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会えない、会わない、会ったほうがいい。

たしか桑田佳祐さんのお話だったと思う。

桑田さんは、エリック・クラプトンの大ファンだ。ブルーズ・ミュージシャンにあこがれた若き日のクラプトンが「どうして自分は黒人じゃないんだろう」と悩んでいたように、若き日の桑田さんも「どうして自分はクラプトンじゃないんだろう」と悩んでいたという。原由子さんをバンドメンバーに迎えたきっかけも、彼女が楽器屋さんのキーボードで『レイラ』のピアノソロを弾いてみせたからなんだそうだ。

そして名実ともに日本を代表するミュージシャンとなった80年代、桑田さんは何度も関係者から「クラプトンに会わせてやるよ」とバックステージに誘われたらしい。楽屋で記念撮影でもして、サインでももらって、なんならギターをもらえたり、対談できるかもしれないよ、と誘われたらしい。

それでも桑田さんは首を振り続けた。理由は簡単だ。「会ってみて、どうしようもなく嫌なヤツだったら、そんなに悲しいことはないから」。その気持ち、とってもよくわかるなあ、と以前は思っていた。ドント・レット・ミー・ダウン。ぼくをがっかりさせてくれるな。アイドル(偶像)は偶像のままに拝んでいるのがいちばん気持ちいいもんね、と。桑田さんも、クラプトン以外でそういう思いをたくさんしてきたのかもしれない。あるいはご自身の楽屋で、自分自身がファンの方にそういう対応をしてきた覚えがあったのかもしれない。


けれども最近、やっぱり会ったほうがいいよ、と思う。

たとえ人間くさいところがあっても、それは愛おしい匂いだし、そもそも自分がほんとうにあこがれるような人は、たいてい謙虚な人格者だ。

「会えなかった」は小さな心残りでしかないけど、「会わなかった」は大きな後悔につながる。それは「会ってみて、がっかりした」よりも、ずっとずっと大きな後悔だ。