27クラブ脱退ヘッダ

002. 存在しない友だち名鑑 とみちゃん

とみちゃん。本名はトミオカユヅルだかミツルだかそんな名前だったと思うけど、あんまり覚えてない。中学の友達で、1年生と3年生の時に同じクラスだった。1年生の時はそんなに仲良くなかったけど、とみちゃんは田島と小学校からの幼馴染で、僕は中2の時に田島と仲良くなったので、中3になってからはとみちゃんともよく遊ぶようになった。
とみちゃんは友達の中でも飛びぬけて背が高く、体つきもがっしりしていて、それなのに肌が透き通るように白かった。「あんまり日に焼けへんねん」と言っていた。

とみちゃんについて真っ先に思い出すのはカバディのことだ。とみちゃんは親戚のおじさんの影響で小学生の頃からカバディをやっていて、中学の時には県で唯一のジュニアチームに入っていた。僕らの同級生はみんな、とみちゃんを通じて「カバディ」というスポーツの存在を知った。友達の間でもとみちゃん指導のもと、カバディが一瞬流行りかけたが、とみちゃん自身があまり友達の中心に立って発言するような性格ではなく、どちらかというと口下手な人だったので、結局カバディブームはブームになる前に終わってしまった。

とはいえ、僕や田島を含むとみちゃんの友人たちは、とみちゃんがカバディにどれだけ真面目に取り組んでいたかよく分かっていた。とみちゃんの真っ白な肌に青あざができていたら、それは例外なくカバディの試合や練習でできたものだった。

一度だけ、とみちゃんのカバディの試合を見に行ったことがある。高校2年生の秋だ。とみちゃんと同じ高校に入った田島から誘われて、市の総合体育館へ行った。第一体育館ではバスケットボールの中学生大会が開催されていて、カバディの大会は第二体育館だった。県民大会ということらしく、とみちゃんは大人に混じって試合に出ていた。中学卒業以来のとみちゃんは見た目はそのままで身長だけが伸びていて、なんだか不思議な感じがした。とみちゃんが着けているゼッケンを見てはじめて、トミオカのトミの字がウかんむりではなくワかんむりの「冨」だと知った。
とみちゃんが「カバディカバディカバディカバディ……」と声を上げながら敵陣に攻めこんでいく。とみちゃんのあんな大きな声は初めて聞いた。とみちゃんが敵の一人をタッチした。そのままとみちゃんが自陣に戻ることができれば得点が入る。敵チームの選手がとみちゃんの周囲を囲んで戻らせまいとするが、とみちゃんはその隙間をするりと通り抜けて見事に得点を決めた。

とみちゃんのチームは優勝できなかったが、結構いいところまでいった。大会が終わったあと、田島と一緒にとみちゃんに会いに行った。とみちゃんはチームの仲間と談笑していたが、僕の姿を見つけると「おぉー、久しぶりやん」と言った。カバディの余韻でまだちょっと声が大きかった。
「久しぶりー。田島が誘ってくれてん」と僕。
「カバディ、はじめてちゃんと試合見たけど、めっちゃ盛り上がるなぁ」という田島の声から興奮が伝わってくる。
「せやろー。おもろいやろ、カバディ」と笑うとみちゃん。
それから、田島と僕ととみちゃんの三人で駅前のファミレスに行った。とみちゃんはチーズハンバーグに大ライスのセット、僕と田島はそんなにお腹が空いてなかったので、フライドポテトとドリンクバーを頼んだ。
途中で田島がトイレにいって、僕ととみちゃんの二人だけの時間があった。僕はとみちゃんになんとなく聞いてみた。
「そういえばさぁ、カバディって、どういう意味なん?」
「んー?」
「カバディって言葉の意味」
「あー、カバディって別に、意味とか無いねん」
「えっ!そうなん!?」とちょっとビックリした僕はつまんでたポテトを落とす。
「そうやで、意味とか無いねん。意味とか考えたらあかんねんで。カバディってどういう意味なんやろって考えてしもたら、途端に体が動かんくなる。考えへんから動けるねん」
とみちゃんが急にカバディ哲学を語りだしたので僕は「お、おー……」としか返事ができなかった。
そのうちに田島が戻ってきた。僕はもうちょっとカバディについて聞いてみたい気もしたが、話題はいつのまにか、「田島ととみちゃんの高校の担任が内緒で女子生徒と付き合ってるらしい」という話に変わってしまっていた。

それ以来、とみちゃんには会っていない。ただ、社会人になった今でもカバディを続けているらしい、という話は田島から聞いている。

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