いちご

私はギターを手に取った
反対側に白いギターと細い指はもう見えないけど
親指だけ伸ばした爪で
カノンロックをつたなく弾いた
19の4弦ではじまるその高い音は
懐かしくて、痛くて
あの日の私の心の叫びによく似ていた

いつか上手に弾けるようになったら
一緒に合わせようね
と言った私は、その1か月後には
その約束を破る事になっていた

ホワイトデーあげたいから、時間ある?
2番目の女に、一体何をくれるんだろう
ずっと1番だと勘違いしてた私が幸せそうで羨ましい
半年間疑問だった距離感の理由は
いとも簡単に同僚が教えてくれた
知らない方が幸せかもしれへんけどな、
と、彼は珍しく関西弁で
前置きで沢山私を励ましながら慰めながら
彼の知る全てを教えてくれた
涙が止まらなかった
私は山にいた、彼とよく来た農道の峠道で
彼の同僚と電話していた
出会うキッカケになったサーキットのすぐそば
思い出が沢山転がっている
来たら会えるかもしれない場所が
どうせ来ないから来て思い出に浸る場所に
いつしか変わっていた
彼との思い出が詰まったこの場所で
彼の同僚から、本命が出来たことを知らされる
皮肉だ、タイミングも全て。

このまま1本走って帰ろうかな

今のメンタルで走ったら絶対刺さるでやめとき

だよね、わかった。おすすめのハードロックない?

洋楽やけどsum41聴いたら絶対もう涙出えへんで

sum41のおかげで私は泣かずに家に帰れた
次の日も泣かなかった
そういう人だったんだと思う反面
全部嘘だと思えるくらいの彼との日々
信じられない自分と疑う自分で
もうごっちゃになって数日間ご飯は全く食べれなかった

ホワイトデーを受け取る日を決めた時も
私は多分強がっていた
次振られたら髪の毛をバッサリ切る
と意気込んでいた私は
3回目の告白をすることも無く終わりを告げられたから
結局勿体なくなっていたんだ毛先を少し長めに
切ってもらうだけにした
その日は3月末なのに風が強くて寒くて
さすが晴れ女の私
心模様は空模様だ
黒く染めて切った髪の毛を彼は何か言うだろうか
なんてありえない妄想をして
残業をふっとばして、コンテナの第3駐車場に走った
毎日握るハンドルなのに
どこを掴んでいいか分からなかった
iQOSを握る右手は震えて
心臓は落ち着いてくれなかった

彼の店に取りに行く事になっていた
車で2分、あまりに近すぎる
心も仲の良さもいちばん近かったはずなのに
こんなにも遠く感じる
駐車場に停めるのを3回切り返した
動揺しているのを隠せない私はドジだ
彼は紙袋を持っていつも通りゆっくり歩いてきた

ありがとう、元気でね
元気じゃないよ
幸せにね
どういう意味?
幸せに、ね

笑って言えた
彼にはさよならって意味に
ちゃんと聞こえただろうか

急いでエンジンをかけて
バイバイと手を振る
そこから店を出て赤信号に捕まるまでは
大丈夫だった
大丈夫だったのに

信号で止まって
あまりに飛ばしていたから紙袋がシートの下に
落ちてしまった
ああ、と思って拾い上げると
赤いいちごの絵が書いてある紙袋だった
だめだった、もう限界だった
いちご
いちごが好きなこと
いちご味が好きな事を無意識に彼の前で出していた事を
その時知る羽目になった
それで、それを、
声を出して泣いた
いちごだっただけで
涙がこんなに出ると思わなかった
チョコレート売り場で赤色のいちごに気付いて
あまおうトリュフの箱を手に取って
少し考えてる彼が脳裏に鮮明に浮かんだ
どうせいつも着ている青いシャカシャカの上着を
着ていたんだろうな
安易にその現場が思い浮かんでしまう位
同じ時間を過ごしていた
彼氏、彼女では無かったけど
それくらいにはもうお互いを知っていた

ずるい

ずるくないよ
と言う彼の声が降ってくる

ずるいよ、最後まで

最後って何
とかどうせ言う

いつもとぼけて誤魔化して
私を沢山傷つけて泣かせた

悪意がないその言葉達はいつも
私の心にストンと落ちてきた

もっと悪い人で居てよ

私も彼をぶん殴れるくらい
非合理的な人間になりたかった

普通のチョコレートなら
泣かずに済んだよ

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