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たのしいとか、つらいとかじゃなく。

刊行日を見たら、もう20年以上前なのか。

むかし、『仕事は楽しいかね?』(デイル・ドーテン著/野津智子訳)という本がヒットした。買ったおぼえはある。Amazonの注文履歴にもきちんとそれが残っている。読んだのかもしれない。けれども内容をまったく思い出せないということは、たぶん読んでいないのだろう。積ん読のまま、20年が過ぎたのだろう。それはこの本のせいではなく、ぼくが怠惰なせいでもきっとなく、そういうタイミングで手元にやってきた本だったのだ。いつか読むこともあるかもしれないし、その日を待とう。

いいタイトルだと思う。「仕事は楽しいかね?」。日本を舞台にした日本人作家による物語だったら、こうはいかない。「楽しいか?」でも「楽しいかい?」でもなく、いかにもおじいちゃん口調な「楽しいかね?」。その白髪の長老っぽい口調にはファンタジーの匂いも漂い、読む前から寓話の世界に入る準備を整えてくれる。そういうファンタジーの住人から訊かれてギクッとする、いいタイトルだ。

それでまた、「仕事は楽しいかね?」と訊かれて「楽しいです!」と即答する人がいたとしたら、ちょっとあやしい。総体としては楽しくても、いろいろつらいことだってついてまわるのが仕事だ。100パーセント、一点の曇りもなく「楽しいです!」という人は、なにかが麻痺していたり、自分に嘘をついていたりする可能性が高いと、ぼくは思う。

楽しいこともあるし、つらいこともある。それが仕事だったり人生だったりするとした場合、大事なのは次の問いだ。


「お前さんは、『楽しそう』かね?」


わたしという人間が、よそから見たときに「楽しそう」なのかどうか。そこで「楽しそう」にしている人間のまわりには、人が集まり、仕事が集まる。「つらそう」にしている人間のまわりには、同情が集まることはあってもそれ以上のなにかはなかなか集まらない。

日本の社会にはどこか、楽しそうにしている人を嫉妬したり、攻撃したり、足を引っぱったりする空気もあるにはあるのだけども、ぼくがあこがれるのはやっぱり楽しそうな人だな。「そっち」に行きたいと思うし、会いたいとも思うし、一緒に仕事をしたいとも思うもの。