思い出の海

「こんなきれいな海じゃなかったんだよ」
 おじいちゃんはポツリと言った。
 おじいちゃんが小学校の頃まで住んでいたという場所は白い砂浜になっていた。
「大きな造船所があってね、ここらへんは全てコンクリートで埋め立てられていたんだ。公害があったって、知ってるかな?」
「社会で習った」
「排水で変な匂いがして、油がギラギラ浮かんで、ひどかった」
 そう言いながら、おじいちゃんは砂をつかみ、サラサラと手からこぼした。
「きれいになったなあ」
 まるで、きれいになったのが嫌なようだ。
「大きなクレーンがあったんだ。ガントリークレーンって言うらしい。キリンに似ているって同じクラスの子は言っていたけど、おじいちゃんは怪獣に似ていると思っていたんだ。夜になったら、動き出すんだ」
 子どもの頃のおじいちゃんもキリンや怪獣に似ているクレーンも想像がつかなかった。
「じゃあ、あれも怪獣?」
 沖合には人工島があって、ロケットがそびえ立っている。
「怪獣にしてはきれいだな。おじいちゃんには思いつかない。優は何に似ていると思う?」
「うーん。キャンドル?」
 白くて真っ直ぐで、ライトが眩しくて。
 おじいちゃんは笑った。
「それが優の思い出になるのかな」
「思い出になるのは明日のロケットの打ち上げに決まってるじゃん」
「そうか」
 おじいちゃんはロケットの方を見ているけど、ロケットを見ているわけじゃない。きっと、クレーンを、夜に動き出す怪獣を思い出しているんだ。
 私もおじいちゃんのように砂をつかんで、サラサラと手からこぼしてみた。

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