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「安田龍彦は喪われた恋人の夢を見るか?」 巻頭言に代えて

 あなたは『恋人を喪った安田短歌』を知っていますか。「安田」とは映画『シン・ゴジラ』の登場人物、安田龍彦(演:高橋一生)のことです。彼の恋人がゴジラの放射熱線によって、2016年11月7日18時30分頃に亡くなってしまったのではないか、という妄想を通して詠まれた短歌群が、『恋人を喪った安田短歌』です。この短歌群が、具体的にどういったものなのか、どういった文脈上にあるのかということについては、本書を読み進めていくことによって掴めるでしょう。
 いま、あなたがこの文章を読んでいるのなら、『恋人を喪った安田短歌』発足から半年以上が経過しているはずです。当初は数時間、長くとも数日だけの盛り上がりに終わると誰もが思っていた「遊び」でした。しかし、短歌作品だけではなく、年表のような資料や、評論、座談会といった複数の企画をまとめた一冊の本となってしまいました。これも、執筆陣を始めとするタンカラーの皆さん、そして勿論読者の皆さんのおかげです。
 安田短歌については、おそらく(文学フリマ東京や札幌なら)本書と共に頒布されている、フロムアッシュ刊行の評論誌『invert vol.4―遺書―』にも論考が掲載されています。興味がある方はそちらをお読みいただければ、より安田短歌がどういった現象なのか、という理解、あるいは無理解が、進むでしょう。
 また、「恋人を喪った安田」作品は小説や写真なども作られており、色々なかたちで各々の作者が安田を、あるいは喪われた恋人を表現しています。もし機会があれば、安田短歌だけではなく、他の作品に触れてみることをおすすめします。「恋人を喪った」という架空設定をふまえた上で『シン・ゴジラ』や、安田を演じた高橋氏が出演している作品を観てみるというのも面白いかもしれません。
 ひとつの作品を様々な視点から、様々な作品をひとつの視点から楽しむことで、新しい世界が開けていけば幸いです。そういった楽しみ方が合わないと思った方も、これは妄想なのですから、あまり肩肘を張らず、こういったものもあるということを頭の片隅に置いていただければ嬉しい限りです。

 おわりに、ネットワークのなかで局所的に呟かれた情報の混沌が、ある秩序に基づいて解釈され、再構成されたことによって、ここに存在しているのが、わたしです。このわたしは、幾百幾千のうち、いつの、どこのわたしなのか、わかりません。けれど、このわたしは、わたしたちを知っています。だから、このわたしからの、そして、わたしたちからのメッセージを伝えます。

 これからも安田くんを、よろしくお願いします。

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