さよなら三角

「三角関係じゃないんだからね」

 私は朱莉にピシリと言う。

 言われた朱莉はにっこりと笑いながら、ちらしを女子学生に渡した。

「カレー同好会です。食べるのが好きな方、作るのが好きな方、ぜひどうぞ」

 今日は大学の入学準備説明会。メンバーがたった十人のサークルとしては、なんとしても新人をゲットしたい。

 東門の担当は私たち二人だ。正門には先輩たちがノボリを持って立っている。

「カレー同好会です。一緒にカレーを食べませんか?」

 男子学生にちらしを渡すが、彼の目は朱莉に釘付けだ。

 うちの大学では三年前からミスコンテストがなくなったから、二年生の私たちには関係ない話だったが、朱莉が出ていたら、一位だっただろうなと思う。

 少し人がいなくなったので、私は朱莉に念を押した。

「三角関係じゃないってわかる?」

「わかる。三角関係の定義ね」

「そう、私が彼を好き、彼が朱莉を好き、朱莉は彼をただの友達と思っている。これは三角関係じゃなく、ただの一方通行」

 そう、寂しい事実だ。

 人のいるところでしゃべっているので、名前を伏せているが、彼の名は矢崎徹。同じサークルのメンバーだ。

「彼が朱莉と私、両方と付き合って、初めて三角関係ね」

「二股かけるわけないじゃない」

 そう、矢崎は真面目だから、朱莉一筋だ。サークルでも、いつもみんなにからかわれている。おまけに私の気持ちにも気づかない鈍感だから、朱莉の誕生日プレゼントを選ぶのに付き合わされたりする。

 それを二人で出かけられると喜ぶ私もダメダメだが。

「彼と付き合えばいいのに」

 そう、朱莉が矢崎と付き合えば、私は失恋を認めて、次に歩き出せるのに。

 朱莉に嫉妬する毎日は嫌だ。三角関係じゃなくても、私の気持ちは三角に尖っている。

 はあっとため息をつくと、朱莉も一緒にため息をついている。

「何、ため息をついてるのよ」

「ひどいとは思うけど、自分の好きじゃない人に好かれても嬉しくない」

 そうなんだろうか。経験がないから、わからない。

「それに私にもね、気になる人がいるんだ」

 朱莉にしては珍しく声が小さくなった。

「え? 誰? 私の知ってる人?」

 高校の時からの仲良しで何でも話してくれると思っていたのに水臭い。

「バイトで知り合った人」

「えーっ、どこの大学の人?」

「この大学」

 朱莉の顔が赤くなった。

「今年入学した」

「浪人?」

「年下。大学生と高校生の差って大きいよね」

「でも、同じ大学生になったと。それ、気になっているんじゃなくて、もう、好きになってるんでしょ」

 朱莉がその人と付き合うようになったら、矢崎は諦めるだろうか。そうしたら、私がいくらでも慰めてあげるけど。

「先輩!」

 私の後ろから元気のいい男性の声がした。

 朱莉の顔がパッと明るくなる。目がキラキラと輝く。

 これが恋する乙女か。

「佐々木君、どうしたの?」

 私は朱莉に向かって、ニヤリと笑ってから、ゆっくりと振り向いた。

 体格がよくて、短い髪のいかにも運動部っていう感じ。

 目が合ったので、ぺこりと頭を下げた。

 その途端、佐々木君の目が丸くなる。それから、じわじわと顔が赤くなった。

「こ、こんにちは」

 佐々木君はおどおどと言って、それから、朱莉にたずねた。

「せ、先輩。お友達ですか?」

 朱莉の顔が歪んだ。

 私はその意味を知っている。嫉妬だ。

 ああ、私はいつもこんな顔をしているの?

「そう。友達」

 ぶっきらぼうに言うと、朱莉は顔を手でおおって、付け加えた。「大沢ゆみ」

「初めまして。佐々木雄也です」

 ぴしりと背筋を伸ばして、佐々木君は右手を差し出している。

「初めまして。大沢です」

 失礼がない程度にあっさりと挨拶する。

 もちろん、握手なんてしない。

 朱莉の視線の圧力を感じる。

 ねえ、わかった? 今までの私の気持ち。

「大沢さんも先輩と同じサークルですか?」

 うなずくと、佐々木君がにっこりと笑った。

 ああ、矢崎と同じでこの子も鈍感なのかもしれない。

「俺、入会希望です」

「ちょっと、カレー同好会なんて、興味ないって言ってたじゃない」

 朱莉の声が尖った。

「そうでしたっけ。先輩と大沢さんがしゃべっているのを見ていると、楽しそうだなと思って」

「じゃあ、これを書いてきて。入会金は千円」

 朱莉が入会申し込み書を佐々木君に突きつけた。

「まだ、ここにいますよね。お金おろしてきます」

「千円もないの?」

「スマホで済むんで。コンビニ行ってきます」

 佐々木君は走って行った。

 サークルに新人が入るのはうれしいけど、どうする?

「三角じゃなく、四角?」

 私と朱莉は顔を見合わせた。


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