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経営学は何のために? (1) 理論と実際

 実質初投稿になります。noteの投稿はあんまり経営学に限定するつもりはなかったのですが、経営学関連にご期待する声もあり、プレッシャーを感じつつ経営学に関する投稿から始めることにしました。今回はどちらかというと経営学ではなく経済学の話なのですが…。

朋あり遠方よりLINE来る
 先日、中学以来の友人から、突然LINEを貰いました。

「MM理論って、MBAでがっつりやる?触るくらい?ファイナンスは、経営だとあんまやらないのかな?」

 MM理論とは?
 MM理論はファイナンス理論のひとつで、1958年に、論文 “Modigliani, F., & Miller, M. H. (1958). The cost of capital, corporation finance and the theory of investment. The American Economic Review, 48(3), 261-297.” にて発表されました。「モディリアーニ=ミラーの定理」とも言います。論文内容のみならず、経済学においてファイナンス分野を議論しようとした点で画期的な論文として知られ、モディリアーニとミラーは後にノーベル経済学賞を受賞しますが、同業績への評価も当然加味されたようです。
 同理論は、出版された年からしても、現在からすれば「古典」に位置します。ファイナンスの基礎を学ぶような授業だと、少なくとも触れる程度にはだいたい扱うのでないでしょうか。私も、ファイナンスの授業受けたなあと思い出しつつ、MBAでも一応簡単に触れるよ、と答えました。友人はさらに続けて曰く、

「いやさ、要するにさ、
ある程度の仮定はおかざるを得ないけど、
最適なローンとエクイティのバランスがあるって話でさ、
じゃ、上場企業はさっさとそれ目指してやれよって話なんだけど、
実際、この理論を真面目に取り入れてる上場企業ってどんくらいいるのかなぁ、って考えると、
現場ではリアルにはあんまり話題にならないから、机上の空論なのかなぁ、と思ったり」

 この友人は中高が一緒で、同じ柔道部に所属していました。言うなれば私の「悪友」で、アホな話は数多交わせど、こんな話はしたこともありませんでした。彼は東大経済学部出身で、藤本隆宏先生や高橋伸夫先生知ってる?と昔訊いたら、その辺のゼミは「ガチ」すぎてわからんわー、と答えていたような。卒業後はメガバンクに就職。連絡はずっと取っていましたが、おそらくわりと最近になって、「経営実務上の疑問」を色々持つ場面があったようでした。

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理論?定理?命題?
 ところで(私がファイナンス理論の専門家ではないことを前提としつつ)、MM理論の呼称を追ってみると、けっこう面白い。
 原著は “the theory of investment” 、つまり投資「理論」とタイトルに銘打っています。そして、英語版Wikipediaでは “Modigliani–Miller theorem” 、つまり「定理」と表記されています。一方、有名MBAのグロービスのサイトでは”Modigliani-Miller proposition”、“proposition” と呼んでいる。Propositionはふつう「命題」と訳され、経営学では「仮説」と訳されることもあります(hypothesisとは別)。Google ScholarではMM theoremで約16,000件、MM propositionで約7,500件がヒットするので、theoremの方が英語呼称としては一般的なようです。

 なんのこっちゃ、となるかもしれませんが、Modigliani and Miller (1958) 論文のゆうてることが理論なのか、定理なのか、命題なのか、と考えること自体、実は友人氏への解答にかなり近づいていくことになります。
 命題・定理・理論はそれぞれ若干多義的な概念で、かつ曖昧な用いられ方をすることも少なくないので、以下はあくまで一つの見解ですが、

・命題:正しいか正しくないかがはっきり決まる内容を述べた文や式。
・定理:命題のうち、証明されたもの。
・理論:命題や定理を含む知識の体系。

 だと考えられます。MM理論に関して言えば、モジリアーニとミラーは自分らの考えは理論theoryだと主張して論文を発表した。対して後世の研究は、これは理論と呼ぶほどには体系だっていない、だから理論ではないが定理theorem:証明された命題ではある、ということで定理と呼んだ。一方で人によっては「証明されていない」と判断したので命題propositionと呼ぶ、と解釈できます(事実としてこうなってたかの裏取りはしておらず、あくまで予想です)。なお、この場合の証明とは数学的証明のみならず、現実世界における実証というニュアンスを含みます。

理論と実際
 経済学は、おしなべて「仮定勝負」な学問です。主に数理的アプローチによって、こういう状況・こういう制約条件を仮定したらこうなります、という説明が行われることが多く、つまり結論は概ね、どういう仮定を置くかによって左右されます(なお私は、経済学の専門家でもありません)。
 で、それらの仮定が場合によっては「非現実な仮定」とみなされ、その場合は現実世界では作用しない「机上の空論」のように扱われることもあります。理論上は完璧と看做されることもあった計画経済を採用した国家がいずれも結果的に運用に失敗している、などは象徴的な例ともいえそうです。

 そして、それぞれの仮定がどれくらい確からしいのかは、思ったより線引きが曖昧で難しい問題でもあります。計画経済と対置され、現代経済に大きな影響を及ぼした一大派閥である「新自由主義」に対しても、フィクション―あり得ない仮定―を含むという批判は数多くあります。新自由主義は確かに一部では理論通り作用していて、我々の生活を豊かにしていて、一方で理論が想定していない問題が顕在したりもして、ある局面では不合理をきたしている。優れた経済理論は、現実世界でもある程度は仮定通りに動くけど、仮定とは違った条件になったり想定していない条件が出現したりすることで理論通りにいかないこともあって、その想定外が悪い方に振り切れれば破綻してしまう、というのがざっくりした理解になるかと思います。

 さて、MM理論は「完全市場を仮定した」理論です。1963年に「修正モデル」が示されてはいるものの、完全市場を仮定していることはほぼ変わりない。一方で、現実世界で完全市場が成立することは稀です。そこだけ切り取るなら、MM理論はあくまで「理論的にはそうなるけど、現実そうなるとは限らない」理論です。そう考えるとMM理論のWikipediaは、なかなか皮肉の利いた(?)一文で結ばれています。

 MM理論が公表されて以来、最適資本構成に関する一般公式や実務解が未だに提示されておらず、研究論文などでは「実務での検証が望まれる」といった結びが多い。

 つまり何が言いたいのかというと、ノーベル賞を獲るような「立派な」研究であっても、それが現実世界で本当にそうなるのかというと、そうとも限らない。モジリアーニ=ミラーの研究は、発表された当時たしかに画期的であり、現代に連なる研究群のなかで経済学におけるファイナンス理論の祖として高い評価を受けることは何もおかしくない一方で、その主張が現代社会において適用可能かというとそうとも限らず、だから「時代遅れ」とみなされがちかもしれません。
 学者は必死に理論を練り、考え、発表します。しかし現実は、理論のようにはならない。ノーベル賞受賞研究もまた、理論ではないかもしれないし、定理なのか命題なのかも諸説ある。ここに学術の難しさがあり、面白さもあります(尤も、これが面白いと思うのは学者だけかもしれません)。

 そして、こういうことを考えだすと、必ず次のような問いに繋がります。

「じゃあ、経済学とか経営学って現実では役には立たないの?」

 友人の問いは、「理論として確立されたものがあるのに、それを実践に活かさないのはなんでや」というものでした。その答えにもなり、ウラオモテの関係にもあるのが、「いやいや、理論は理論でしかないから、現実には役に立たないんだよ」という主張です。

「理論上正しいって同意されてるなら、なんで現実では使われないの?」
「そういう理論って、現実では役に立たないんじゃないの?」

 次回以降、これらの問いに答えていきたいと思います。


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