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子供騙しの少ない?子ども向ホラー映画『学校の怪談4』 感想(ちょいネタバレ

帰京したとき、僕はよく友達の家にお世話になる。友人宅で過ごす夜はホラービデオを観ることが最近の楽しみだ。

今回は、先日鑑賞した『学校の怪談4』の感想文を書いたので投稿したい。
本作は1999年の夏休みに放映された、子ども向けのホラー映画だ。

※ (注)『学校の怪談4』は、津波被害が描かれる作品です。

・架空の物語ではありますが、抵抗を感じられる方はページの移動をお願いいたします。
未だご不便な生活や、不安な日常を余儀なくされている方も多くいらっしゃると思います。1日も早い復興と、心身の平穏が取り戻せることを心よりお祈りしております。

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(C)TOHO CO.

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学校校舎が大津波に飲み込まれる。
痛ましい過去をもつ港町に主人公兄妹が遊びに訪れたのは、事件発生から60年後の盆のことだ。

海に雨、川の水面や民宿の風呂場、酒蔵の酒樽に至るまで。町中の水を媒介に襲いくる魔の手は、かつて津波被害に見舞われた子どもたちの幽霊か。

事態収束のためにも、終わることのなかった「かくれんぼ」を終わらせなくてはならない。時代をまたいだ夏休みを舞台に、子どもたちの冒険が始まる……。

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シリーズ最終章となる映画『学校の怪談4』(以下、4)には、ろくろ首やのっぺらぼうが出てこない。主人公兄妹が対峙するのは自分たちと同じ齢の幽霊である。

鑑賞してから感じる違和感は、おなじみの妖怪が登場しないことだけではない。
子どもがワンサカ登場する子ども向けホラー映画と侮っていたが、当時リアルタイムで鑑賞した子どもたちの満足度を心配してしまうほど、この作品には”子供騙し”が存在しない。

そもそも、『4』には、子供騙しを仕掛けるタイミング自体少ない。と、言うのも、シリーズのメインパートでもあった学校探索がほとんど行われないのだ。

もっといえば『4』の子どもたちは結託して行動を共にすることも実はあまりしない。いや、正確に言えば、集まりたくても集まれないのである。

町を巻き込む怪奇現象下、多くの子どもたちは夜、家族や大人の保護のもと、災難にあった友達のことを心配している。

当然と言えば当然なのだが、

「教室にも!廊下にも!逃げ場がない!あひゃあ!」

なんてシーンが全く出てこない『4』は、シリーズのなかでも、特段異様な作品だろう。

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本作に登場する子どもたちは原則、1人1人、個別に霊と接触することが多い。しかも、子供騙しが少ないと書いた通り、みせ方1つ1つに、なかなか攻めた演出が凝らされている。

なるほど怖い。
大人も観れるホラー映画じゃないか。僕が劇中の子どもの立場だったらチビり倒すだろう。この子どもたち大丈夫か。
いやいや、心をいったん落ちるかせるコミカルなカットも、お気楽な「テケテケ」のシーンも全く描かれない。
真に心配すべきはリアタイで観ていた子どもたちの方ではないか…。

緩急をつけて驚かすドッキリや、血のりを用いたスプラッター表現にこそ配慮がなされているものの、古典的ながらも確実に恐怖を煽る手法の数々に軽いトラウマを負った小学生だってゼロではないはずだ。

思っていたのと全然違う。なんなら想定していた真逆をいく展開だ。
観れば観るほど「学校の怪談」の、暗黙の了解が崩れ落ちていく。

もとより、暗黙の了解を意識してしまっている僕(32歳)向けに作られていないことを、分かっているつもりで本作に臨んだことは確かだ。

現に、序盤は続々登場する子どもたちの顔を覚えることに必死だったのだが、名前と顔が一致した頃には、既にストーリーに引き込まれていたことも嘘ではない。

なんじゃあ コレ、めっちゃ 面白いぞ!

『4』は学校の怪談に求められていたであろう要素をガン無視したうえで、ちゃんと、学校の怪談として面白いからスゴいのだ。

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先に「『4』の子どもたちは集まれない。」と、書いた。観賞後に気がついたことなのだが実は、このシステムこそ本作の肝であり、作品に一貫したテーマなのではないか。

会えない夜に少年少女を繋ぐものは約束だ。兄は妹と、友達は友達と約束を交わす。『4』の物語を進行させる推進力は、約束を守らんとする子どもの無邪気なアクションでもあるだろう。

子どもたち同士の約束に複雑な理由や目的はいらない。
ただ「遊びたい。友達に会いたい。」衝動的かつ率直な約束を子どもたちが交わすことに、今も昔も変わりはない。

怪奇現象を引き起こす問題の根本がピュアだからこそ、迫りくる恐怖の純度が高いことにも納得がいってしまうし、時代を越え、子どもから子どもに約束が届いてしまうことも、どこか腑に落ちてしまう。

過去果たされなかった約束が現代の子どもたちによって紡がれていくことにも理由はない。
昭和初頭から町に延々こだまし続ける「まだだよ。もういいよ。」に応える理由なんて、かくれんぼだから。と言ったシンプルな動機以外にないのだ。

かくれんぼだって「誰かが隠れたら、誰かが見つけ出す」約束が守られて初めて成立するのだから、やるしかない。

また、かくれんぼの鬼は1人と相場が決まっている。このルールと集まらない設定とが、うまく噛み合っていることにも膝を打ってしまう。

とはいえ、もちろん、友達がいなくてはかくれんぼは行われない。集合こそしないが、登場する子どもたちは決して孤独というわけでもない。

本作は、かくれんぼに鬼役として挑む子どもが感じる、気配や”見えない"繋がりに恐怖したり、温かさをみる冒険活劇。と、称することもできるだろう。

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津波被害が強調される『4』は、2021年現在、万人にオススメできる作品ではないだろう。ほか、コレまでのシリーズとは毛色の違う展開に「コレじゃない」なんて意見もあるようだ。

確かに、捉え方によっては「港町の怪談」に思えてしまわないこともない。

しかしながら、本作における学校は、子どもと子どもとが繋がる場所。
それこそ、約束を交わし約束を果たす場所として機能していた。
他シリーズ作品と比較したとき、「子どもが集合する」学校の役割が強調されていたようにも受け取れる。時代に左右されることのない学校の一側面である。

また、本作の時代をまたぐ設定は、鑑賞対象者の年齢を制限しないことにも一役買っているのではないだろうか。

鑑賞者誰しもに、恐怖やカタルシスがダイレクトに刺さるのは、ターゲットを特定の年齢層ではなく、小学校に通っていた全ての人の童心に設定しているからのようにも思える。

シリーズに共通してきた暗黙の了解を取っ払っても、「学校の怪談として面白い」と、感じたのは、かつて僕も小学生だったから。なのかもしれない。おわり。

※本noteで使用した画像はトレーラー動画の抜粋、著作権は東宝株式会社にあります。YouTube映画『学校の怪談4』のリンクは以下になります。https://www.youtube.com/watch?v=pW_z5UazKqE

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