回覧板

 家に帰ると、まず、ポストを開けて、夕刊を取る。
 また、回覧板が入っていた。
「重要。大至急だって」
 そう言いながら、家に入ると、妻は料理中だった。
「お帰りなさい。ごめん、大至急なら、読んで、お隣に回しておいてもらえるかな?」
 帰ったばかりなのに、と不満に思ったが、どうやら、トンカツを作っているようなので、黙って言うことを聞くことにした。
 回覧板に判子を押すと隣のポストに放り込む。読まなくても大丈夫だろう。
 妻は真面目だから、重要と書いてあったら、必ず、俺にも読ませる。ただ、内容はいつも自治会の活動報告やイベントのお知らせだ。
「ありがとう。内容は何だった?」
「自治会の活動報告だった」
 適当に嘘で答えた。
 それから、一週間後だった。
 夜、くつろいでいる時に突然、サイレンが鳴り響いた。
「な、何だ、これは?」
 慌てる俺を妻はにらんだ。
「回覧板、読まなかったのね? サイレンが鳴るときは緊急事態だって、お知らせがあったでしょ」
 そんな重要な情報が回覧板で回ってくるのか?
「緊急事態って、何なんだ? それでどうすればいいんだ?」
 もう、サイレンは止まっていて、静かなことがかえって怖い。
「暗号放送がないから、待機よ」
 暗号? それも回覧板で回ってきたのか?
「きちんと読んでって、私、言ったよね。もしかして、私が読む前に回したりもした?」
 俺はペコペコと頭を下げた。
「ごめん。先週の一回だけ。自治会の活動報告って言ったけど、嘘。読んでなかった。ごめん」
 ただ、俺に説教するより、今、一体、何が起きているのか、教えてほしい。
 もう一度、今度は短くサイレンが鳴る。
 おびえる俺に妻は厳しく言った。
「これで予行演習は終わり。これからは気をつけてね」

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