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#恋人を喪った安田短歌 アンソロジー(Ryota選)「君を踏みませんように」

映画『シン・ゴジラ』の登場人物・安田龍彦がゴジラの暴走により恋人を喪ったという妄想の設定で詠まれた短歌のアンソロジーです。

終見ても、名も、根も葉もない噂もさあ――行き場のないエネルギイだ

(菊池依々子)


紫線裂く空を抱く屋上に出る 死にたくはないただ君がいない

(宵野光)


「頼むから生きててくれよ」祈るけどぼくが一番信じられない

(菜漓)


透明になった彼女は未読する「いまどこにいる」「そこにいてくれ」

(ひくたす)


美術館コンサートホール映画館燃えてしまった君と一緒に

(神山は好きにした)


灰を踏み歩く朝焼け道はなく 君を踏まないかと下を見る

(宵野光)


選ぶなよ消し去るなんて選択肢君の居場所がわからなくなる

(堀真流知)


さようならほどけるぼくらのリアリティ せわしなさだけがやさしい夜

(餠)


眠る龍紫紺の怒り消え果てて君の名を呼ぶ静けさの中

(神山は好きにした)


みんながさあ 君は死んだって 言うんだよ 何それと笑う また目が醒める

(やまき)


カップ麺乾燥野菜の葱を噛みもう一度だけ涙をこぼす

(神山は好きにした)


置き去りの君のスカート折り畳む 元のかたちはわからないまま

(ぐるぐる)


「記録的」「大災害」「今も」「忘れない」忘れないよ忘れたいけど

(みずひら)


薄れていくシンボリックな愛になる 上書きできる君がいなくなる

(餠)


街の灯の煌々ともる東京で失恋もまだできない僕だ

(高野アオ)


アンソロジー解説

 極力定型を重視、ただしいい感じのやつは残す、ぐらいの選考基準です。ざっくりではありますが選んだ理由を解説していきたいと思います。

 菊池依々子さんの作品は他の短歌含め群を抜いてアートだったので巻頭言的に、この安田短歌現象自体を詠んだようにも読めるものを先頭に持ってきました。

 宵野光さん、2首入れました。特にタイトルにした方の下の句「君を踏まないかと下を見る」のドキリとさせる置き方には唸った。これはすごい。もう一首の方もそうなんだけど、状況(景)描写→感情描写の順で描き込むって割と短歌の基本手法としてあるので、普通に短歌としても上手いなぁと思います。「死にたくはないただ君がいない」の引き裂かれつつ棒立ちな感じ。

 菜漓さんの一首、シンプルイズベスト。ちゃんと定型で句またがりしてない。句またがりっていうのは「5・7・5・7・7」っていう句の切れ目と言葉の切れ目が合ってないことで、リズムに乗ってすんなり読める分、感情の部分もすんなり入ってくる。

 ひくたすさん。まず「未読する」という動詞の選び方も面白い。「読まれていない」ことも行為として見なさないと、彼女の不在を認めてしまうという感覚も読み込める。「いまどこにいる」「そこにいてくれ」という二回の一瞬会話に見えるけど実は独り相撲という悲しさもあったり。

 神山君、今回たぶん1番詠んでるので3首もいれちゃった。あんまり短歌やってないだろうに謎に上達している(笑)。建物3つしかも思い出の場所らしいところをバンバンと並べて君と燃やしちゃったり、なかなか思い切ったことしてて面白い。「眠る龍~」は作品に寄せつつちゃんと情景が見えるし、「カップ麺~」は乾いたものが潤いを取り戻すというふとした瞬間に涙が出てしまうとか、割と感覚としてわかりそうなバランスで来てたりするし、やっぱり数をこなすといろいろできるんだなぁ。

 堀君、作中のセリフの意味を書き替えるという二次創作らしい短歌。核で消し去るの対置にある君のささやかさたるや。

 餠さん、2首。「さようなら~」はひらがな・カタカナ・漢字の使い方。わりと僕も、1単語だけ漢字にして他は全部ひらがなとかやるんですよ。で、まず「ぼくら」が安田と恋人でもあり、もしかしたら巨災対メンバーかもしれないという読みの幅がある。「せわしなさだけがやさしい」も漢字で書くと「忙しなさ」「優しい」という心を亡くしたり人が憂えたりする文字になるわけだけど、そんな夜がただ一つの救いになってるのだなぁ。もう一首もリアリティの話だ。時間止まったシンボル化か、更新可能な生か。

 やまきさん。これはまさにアンソロジーにもう1首ほしいなぁというところで飛び込んできた。「喪った」を強調したいアンソロジーだったのでばっちりハマった感じ。最後の7文字でひっくり返すの鬼だな。

 ぐるぐるさん、いっぱい詠んでくれたけど、特に喪失感強いやつを選びました。元の形がわからないととともに、自分には使い道がないスカートというセレクトが上手い。こういう些細な瞬間に喪った感出してるのがいいっす。

 みずひらさん。若干字余りだけど、最初の「記録的」「大災害」「今も」「忘れない」というおそらく報道やら記念番組的な決まり文句に切り裂かれる感じがすごい出てる。さっきの句またがり無しですんなり入るの逆の手法。すっと読めないから印象に残る感じ。

 高野アオさん。他にもいいのがあったんだけど、ラストに街の復興が進んだ後の安田が欲しくてこれにしました。スクラップビルドが済んだ街で、まだうまくスクラップできない気持ちが残っていて、アンソロジーの締めにぴったりかなと思い選びました。

 以上、ざっくり解説でした。

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