サウンド・オブ・チューインガム

人混みで私の後ろに立った誰かがどうやら口を開けてガムを噛んでいるのであるが、あの独特の水っぽく妙に粘り気のあるチューイング音を耳に間近で連続されたときの感覚というのはなかなかに形容しがたい。ああ、見えてはいない彼の口元の動きまで想像してしまう。

どういうわけか耳付近で飛び回る蚊も私に似た感覚を呼び起こすが、先方がヒトではないからだろうか、それほどそこに感情は伴わないけれど、蚊取り線香などで無感動に命を奪われる彼らである。

翻って、チューイング音を本体である彼ごと直ちに消去したいような衝動は、腹のなかに収められ露出されない。まだ今のうちは。

私に確かに内在する異なる種類の凶暴を、あの口元は嘲笑いながら、じっとこちらを見ているような気がするのだ。

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