トレードマーク

「校長先生ですね、今日はよろしくお願いします」
 やってきた花咲か師は予想外に若かった。
 花咲かじいさんのイメージが強いせいか、自分より年上の人間をイメージしていた。
 ただ、普通の服装なのに頭には頭巾をかぶっている。
 すぐに校庭の大きな桜の木に案内した。まだ、つぼみは小さく固いままだ。
「この木に花を咲かせてください」
 明日はこの中学校の卒業式。
 イベント中止が多かった三年間、せめて最後は満開の桜で送りたい。
「おまかせください」
 花咲か師は肩にかけていた鞄を開けた。中には灰が詰まっている。
「ずいぶん、かさが減りましたね」
 灰を作るのに必要だと言われ、あらかじめ、卒業生から不要な教科書を集めて送っていた。燃やせば、こんなに少なくなってしまうのか。
「枯れ木でないのでこの量で大丈夫です」
 そう言って、花咲か師はするすると桜の木に登った。
 大きな枝にまたがると、花咲か師は灰をつかみ、大きく腕を振って、まいた。
 白っぽい灰がつぼみに降り注ぐ。すると、つぼみはみるみるうちにふくらみ、咲いていく。あっというまに桜は満開となった。
「すごい」
 思わず、近づくと、一枚の花びらに黒い毛虫のようなものが見えた。
 咲いたばかりなのに。
 つまみ取ろうとすると、それは汚れのようで取れなかった。
「それはたぶん、眉毛ですよ」
「は?」
「元は落書きです。ほら、これならわかるでしょう」
 花咲か師が指差した先には黒い丸が二つ、くっついていた。
「サングラスです。人物像には特別な力があるのか、その上に書かれた落書きは灰を通して、花に浮かび上がることがあるんです」
「不思議ですね」
 美しい花の中、ところどころに浮かんでいる落書きを調べてみた。
 どうやら、落書きの人気はサングラスやメガネではなく、髭のようだった。
 山羊髭、ちょび髭、そして、カイゼル髭。
 私は思わず、自慢の髭の先をちょんとさわった。

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