ここじゃないってことだけがわかる。
大人になるにつれ、自分のかたちって分かるようになってくるものです。
人よりここが出っ張ってるなぁとか、
へこんでるなぁとか、
そしてそれが他人も同様であるとか、
だからこそ色んなことを受け入れられるようになる、
寛容になっていく、
成熟していく、というか。
でも、それを感じられない場所もある。
それを感じていない人といると、
もちろんそうだ。
最近、「普通」って圧力をすごく感じる。
職場であまりにも変わってるって言われるからだ。
もともと、変わってると言われやすい人生だなって思うけど、あんまり気にしてなかった。
たぶん、一番言われたりそれで影響を受けたのは、
小学生や中学生までで、
高校、大学、留学を経て、
どんどん言われなくなったからだ。
それは、わたしが変わったんじゃなくて、きっと周囲が変わったから。
似たような進路を選んでるから、
似たような人が集まってるってこともあるし、
とても努力して選んだ道だから、
同じくらい努力をした人しかいない。
沢山努力してきた人って、
あんまり人を馬鹿にしないのかなぁ?
よくわからないけれど、
今いる環境の居心地悪さは、
小学生の頃に似ていて、
それはつまり、同じ方向を向いていない、バラバラな集団に混じっているということなんだろうな。
グローバルを歌うのに、
多様な生き方や価値観は排除しているところが一番きっと違和感で、
次には人生や人に対する考え方が違うなぁと感じる。
感じるだけで何をしたいかはよくわからないから、
どこに一歩を出せばいいかは、わからないんだなぁ。
ただ、ひとつ、確信するのは、
興味があるものはずっと興味があるということ。
それを追った先には、楽しいものがあったということ。
何にも決められないわたしは、
ただ今夜、
思いきり外れて生きていくことを決めた。
きっと色々言われると思うけど、
色んな、わたしの甘さとか、
社会の厳しさとか、
わかった上で、
こうしか生きられないんだから仕方ない。
どうせ、苦しいなら、辛いなら、
自分の選択の中で、経験したい。
そう決められただけでも、
わたしはラッキーだと、思う。
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