#恋人を喪った安田演劇 決定稿(安田短歌本2頒布記念)
0.観客たち
開演前、客席に座っているAとBが話している。
A「(自分のスマートフォンの画面を見ながら)え、え、何これ」
B「ん、何?」
A「いや、あのTwitterでね」
B「うん」
A「なんか、海に、デカいのが出たって騒ぎになってて」
B「デカいの? え?」
A「いや、なんか、生きてるやつ。画像とか上がってて」
B「(画像を見せられて)え、何これ、合成じゃないの?」
A「いや、だって、新聞とか、テレビ局の公式が上げてて」
B「(自分のスマートフォンを取り出して、Twitterを見る)うわ、ほんとだ、こっちのもそれだわ。え、何これ。どこ?」
A「東京だよ、東京、湾?」
B「え、なんかめっちゃデカいよね、ヤバ、なんだろ、鯨かな?」
A「鯨とか東京にいるの(笑)」
B「いや、いるでしょ、鯨」
暗転。
1.恋人
恋人「あの日々は、あっという間に過ぎて、私もあっという間に消えた」
暗闇の中で一瞬、紫色の照明が光る。
その瞬間、恋人の姿が照らし出される。
恋人は空を見上げている。
暗転。間。
照明が次第に恋人を照らしていく。
恋人はスマートフォンの画面を見つめている。
恋人「私がそれを見たのは、ネットの動画でした。確か、友達がSNSで教えてくれて、見ました。大きな生き物が東京湾に現れて、蒲田に上陸して、ビルをなぎ倒して、街を破壊しながら東京湾に戻っていくまでを、見ました。電車なら数十分で着く場所で起こった出来事なのに、遠い遠い、別の国の映像のように思えて、動画が終わった後もしばらく呆然としていたら、携帯が鳴って」
スマートフォンを耳に当てる恋人。
恋人「恋人の、安田くんからの電話でした。『大丈夫?』と焦った声で聞く安田くんに、私は『大丈夫だよ』と答えました」
電車の走る音。
恋人「大丈夫だよ」(電車の音にかき消されて声は聞こえない)
2.避難指示
電車の音が流れる中、スーツ姿の人々が物凄い勢いで机や椅子を次々と運び込み、巨大不明生物特設災害対策本部(通称:巨災対)を作り上げていく。その勢いに紛れていつの間にか恋人は舞台から退場している。
スーツ姿の人々は口々に避難指示や交通情報を叫ぶ。
「11月7日午後5時現在、避難指示が発令されている地域をお知らせします。東京都大田区、世田谷区、品川区、港区、杉並区、千代田区、中央区、新宿区、文京区、台東区、墨田区、江東区、目黒区、渋谷区、中野区、豊島区、北区、荒川区、板橋区、練馬区、足立区、葛飾区、江戸川区、狛江市、調布市、三鷹市……」
「神奈川県横浜市栄区、金沢区、磯子区、港南区、戸塚区、泉区、瀬谷区、旭区、保土ヶ谷区、中区、西区、神奈川区、緑区、青葉区、都筑区、港北区、鶴見区……」
「私鉄は京浜急行全線、横浜市営地下鉄、小田急小田原線、小田急江ノ島線、江ノ島電鉄、東急多摩川線、東急大井町線、東急池上線、東急目黒線、東急東横線、東急世田谷線、東急こどもの国線、東急田園調布線、シーサイドライン、相鉄いずみ野線、相鉄本線、京王相模原線が運転見合わせ……」
「鎌倉市岩瀬、今泉、今泉台、高野、小袋谷、大船、台、山ノ内、梶原、寺分、上町屋、山崎、玉縄、岡本、植木、城廻、関谷、十二所、二階堂、浄妙寺、西御門、雪ノ下、小町、大町、扇ガ谷、御成町、材木座、由比ヶ浜、笹目町、長谷、佐助、坂ノ下、常盤、極楽寺、稲村ガ崎、七里ガ浜東、七里ガ浜、笛田、鎌倉山、津、腰越、津西、西鎌倉、手広……」
「JRは湘南新宿ライン小田原・池袋間、横浜線、東海道線、京浜東北線、根岸線、南武線、東海道新幹線新横浜・東京間が運転見合わせ……」
「川崎市麻生区、多摩区、宮前区、高津区、中原区、幸区、川崎区……」
「羽田空港は全便が欠航し、封鎖となっています」
3.恋人たち
スーツの人々が、巨災対メンバーが座った状態のキャスター付き椅子を運び込む。安田も椅子に座った状態で運び込まれる。
電車の音、止む。
様々に巨大不明生物について、分析したり、電話で連絡を取りあったりする巨災対メンバー。安田も電話をしている。
安田「はい、ええ、では至急分析結果を送ってもらえますか。ええ、よろしくお願いします。はい」
電話を切る。疲れた様子の安田。
巨災対「少し、休まれたらどうですか。分析結果の他省庁への共有はやっておくので」
安田「あー……何かあったら連絡して」
席を立つ安田。
休むにしてもどこに座ればいいかわからず歩き回る安田。安田のスマートフォンが鳴る(バイブ音)。
安田「(出て)もしもし?」
まだ生きている恋人、スマートフォンを片手に舞台に現れる。
以下、安田と恋人は舞台をうろうろと歩き回りながら会話するが、目が合ったり、身体が触れたりはしない。
恋人「あ、もしもし、今、大丈夫?」
安田「今は大丈夫」
恋人「あー……、あのさ、……大丈夫かなって」
安田「だから、大丈夫だって」
恋人「うん、いや……、安田くんが大丈夫かなって。疲れたりとか」
安田「まぁ、疲れたりとかは、それはあるけど。そっちは?」
恋人「あ、何人か連絡は取れて、まだわかんない人もいるけど、まだ大丈夫だと思う」
安田「でも危ないからさ。早く避難したりとかしろよ。全然どうなるか見えてなかったりするから」
恋人「そうなの?」
安田「そう」
恋人「え……大丈夫?」
安田「大丈夫だから」
恋人「ならいいけど、無理しないでね」
安田「しないよ」
恋人「危なかったりしたらさ、」
安田「危なかったりもするから、早く決めろよ、避難先とか、どうするとか。俺はもう基本帰れないから」
恋人「帰れないの?」
安田「当分は」
恋人「あー、当分ね、当分」
安田「じゃあもう、仕事戻るから。切るから。何かあったらすぐ連絡しろよ、メールとかLINEとかじゃなくて、電話かけちゃっていいから」
恋人「うん」
安田「じゃあ、切るね。おやすみ」
恋人「あ、」
安田「何?」
恋人「ううん、おやすみー」
安田「おやすみ」
安田、電話を切り、自分の席に戻る。
恋人、まだ舞台を歩き回る。
恋人「これが、私と安田くんの最後の会話です。正確にはこのあと、私が電話をかけて、安田くんは出られなくて、安田くんが折り返してきたときにはもう、私は出られる状態じゃなくて……。だから、安田くんとの最後の会話は『おやすみ』でした。おやすみ、おやすみ、おやすみ……」
唱えながら、恋人は会議机に横たわる。
恋人「おやすみなさい」
4.証言者たち
安田以外の巨災対のメンバーは皆、証言者に変わっている。
証言者となる俳優たちはそれぞれ、自分が映画『シン・ゴジラ』で描かれる東京に暮らしていたら、どのように行動し、どのような末路をたどるか(生き延びてもかまわない)を想像して語る。
発話は順番でなくても構わず、誰かが話している途中で話しはじめても構わない。声のトーンや大小も問わないが、一度話をはじめたら中断せずに最後まで証言する。その間、安田はデスクワークを続ける。
恋人は途中で目覚め、証言者と同じように語り始める。
恋人「一応、逃げようとは思ってたんです。危ないって言われてたし、危険って……同じか。とにかくそう言われてて、でもこっちに友達とか知り合いとか結構いて、恋人もいて。恋人は、あ、安田くんっていうんですけど、安田くんは、非常事態でも働かなくちゃいけなくて。いや、むしろ非常事態に働かなくちゃっていう仕事で。だから、心配なことがたくさんあって、でも、一応、逃げなきゃって思って外に出たんです。道路は見たこともないくらい渋滞していて、車でぎゅうぎゅうで。人も結構いて。身を寄せあってる人も小走りの人もいて。パニックになって泣き叫んでる人も、なんだかヘラヘラしている人もいて、いろんな人がいて。……あ、私も逃げなきゃ。そう思ったときに空がピカッて光ったんです。紫色にピカッて。そのときに思ったのは、空が綺麗だなってことと、……安田くん、大丈夫かな、……ってこと」
最後の証言者が語り終わる。
恋人「……安田くん、大丈夫かな」
一瞬紫の光が舞台を照らしたのち暗転。安田の声が聞こえる。
安田「もしもし、電話出られなくてごめん、もしもし、今どこですか? もしもし、今どこですか、もしもし、もしもし、もしもし……」
5.生存者たち
暗転の中でA、C、Dの会話だけが聞こえる。
C「でも、やっぱりさ、つらいらしいよ」
D「え?」
C「安田」
D「あぁ」
C「あの時はそれどころじゃないっていうか、一番大変だったところのど真ん中にいたわけじゃん、安田は」
D「うん」
C「でも、全部終わってみてやっと落ち着いたってところで、結構じわじわ来ちゃったらしくて」
D「あー」
C「やっぱりさ、そういう人、とかさ、そういうふうになっちゃうと、きついよなぁって思って」
D「そうだよなぁ……」
A「……でもさぁ、あいつだけじゃないじゃん」
C「え」
A「安田だけじゃないじゃん、そういう人って、もうさ、日本中にいるわけじゃん、あいつ以外に。もっとひどい目にあった人もいるわけで……」
C「あぁ」
D「まぁ、そうだけど」
A「もっとひどいとか、そういうのも比べられないくらいにさ、みんな、それぞれがそうだったわけで」
C・D「……」
A「あいつだけがつらいわけじゃないから」
C「そうね、うん……」
D「まぁ……、そうだけどさぁ」
A「……みんなそうなんだよ」
6.(不在の)恋人たち
明転。
恋人が横たわっていた会議机は棺となり、彼女が生前大切にしていたものや、花が供えられている。しかし、恋人はそこに横たわらず、参列者に挨拶する遺族の横に立っている。焼香の列の最後尾に、安田が無表情で並んでいる。
恋人「それからのことは皆さんもよくご存じだと思います。安田くんたちの努力によって、東京は、そして日本はなんとか救われました。それから、様々な調査や手続きがあって、誰が生きていて、誰が死んでいて、誰が死んだとは必ずしも言い切れないのかがわかってきて、でも、私は死んだって言い切れてしまう側だったので」
安田の焼香の番になる。無人の棺に一瞬うろたえるが、動揺を抑え焼香を終える安田。
安田「(遺族に)この度は……」
遺族「安田さん?」
安田「……ええ」
遺族「ああ、やっぱり。あの子から、写真を見せてもらってたもので。本当に、お世話になったそうで」
安田「いえ、こちらこそ、」
遺族「あの子には、いつか会わせるからって言われてたんですけど、なかなか機会がなくて。ええ、お会いできて、よかったです」
安田「……」
遺族「本当に、お会いできて……(涙ぐむ)」
恋人、遺族の肩に触れる。
安田「私も、お会いできて、よかったです」
遺族「はい……」
安田「この度は誠にご愁傷さまでした。心からお悔やみ申し上げます」
遺族「はい……」
安田、いたたまれなくなり、遺族から離れる。
遺族「お陰をもちまして葬儀・告別式も滞りなく相すみ、 これより出棺の運びとなりました。娘は生前、」
恋人「(遺族の口の動きにあわせて)私は生前、実家を出て東京で一人暮らしを始めました。最初の頃は東京ってすごく複雑でものすごく広く感じて、心細くて、不安で、でも、友達もできて、それから恋人もできて、いつの間にか不安な私はいなくなってました。いつの間にか、私は大丈夫になってた。安田くんがいてくれたから、私、大丈夫だったよ。私は」
遺族「本日はお見送りありがとうございました」
棺が運び出される。
呆然とする安田。次第に涙が込み上げてきて、泣き崩れる。
その間に人々は去り、舞台には安田と恋人が残される。
恋人、スマートフォンを取り出す。安田に電話をかける。
安田のスマートフォンが震える。
安田「(電話に出て)……もしもし」
恋人「あ、安田くん? やっと繋がった。ごめん、出られなくて」
安田「……ううん」
恋人「ねぇ、安田くん、私ね」
安田「うん」
恋人「もう、いかなきゃいけなくて」
安田「うん」
恋人「心配で」
安田「うん」
恋人「私がいなくなっても、安田くん、大丈夫かなって」
安田「……うん」
恋人「安田くん、大丈夫?」
安田「今は大丈夫、じゃない、……けど」
恋人「けど?」
安田「いつか、大丈夫になると思う」
恋人「……そっか。安心した。……そうだね。安田くんは、きっと、大丈夫だよ」
安田「……うん」
恋人「じゃあ、…切るね」
安田「あ、」
恋人「何?」
安田「ううん……、(微笑んで)おやすみー」
恋人「(微笑む)おやすみ」
2人、電話を切る。安田、涙を拭って、舞台を去る。
恋人「私には生前、恋人がいました。その恋人は、あ、安田くんっていうんですけど、安田くんは今、ぼろぼろになった街を立て直そうとしていて、その街に私はいないけど、きっと、素敵な街になるだろうなって、そんな夢を私は見ています」
恋人、目を閉じる。
暗転。
終
#恋人を喪った安田短歌 の本 第2弾
「ジ・アート・オブ・ヤスダタンカ」
第三回文学フリマ札幌にて頒布決定!
日時:7月8日 11:00〜16:00
場所:さっぽろテレビ塔 2F
ブース:え-42安田短歌会
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