27クラブ脱退ヘッダ

029.存在しない友だち名鑑 あかねちゃん

あかねちゃん。谷津明音ちゃん。私とあかねちゃんは小学校から高校まで一緒の幼馴染だった。あかねちゃんは小学生のころから身長が高くて、中学と高校ではバレーボール部のエースアタッカー。私は背が低くて、名字が浅野なので、あかねちゃんとは背の順でも名前順でもずっとクラスの両端を担っていた。
あかねちゃんと最初に仲良くなったきっかけは正直、全く思いだせない。休み時間に男子に混ざってドッジボールしたり走り回ったりしていたあかねちゃんと、ずっと教室で過ごしていた読書好きの私が、どうやって友人になったのか今でも不思議だ。

あかねちゃんは男子によくモテた。顔も可愛くてスタイルもよく、いつも溌剌として元気。その上、とっても親切で優しくて、「人気になるのも当たり前やなぁ」と私はいつも思っていた。あかねちゃんに告白した男子は数えきれないほどいたが、全員玉砕。フラれた男子から「何があかんかったと思う?」と、なぜか私が相談を受けたこともあった。

あかねちゃんだって他の女子と同じくらいには、恋愛に興味があった。だけど、好きになったのはいつも、決して自分とは付き合ってくれない相手だ。

あかねちゃんの初恋は小学1年生の時で、相手はおそらく当時50代後半だっただろう校長先生。いつもにこやかで穏やかな雰囲気だったとはいえ、父親よりもかなり年上の校長先生はお爺さんのように見えた。
しかし、あかねちゃんは本気で校長先生のことが好きだった。どうやら「生徒全員の名前と顔を覚えていて、優しく声をかけてくれる」という、努力家で生徒想いなところに惹かれたらしい。あかねちゃんは毎日、校長先生にラブレターを書いてきた。校長先生は「ありがとう、大切に読むね」と言って受け取っていたが、明らかに困った表情をしていた。
私たちが小学4年生の時、校長先生が退職することになり、あかねちゃんの初恋は終わった。

その後のあかねちゃんはというと、中学校で教頭先生に好意を抱き、高校では生活指導も担当しているおっかない数学教師に片想いをした。
高校2年の頃、「あの先生と谷津が付き合ってるらしい」という噂が校内に流れた。真偽を確かめたい男子はまたもや私に「あの噂、ホンマなん?」と聞きに来て、そのたびに私は「あかねちゃんの方は好きらしいけど、付き合ってへんと思うよ」とだけ答えた。噂を聞いた先生がちょっとその気になりはじめ、なれなれしく接してくるようになると、途端にあかねちゃんは先生への興味を失った。別にあかねちゃんは年上好きというわけではなく、ただ単純に、誰かに好かれることが苦手だったのだ。
「ずっと追っかけている方が、なんか、しっくりくるねんなー」と、学校帰りに寄ったマクドナルドで言っていたのを覚えている。

私は大学入学を機に上京したから、地元の短大に進んだあかねちゃんと会うのは、正月とお盆に帰省したときくらいになった。

短大を卒業したあかねちゃんは、中学の保健体育の教師になり、そこで同じく教鞭をとっていた今の旦那さんと出会った。
旦那さんとまだ付き合い始めの頃、「結局、小さい頃からずっと学校の先生が好き、みたいな感じやなぁ。なんか恥ずかしいなぁ」と、あかねちゃんは照れくさそうに話してくれた。同棲に向けて準備を始めるらしく、あかねちゃんの部屋の隅には引越用の段ボールが置いてあった。
「あかねちゃんが、誰かと付き合う日がくるなんてさぁ。人って変わるものだね」と私がしみじみ言う。
「そんなん言うたら、茉子も変わったと思うよ」とあかねちゃん。
「そうかな?」
「うん。めっちゃ変わった」
「どこが?」
「うーん…、なんて言ったらええんかな…」あかねちゃんはしばらく考えてからポツリといった。「…なぁ、彼、元気?」
「え? あー、言ってなかったっけ、別れたよ」
当時の私は、数年間同棲していた恋人と別れたばかり。一方的に私が捨てた形になってそのまま音信不通という、割とひどい破局の仕方だった。
「…そうなんや。…茉子さぁ、寂しくない?」
「寂しくないよ。むしろふっきれた感じ。今まで惚れた弱みっていうかさ、彼の言うことばっかり聞いてた感じだから、別れてからは伸び伸びできて、毎日楽しいよ」
その言葉は心からの本音だったが、あかねちゃんが心配そうな表情なのでわざとらしいくらいに声を弾ませた。
「…うん。それやったらええわ。茉子が幸せなんやったら、それでええわ」とあかねちゃんは微笑んで、それから私をぎゅっと抱きしめた。私が驚いて「え、何? どうしたの?」と聞くと、「なんとなくや~!」とあかねちゃんは明るい声で言った。

それから、あかねちゃんは結婚して、旦那さんと仲良く暮らしている。この初夏には一人目の子どもが生まれる予定だ。SNSや電話で連絡をとる度に「茉子が今度帰省したときには、赤ちゃん見せてあげるね!」と言ってくれて、今でも仲良しだ。ただ、あかねちゃんがあの時、私のどこを「変わった」と感じたのかは、未だに聞けずにいる。

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