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(7)群像以外も読む

群像を読んでいる間はなかなか他の本に手を付けられない、と散々書いてきたが、たまには他の本だって読む。
特に文学フリマで購入した本は、買った直後の熱量のまま「これだけ先に読んじゃおう!」という気持ちになる。
植本一子・碇雪恵・柏木ゆか『われわれの雰囲気』は、事故に遭って意識不明になった友人が目を覚ますまでの日々と、目を覚ましてからの本人の入院・リハビリ生活を記録した一冊だ。コロナ禍中で見舞いに行くことも叶わず、不安を募らせながら日常をやり過ごさなければならない記述は、読んでいるだけでも心がざわつく。
植本さんのパートで、北千住BUoYで開催されたイベントを観に行ったときのことが書かれていた。

今日は北千住のBUoYで十七時半スタートのイベントがあり、それの出演者でもある金川さんと一緒に電車で向かう。「水平都市」という三日間続くイベントで、今日が初日。ポリアモリーについての映画が上映され、そのアフタートークに、金川さん・玲児くん・ももちゃんこと百瀬文ちゃんの三人が呼ばれたのだ。

植本一子・碇雪恵・柏木ゆか
『われわれの雰囲気』P47~48

ここまで読んで「おっ」と思う。ここで登場した「ももちゃんこと百瀬文ちゃん」とは、群像に『なめらかな人』と題したエッセイを連載しているアーティスト・百瀬文さんのことではないか。毎号読んでいるエッセイの執筆者が、突然別の書籍の中にその人として登場したことに少し驚く。
この頃、僕はちょうど群像7月号掲載分の『なめらかな人』を読み終えたばかりだった。この回では、恋人の「泰地くん」に「なかば冗談で、相手の体の一部を持ち歩くのはどうだろう、たとえば歯とかと提案」したら予想外に食いついてきて、本当に自分が以前抜いた歯をプレゼントすることになった、というエピソードが書かれている。
それを思い出しながら『われわれの雰囲気』を読み進めると、こちらにも泰地くんが現れた。植本さんの記述では「森山さん」と名字で呼ばれている。

 ももちゃんがふらっと現れ、二十分押しだって、という。どうやら会場はバタバタらしい。金川さんも上がってきて、次に玲児くん、そして、最近ももちゃんと付き合い始めたばかりの新しいパートナーである、森山さんもやってきた。すごい、全員集合した、そしてその場に居合わせてしまっている……! と内心大興奮。

植本一子・碇雪恵・柏木ゆか
『われわれの雰囲気』P50

ここを読んで、僕も「すごい、全員集合した」と思う。なんだか、漫画のキャラクターが他の作品へ登場する特別回を読んでいるかのようだ。百瀬さんたちは実在の人物なのだから、他のノンフィクションやエッセイに出てきてもおかしくない。だけど、ここまでいつもの『なめらかな人』メンバーが揃ってしまうと妙な高揚感がある。

同時に、『なめらかな人』を読んでいる間はなんとなくでしか把握していなかった人物像が、ハッキリしてきた。『われわれの雰囲気』で「金川さん」と呼ばれているのは、『なめらかな人』における「晋吾」であり、ということはフルネームは「金川晋吾」なので、この人物は写真家の金川晋吾さんなのだった。僕は以前、展覧会で金川さんの写真を観たことがあったし(失踪癖のある父親を撮影した作品)、なんなら金川さんのサインが入った本も持っている。植本一子・金川晋吾・滝口悠生『三人の日記 集合、解散!』を下北沢BONUS TRACKのイベントで買ったとき、その場で著者3人がサインを書いてくれたのだ。僕はその時、実物の「晋吾」を見ていたことになるが、目の前でサインを書いている人物と「晋吾」がまったく結びついていなかった。
僕にとって『なめらかな人』の「晋吾」が実在の人物だと確かに実感できたのは、本人を目の前にした時ではなく、別の本に「金川くん」として登場した時だったのだ。

この体験を発端に、「実存というのは本人の実体ではなく、複数の第三者からの認識によって立ち上がるもので云々……」という話をするつもりは全くない。
今回言いたいことは単純に、「色々な本を読んでると、たまに思わぬところで繋がるから面白いよね」。それだけだ。

群像を読む生活はまだ続いているが、たまには他の本も読みたい。その方が、きっと楽しい。

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