手を放す、軽くなる、満ちてゆく
藤井風さんが映画『四月になれば彼女は』のために書き下ろした『満ちてゆく』。この中に「手を放す、軽くなる、満ちてゆく」という歌詞が4回出てくる。そのうち、水中の手の映像が3回出てくるが、その映像が少しずつ違う。そこが気になったので書いてみる。
1回目は1番の終わり。老人になった主人公が気づけばベッドごと大海原に投げ出された場面。
手は主人公のもののみ。服装は後で出てくる少年が着ていた赤いパーカーだが、手は指が曲がってしまった老人のまま。歌声も「満ち てゆ くぅ…」と、歌詞と裏腹に満ちてゆかない感じ。
2回目は2番の終わり。青年になった主人公が母の面影を追い求める場面。
ここには少年と母の手とが、触れそうで触れない状態。ここから少しだけ離れて消える。ここの歌声は「満ち てゆ くぅ〜ううう〜う〜うう〜う〜」と満ちたいけど満ち切れてない感じ。
3回目はブリッジ部分。ここだけ歌詞が「共に手を放す、軽くなる、満ちてゆく」と「共に」がついている。
映像は少年の手が上、母の手が下にあり、最後ふっと少年の手が上に離れていく。歌声もラスサビへと繋がるように力強く「満ちてゆ」「くー」と共に「晴れてゆく空も」と続き、解き放たれるー。
1番目は体は老人でも心は少年で、そこに母の手はないことも分かっているのに手を放すことができない辛さ、虚しさ、孤独を感じる。
2番目は母が手を放さざるを得なかった(母の死)瞬間で、手を繋ぎたいのに繋げない、お互いに離れ難く思っているように見える。
3番目はまさに共に手を放すことができた瞬間。水中の母の表情もキリッとしていて、「行きなさい」と言っているようにも見える。そしてそれを受けるかのように少年の手がすっと離れていく。共に手を放すことで軽くなり満ちてゆくんだなと感じた。この部分は4回とも歌詞には珍しく読点(丶)がついていて、「手を放す」「軽くなる」「満ちてゆく」は一連の繋がった動きなんだと思う。主人公の心も軽くなり、柔らかい笑顔が見られ、満ちてゆくことができてよかったねと見守る母の顔が浮かぶようだ。
制作に携わったみなさま本当にありがとうございます。映画『四月になれば彼女は』も楽しみです。いつか、BTSもお待ちしております。