャミロクワイのMV「バーチャルインサニティ」などを手がけたイギリスのジョナサン・グレイザー。ともかく音(音響)が秀悦である。息苦しく舌触りが苦い、ザワザワした感覚が残る映画である。余談だが、『エブリシング・エブリウェア・オール・アット・ワンス』『パストライブス』『アイアンクロー』などを手がけてきたA24製作とあったので、それなりの作品なのだろうと思ってはいたが、これほどまでとは。

2023年・第76回カンヌ国際映画祭コンペティション部門でグランプリ、第96回アカデミー賞では国際長編映画賞と音響賞の2部門受賞。

1位.『あんのこと』
入江悠監督作品 6月13日:キノシネマ横浜みなとみらいにて鑑賞

『SR サイタマノラッパー』の入江悠が監督と脚本を手がけた。企画の発端である。本作のプロデューサーでもある國實瑞惠(くにざねみずえ)氏から「映画にしてみませんか?」と、新聞記事を手渡された。それは、命を絶ったある若い女性について書かれたものだった。彼女は幼にころから母親の虐待を受け、売春を強要され、薬物中毒にもなっていた。しかし、一念発起し再起に向けて頑張ったいたが、その矢先、コロナによってすべてが遮断され、自らの命を絶ってしまった。監督は、こういう子が私たちのすぐ隣にいたという事実に衝撃を受けたという。さらに、その記事を読んだすぐ後、彼女の更生に尽力した刑事が別の相談者への性加害者として逮捕されるというニュースを見た。この事実にも愕然とし、さらに深く考えてしまったという。2020年から21年、コロナが支配していた時代の空気を忘れないよう記録しておきたいとの思いを込め、あるひとりの女性の人生をつづった物語が生まれた。

救いのない物語ではある。それでも、観終わった後に不思議とそれほど嫌な気分にならなかった。おそらく今作が映画として、きちんとエンターテイメントを成立させていたからではないか。取りも直さず、それこそが監督の力量であろう。主演は、TV
ドラマ『不適切にもほどがある』でも注目された河井優美。僕は松本壮史監督作品『サマーフィルムにのって』で河合を知った。なんとも、その佇まいが素敵で良い役者だなと思っていた。さらに、佐藤二朗、稲垣吾郎ら演技派が脇を固めている。『あんのこと』は間違いなく今年度の賞レースに絡んでいく作品だと予想する。

結果として1位から5位まで、映画館で観たものばかりになった。映画は様々な人生模様を俯瞰し、接写してみせる。自分とは別な人生を生きていたらどうなるかと。想像するにゾクゾクゾワゾワする。だから面白い。

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