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078.存在しない友だち名鑑 シュゼー

シュゼー。本名は為田主税って書いてタメダチカラって読む。だけど「主税」って書いて「チカラ」とは普通読めないでしょって話をしたら、「幼馴染からは名前を音読みして『シュゼー』って呼ばれてる」って言われて、私もそれ以来、シュゼーって呼んでる。

シュゼーと知り合ったのは大学のフランス語のクラスだった。写真が趣味のシュゼーは、憧れのカメラマンがフランス人だったり、将来は留学したいと考えていたりしたので、フランス語をかなり熱心に勉強していた。成績もよかった。
一方、私は「なんとなくかっこいいから」という理由でフランス語を選んだんだけど、めちゃくちゃ難しくて、かなり後悔していた。
さすがに一年生の必修の語学で単位を落とすのはマズい……。そう思って大学の食堂に自習をしにきたところ、たまたまシュゼーが昼食を食べているのを見つけた。その時は彼の名前も覚えてなかったけど、同じクラスで成績のいい人だと知っていたので、思いきって話しかけた。
「あの、語学のクラス、同じだよね。ちょっとわかんないところがあって教えてほしいんだけど……」
なんだかかなりテンパってしまい、ものすごく挙動不審な感じになっているのが自分でもわかった。
「えっと、住吉さんだよね」
シュゼーは私の名前を覚えていた。というか、彼は昔から記憶力が抜群で、最初の授業で一人ずつ軽く自己紹介したときにクラス全員の名前を覚えてしまっていた、ということをあとで知った。
シュゼーは食べていた学食名物のハヤシライスを脇に置いて、「語学、どこがわかんないの?」と言った。私が慌てて教科書をカバンから引っ張り出そうとしたら、手がぶつかってハヤシライスの皿をひっくり返してしまった。しまった……と一瞬血の気が引いたけど、彼は慌てすぎな私の様子を見て爆笑していた。

それ以来、シュゼーには度々フランス語でわかんないところを教えてもらうようになった。彼はフランス語の発音も良くて、私はそれを聴きながら「『シュゼー』って言葉の響きもフランス語っぽいな」と思った。

シュゼーは写真サークルに所属していて、文化祭での展示を観に行ったことがある。展示には「記憶力」というタイトルがついていて、写っているのはどれも近いうちに取り壊されることが決まっている建物だった。
「俺、人より記憶力がいいからさぁ、みんな忘れてるのに自分だけ覚えてることがよくあるんだよ。『ああいうこと、あったじゃん』って言ったら、『えー、そんなことあったっけ?』って反応が返ってきたりして、それが悔しくてさ。だから、ちゃんと証拠に残しておきたいなって、写真に撮ってるんだよね。いつか無くなっても、この建物はここにあったんだよって、俺が証拠に残しておきたいなって。俺だけは覚えておきたいなって」
シュゼーはそう言ってた。

大学3年生の年末、友達数人で忘年会をやった帰り道、駅のホームで電車を待ってたら、さっき別れたばかりのシュゼーからLINEが来た。なんだろうと思って見てみると、スマホの画面に私の写真が表示された。ついさっきの飲み会で酔っぱらって真っ赤な顔をした私の写真。撮られてたこと、全然気づかなかった。
「撮った」ってシュゼーからLINE。
「撮らないでよ(笑)いつの間に撮った」って私。
「いや、なんか楽しそうだったから」(漫画のキャラがカメラ片手に『シャッターチャンス!』って言ってるスタンプ)
「撮られてたの全然気づかんかった〜。ていうか人撮るの自体珍しくない?」
「そう?」
「そうだよ、無くなりそうな建物ばっかり撮ってるじゃん」
「あー(笑)でも、住吉さんもなんかの拍子にいなくなっちゃいそうじゃん」
「なんじゃそりゃ!(笑)」
LINEでやり取りしながら、酔っぱらいの私はゲラゲラ笑う。
「じゃあ、もし私がいなくなっても、シュゼーが覚えててくれるから安心だね」
「そうだね〜」(漫画のキャラが『任せとけ!』って言ってるスタンプ)

大学卒業以来、シュゼーとは会っていないし、連絡も取ってない。特に理由とかはなくて、なんとなく。
でも、彼が撮ってくれた私の写真はスマホに保存してある。
だから私は、いつでも君がいたことを証明できるんだよ、シュゼー。

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