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【第30講】新判例情報(456頁)

(応用的な話題であり、本書で説明していない話が多く含まれますので、初学者は無視していただいて結構です)

本書456頁注9に引用している最決平成27年3月26日民集69巻2号365頁(判例百選88事件。以下「平成27年最決」といいます)は、吸収合併における株式買取請求権(785条1項)が行使された際の「公正な価格」を決定する場合において、インカムアプローチと呼ばれる株価算定手法の一種である収益還元法を用いた場合には「非流動性ディスカウント」をすることができないと述べた判例です。

「非上場会社において会社法785条1項に基づく株式買取請求がされ,裁判所が収益還元法を用いて株式の買取価格を決定する場合に,非流動性ディスカウントを行うことはできないと解するのが相当である。」

まず、この事案における価格算定のプロセスを大雑把に説明するならば、①その会社がどれくらい稼げるかについて一定の想定を置き、算定式の種々のパラメータに具体的数値を代入して1株あたりの理論価値を計算した上で、②その株式が市場性を欠いている(上場株式のように売りたいときに売れるような状況にない)という現実を踏まえてその理論価値から一定の減額をする、という2段階のものです。要するに、平成27年最決は、インカムアプローチを用いて理論価値を算定するのであれば、市場性の欠如を理由に減額すること(一般に「非流動性ディスカウント」と呼ばれます)は許されない、と述べたように読める決定を下したわけです。

これに対して、最近、譲渡制限株式の譲渡不承認の場合の会社による買取価格の決定(144 条2 項)に関して、収益還元法と同じくインカムアプローチであるDCF法を用いつつ、「非流動性ディスカウント」をすることができるとする最高裁決定が出されました(最決令和5 年5月24 日判タ1514号33頁、金判1684号9頁、金法2223号49頁。以下、「令和5年最決」といいます)。令和5年最決は、インカムアプローチを用いて理論価値(決定文上は「本件各評価額」)を算定したとしても、そこからさらに市場性の欠如を理由に減額してもよいといったわけですから、平成27年最決と矛盾するように見えます。

「DCF法によって算定された本件各評価額から非流動性ディスカウントを行うことができると解するのが相当である。」

もっとも、そもそも平成27年最決自体、どのように読めばよいのか理解の難しい決定であり、一部には、最高裁は株式価値評価の理論に関する誤った理解に基づいて同決定を出したのではないかとの批判もあります。とはいえ、公式判例集にも登載されて正式に最高裁の「判例」とされてしまったわけですから、学説では、それがそのまま(誤った理解に基づいたまま)爾後判例として適用されては困るということで、平成27年最決をいわば“救う”ような読み方が提唱されてきました。その読み方というのが、「同最決は、収益還元法(インカムアプローチ)に基づき理論価値を算定する際に用いたパラメータの中に市場性を欠くことについての減額要因が織り込まれているときには、そこからさらに市場性の欠如を理由とした減額をすることは許さないという趣旨を述べたに過ぎない(平成27年最決は、パラメータ中に市場性の欠如と密接に関連した要素が含まれていた事案である)」といったものです。この読み方は、裏返せば「たとえ理論価値を算出する際にインカムアプローチを使ったとしても、そこで用いたパラメータの中に市場性を欠くことについての減額要因が織り込まれていないのであれば、その理論価値からさらに市場性の欠如を理由とした減額をすることは許される」ということを言いたいわけです。

この学説をより簡単に表現するならば、平成27年最決は「①段階と②段階の両方で市場性の欠如を理由としてダブルで減額するのはだめ」と述べた判例だと理解すべきだ、という立場になるわけです。本書456頁注9は、そのような形で平成27年最決を救う読み方をした学説を平易に表現し直したものです。

もっとも、(原文にあたっていただければわかるのですが)そのような学説の読み方は、平成27年最決の決定文の文言からはかなり離れてしまうことになってしまいます。それでもそう理解しないとマズいよね、という雰囲気が学説では支配的でした。

そのような中で出されたのが、令和5年最決です。ここまでの議論の経緯を踏まえて令和5年最決の決定要旨を読むと、平成27年最決の誤った理解が令和5年最決によって学説の主張通りに修正された、と思うかもしれませんが、それほど簡単な話ではなさそうです。というのも、令和5年最決は、平成27年最決の“判例”を変更する意図は(少なくとも公式には)なさそうだからです。平成27年最決は合併に際しての株式買取請求の事案であるのに対して、令和5年最決は譲渡制限株式の譲渡承認請求につき不承認とする代わりに会社が買い取る際の株価の決定の事案であり、根拠条文も違えば制度趣旨も異なりそうですし、実際、令和5年最決でも、「平成27年最決とは事案が違う」として、平成27年最決との衝突を回避しています。
平成27年最決との衝突が回避されたということは、令和5年最決が直接述べているのは、「譲渡制限株式の譲渡不承認時の売買価格決定の場合には、インカムアプローチを用いたときでも非流動性ディスカウントができる」ということだけであって、それ以外の局面で譲渡制限株式の株式価値評価が問題となった場合に、インカムアプローチを用いたときでも非流動性ディスカウントをしてよいかは何も述べていないことになります。

そうすると、少なくとも合併時の株式買取請求の場合は、なお平成27年最決が生きていることになり、同最決をどのように理解するか、という問題はなお残ってしまっていることになります。ここで、令和5年最決を踏まえれば、2つの理解がありうると考えられます。

理解A:従来の学説の読み方を維持
一般論として理論的に正しいのは令和5年最決であり、平成27年最決の一般論は令和5年最決によって実質的に変更されている。したがって、株式買取請求の場合も、インカムアプローチを使ったとしても、そこで用いたパラメータの中に市場性を欠くことについての減額要因が織り込まれていないのであれば、非流動性ディスカウントをすることはできる。平成27年最決が「非流動性ディスカウントを行うことはできない」と述べているのは、あくまでその事案では①段階ですでに市場性の欠如を考慮していたからであって(したがって、事案の処理としては正しい)、それをあたかも「インカムアプローチであればおよそ非流動性ディスカウントはできない」と一般的な表現で述べてしまったのがまずかっただけである。

理解B:平成27年最決は株式買取請求の場合には市場性の欠如に基づく減額を一切排除したものである
株式買取請求の場合にはインカムアプローチを適用したときには非流動性ディスカウントはできないとの一般論を述べた平成27年最決に対して、令和5年最決は、判例変更の手続を取らず、平成27年最決とは事案が異なるとした上で、譲渡不承認時の売買価格決定の制度趣旨を述べつつ別のルールを立てている。そうである以上は、平成27年最決はその決定要旨の文言通りの法理として現在も生きており、したがって、最高裁は、譲渡不承認時の売買価格決定とは制度趣旨の異なる株式買取請求の場合には市場性の欠如に基づく減額は一切できない(①段階の理論価格算定のパラメータの中に要素として織り込むことも許されない)と考えている。

もっとも、理解Aに対しては、実質的に変更するくらいならなぜ正式に判例変更をしないのか、という疑問が生じますし(今後株式買取請求の事案が最高裁まで上がってきたときに判例変更する、ということなのかもしれませんが)、理解Bに対しては、株式買取請求の場合にはおよそ市場性の欠如に基づく減額を認めないのであれば、平成27年最決の事案の処理自体がおかしいことになるのではないか、という疑問が生じます。

いずれにせよ、平成27年最決は理解するのが難しい判例であり、それは令和5年最決が出た後も変わりそうもありません。むしろ、令和5年最決によってなお一層理解が難しくなったというのが筆者の率直な感想です。

以上、教科書レベルの話ではありませんが、本書に掲載した判例に関する動向ということで、現時点での筆者の理解を示してみました。

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