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酷道訪問記 国道416号線(石川県・福井県)

 2021年10月11日、バイクで訪れた石川県の千里浜なぎさドライブウェイから横浜への帰途、噂に名高い「酷道」416号線を通ってきました。
 全国に酷道数あれど、そのなかで416をチョイスしたのは、未通区間が3年前に開通し、新しい酷道として脚光を浴びていたからです。幸い、バイクなら少々狭い道でも平気で走行できるので、天気さえ良ければ酷道ツーリングもそれほど難しくはありません。

 石川県は数日好天が続き、この日も朝から青空が広がっていました。コンディションは上々。小松市から南下する416号に入ります。この段階では快適な2車線路で、市街地から田園へと風景が変わってもスムースに走ることができます。
 一気に状況が変わるのは、尾小屋鉄道尾小屋駅の跡を過ぎたところ。通行止め用のゲートがあって、そこから先は酷道の名にふさわしい狭隘路が延びていました。
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 道幅は車一台がやっと。舗装の状態が悪く、路肩にはガードレールが少なくて、一部コンクリートブロックによる駒止が所々にある程度。すれ違いのための退避スペースはほとんどありません。カーブはそれほどタイトではないのですが、なかなかの悪路です。峠道に慣れた私も、車ならちょっとためらいますね。路肩の問題もありますが、やはり退避スペースが少なすぎて、対向車が来たらかなりの緊張感を強いられるからです。


 私はバイクならではのペースでどんどん走りましたが、それも前述のように晴天続きというコンディションありきです。雨上がりだったり、強風だったりという状況であれば、バイクであっても、重いCB1100ではかなり分が悪い。セローのようなバイクならまだ行けるでしょうが。

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 今日は晴天。杉林の木漏れ日の下や渓流の傍らを走ると、荒れた舗装が自然の中に溶け込んだようなぬくもりを感じさせてくれます。道路を通した先人の苦闘にも思いを馳せながら、むしろ悪条件が重なるこの道に愛情すら抱いてしまいます。
 細い道を進むと最初の峠が五百峠。続いて牛首峠と、あまりピークという感じではない峠が続きます。牛首峠を抜ける昭和39年開鑿の細い隧道を通ると、やや下りになっていきます。ここをすぎると、傾斜がゆるくなり、狭いながらも酷道感はなくなります。

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 このまま山中を走るだけかと思いきや、途中に別荘らしい家屋があったり、水力発電所があったり(新丸山発電所)、いわなを食べさせてくれる飲食店があったりと、意外と人が来るような場所があって、人を通す「道」のちからを感じました。
 調べたところ、この地区は小松市の新保町といいますが、いわゆる三八豪雪以降過疎化が進み、現在は冬季無住地区となっているとのこと。
 今でこそ人は「道路」を辿って外界とつながりますが、もともとは谷筋や尾根筋を切り拓いてか細い「みち」ができ、立ちはだかる山に阻まれると、その鞍部を乗り越えて違う世界を視界におさめました。これが峠です。
 峠越えは過酷なものですが、それでも外界へ人を誘う力があるようです。中世に加賀では一向一揆が隆盛を極めましたが、隣国越前の朝倉氏とは対立していました。この道では加賀と越前の門徒宗の往来などもあったようで、越前の一行門徒を使嗾する加賀門徒の侵入もあったと思われます。

 ふと路面の状況が良くなり、退避スペースが頻繁に現れるようになります。3年前に開通した部分に入ったことがわかります。登りも急角度になり、過去の開通が阻まれてきたことがよくわかります。

 現在の規格で打通された道路らしく、道路脇の駒止が、反射材を組み込んだ新しいものになっています。幅も1.5車線ほどの広さがあるので、もう「酷道」という感じはしません。このまま30年ほども秋霜を経て、路面のひび割れや駒止の苔などが増えて周囲の風景に溶け込めば、立派に酷道を名乗れることでしょうが、残念ながら私はそれを見ることはかなわないでしょうね。

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しかし、この新しい駒止が思わぬ効果をもたらしています。周囲の風景に馴染まない、新しい駒止は、遠くから見るとよく目立ち、道路が延びる先を遠くまで示してくれます。行く手を見上げると、かなり高い位置に駒止が連なっているのが見えて、あそこまで登るのか、と峠道の過酷さを見せつけてくれます。
 急角度の傾斜をグイグイ登っていくと、やがて最後のピーク、大日峠に出ます。こここそが長年国道の開通を許さなかった峠です。峠の西方にある大日岳が
 頂上近くまで登って振り返ると、山が連なる隙間から遠く小松の市街地が望め、その遥かなことに心細くなります。そして峠の頂上に立って南面すると、今度は足元にこれから往くべき町が間近に広がりました。

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 新しい世界が見える。大げさですが、胸を打つ光景でした。人々が故郷という繭に包まれたままで穏やかに暮らしていたころ、峠を越えて文化や慣習、言葉の違う世界に足を踏み入れることは、非常に勇気が必要なことだったことでしょう。
 それが遥かな雲烟の彼方から旅して、足元に新たな人里をみたとき、希望のようなものが胸に去来したのではないか、と思わせる光景でした。

 勝山市街を見下ろしながら下る峠道は、高低差が大きくてワインディングの醍醐味が味わえます。振り返って峠を見上げると、カーブのアウト側はコンクリでしっかりとした土台を築いていました。これも新しい道路ならではの頼もしさですね。このおかげでコーナー曲率が常識的な範囲に収まっています。
 福井県側には、牛首峠付近のような狭小区間はなく、あっという間に市街地に降りられます。なんだかあっけない…

 酷道の魅力は、こんな酷い道を走ってるんだ、という被虐的な喜びを感じることではなく、昔からの人の営みと寄り添い、歴史の連続性を感じられることだと思っています。広く快適になって高速化したバイパスのような道では、生活や歴史はなかなか見えてこないのです。
 ゆっくりと足元を見つめながら歩き、ときに遠い世界を見上げた時代を偲びつつ、スピードを上げずにトコトコ走ってみてはいかがでしょうか。
                                了



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