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AIが人間の脳を超えたとしても。

小学生のころ、究極のロボットについて考えていた。

たとえば鉄腕アトム。あるいは機動戦士ガンダム。そしてみんな大好きドラえもん。これらはみんな原子力、つまり核エネルギーによって動いているとされていた(東日本大震災を経た現在、ドラえもんの動力源については不明扱いになっているそうだ)。当時、子ども向け科学雑誌や学習まんがでは、原油資源があと数十年で枯渇すると危機感を煽りつつ、原子力のことをほとんど無限のエネルギー源のように称揚していた。それだからこそアトムもガンダムも強いのだ、ガス欠とか気にせず闘えるのだ、という理屈も承知できていた。

けれど、なんか腑に落ちなかった。

原子力の賛否を問うほどかしこい子どもではない。ただ、究極の姿を描いたはずの鉄腕アトムやガンダムが、いまだ核エネルギーに頼っているという時代遅れ感、言うなれば未来遅れ感が、どうにもつまらなかった。

なぜってぼくら人間は、ごはんを食べて生きているのだ。ガソリンを飲むこともなく、体内で核分裂だの核融合だのを起こすこともなく、ごはんとお味噌汁で身体を動かし、脳という巨大コンピューターを動かしているのだ。それだったら未来のロボットたちよ、きみらもおにぎりひとつで空を飛びたまえ。ご褒美にハンバーグでももらいたまえ。そんなふうに思っていたのだ。

もちろんごはんを食べて生きるのなら、排泄物の問題が発生する。ロボットの排泄物だから無臭っぽい気もするけれど、排泄されるそれはバリバリの有機物であって無臭であるはずがない。うん、街中を走るすべての自動車が排泄物をもらしまくる未来は、相当にいやだ。


えーとですね。ちょっと疲れがたまっていたので滋養をつけようと思って、ランチで赤坂珉珉に行ったんですよ。

すばらしい外観
初挑戦だった麻婆丼。最高
そして珉珉名物、焼餃子

うめえなあ、ほんとにうめえなあ、と平らげて丸い腹をさすりながら「このおいしい料理がぜんぶ栄養になるんだから、ありがたい話だよなあ」と頬をゆるめたときに思い出したのが、上記の「究極のロボット論争」なのでありました。いや、こんなの食べて生きてるって、ほんとにすごい話だと思いません? いくらAIが脳を超えたとしても、餃子と麻婆豆腐で動くロボットはつくれないでしょう。

たぶんこの話、過去にも書いてると思うのですが、何度も書くということはよほどに思い入れの激しいネタなんだと思います。